第26話 サラマンダー

「しっかしレオン、あんた強いわねえ…」

アナスタシアは珍しく素直に他人に感心した。ヴァンパイア四体と相まみえて物理攻撃で真正面から戦って勝つなんて初めて見た。こりゃ相当の戦士だよ。


「聖女殿にそう言ってもらえるとはありがたいね」

レオンは軽くそう言っただけだった。


「さすが基地破壊者ベースブレイカーだな」

リンドもそう言って彼を称賛した。


「それ誰かも言ってたけどなにそれ?」

アナスタシアはその言葉を聞き返した。


「ああ、聖女殿は知らないか」

リンドがそう言った時に前方から何かが凄い勢いで飛んできた。炎!?


その炎はまっすぐこちらに向かってきた。慌てて回避しようとするが話をしていたせいで反応が遅れた。レオンはルークとアナスタシアを抱えてそれを回避した。が、


「ぐっ…!」

レオンが鈍い声を上げた。


「レオン!?」「レオンさん!」

アナスタシアとルーク王子がほぼ同時に声を上げた。そしてロズワルドの声が響いた。


「サラマンダーだ!」

ロズワルドの警告は完璧に正しかった。そしてそれ故に一行は慌ててその炎が飛んできた方向を見てしまった。そのため、その炎が折り返して再びこちらに向かってくるのにまたも反応が遅れてしまった。それは先程と同じ様に凄い勢いで飛んできた。


---


サラマンダーと呼ばれる存在は本来は炎の精霊であり、その姿は炎で出来たトカゲと言うべき姿をしているらしい。ほぼ誰も見た事がないのであくまで伝承での話だが。


そしてそれとは全く別に、ドラゴンの一種でそう呼ばれる生物が存在する。見た目は小型のドラゴンから翼を取った姿を想像すれば近いかも知れない。この生物は炎を吐き散らすその生態から伝承の精霊の名前を冠されており、一般的にサラマンダーと言えばこちらの生物を指す言葉になっている。


従ってロズワルドの警告に一行は後者をイメージしてしまい、その炎の発火源を確認した訳だが、ロズワルドが言ったのは正に本来の、伝承の炎の精霊の方だったのだ。


---


ロズワルドとロディオンが呪文を詠唱する。一歩早くロズワルドの呪文が発現した。ごう!という音と共に吹雪のような竜巻が巻き起こる。


──ゴワアアアア──


炎が燃えるような音だか声だかがしてサラマンダーが飛び退った。一般人には滅多に見ない、いやそれを習得している者すら滅多に使わない魔法「氷吹雪の術アイス・ストーム」である。ロズワルド自身も実戦で使うのは初めてだった。


理屈上は炎が通じない敵に対する対抗手段、という位置づけなのだが、普通に考えて炎が通じない敵というのはほとんど居ない訳で。しかもその効果の微妙さも相まって滅多に使われる事のない魔法であった。


氷と雪を巻き起こして竜巻状態にして敵を襲う、と言えば何やら強そうではあるが、実際問題として氷や雪が多少当たったってそのダメージ源は石つぶてと変わらない。冷気というのは空間を密閉した状態で行使しないとあまり効果がないのだ。


しかしこんな微妙な魔法でも用意しておくのが魔道士を志す人間のメンタリティであり、実際その周到さで見事にサラマンダーに反撃した訳ではあるが、さすがにこんな使い所のない魔法の触媒を複数用意などしていない。つまりもう使えない。


「今の術はもう使えんぞ!」

ロズワルドは大声でそう言った。そんな事を言われたってどうすりゃいいのよ。


しかしサラマンダーへのダメージはかなり甚大だったらしく、その姿は最初に飛んできた時の1/3程にまで小さくなっていた。惜しい!あともうひと押し!


しかし小さくなっても意思を持つ炎というのは驚異である。そもそも痛覚などないのかも知れない。サラマンダーは小さくなったまま再び襲ってきた。


「喝!」

ロディオンの声が響いた。それにより周囲もサラマンダーも一瞬動作を止める。これは法力ではそのまま「喝」と呼ばれる衝撃の術ショックであった。勿論ダメージなどないし、何やら笑ってしまいそうな術だが、これはこれで意外と実用性がある。


気勢を削がれたサラマンダーはそのまま天井をこするように飛び去っていく。しかしこの炎の精霊はまだ敵意を捨てていなかった。しつこいなあこいつ!


「ロズワルド!」

リンドが叫んだ。そう言ってリンドはハーフリングの伝家の宝刀、スリングを構えて何かを発射した。それが見事にサラマンダーに当たると結構すごい爆発が起きた。


──グギアアア──


サラマンダーが再度叫ぶ。そして炎の身体の中に黒い核が見えた。ロズワルドはそれを見逃さなかった。そう、どんな存在でも意思がある限りただの自然現象ではない。脳でもコアでも絶対にそれを制御する何かがあるはずなのである。


白い稲妻がその核を直撃した。勿論ロズワルドの十八番、稲妻の矢の術ライトニング・ボルトが見事に命中したのである。凄い早さでの発現であった。サラマンダーはそのまま黒い核に周囲の炎が吸い込まれるように消え去った。


「…ふう…」

ロズワルドもさすがにその場にへたりこんだ。ゾンビが徘徊してる廊下などと言っていられない。短い時間であったが文字通りの大激戦であった。


「レオンさん!」

今回ばかりは重症を負ったレオンへの心配の声を出すルーク王子であった。


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「いやすげえなここ」

レオンは治癒の法力を受けて回復するとまずそう言った。サラマンダーなんて生まれて初めて見た、どころか実在するとすら思っていなかった。一体なんなのここ?


「それに勝てる皆さんがすごい!」

レオンが回復すると元気を取り戻したルーク王子が元気よくそう言った。


「とりあえず今日はもう撤収だ…」

ロズワルドが頭を振りながらそう言った。まだ余力はあるが、この分では例え3階でお目当てを手に入れても無事帰還できるかすら判らない。


「基本そうしたいけどちょっと気になるなあ」

アナスタシアはちょっと気がかりを言った。昨日も今日もとんでもない強敵続きだったけど明日はもっとひどくなるんじゃないかな?と思ったのだ。


「例えそうでも今日はもう危険過ぎますよ」

ロディオンもさすがにそう言った。今日は昨日と違って自分は大丈夫だが、決定打になり得るロズワルドの負担が大きい。それに皆忘れているがあの雄叫びも気になる。


「吾輩も爆薬を調達しておこう…」

リンドが微妙な顔と声でそう言った。王国騎士たる彼はスリングなど使いたくないのだが、それがこうも効果があるなら認めざるを得なかった。


「そうだ!あれもすごかったです!」

ルーク王子は近侍の苦悩を思いやったのか、はたまた単に素直に感動しただけなのか、とにかく明るい元気な声でリンドを称えるのであった。

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