第22話 探索二日目

「それはインロウと呼ばれるものですよ」

旧王宮への馬車内でロディオンはそう説明してくれた。


「そのインロウに王家の家門が入っているのです」

ロディオンは話題に出た東方の演劇について説明してくれた。


「…何でそれで悪人たちが観念するの?」

アナスタシアはそう質問した。ロディオンの説明は一見詳細なように思えたが、本質的な部分の説明にはなっていない。王家のピルケースを持ってたら偉いの?


「王家ではないぞ」

リンドが横から口を挟んだ。


「あれは将軍家という軍事政権なのだ」

そしてリンドは舞台背景を説明してくれた。あの演劇の舞台は遠征軍の駐留地がそのまま都市化した世界観であり、同時に遠征軍が事実上の政権担当らしい。


「クーデターということですね!」

ルーク王子が元気よくそう言ったので一瞬納得しかけた。が、違う。


「何と言えば良いのかな、王家は別にあるのですがそれは政権担当ではないのです」

いやそうとも言えないな。とリンドは独りごちた。


「まあつまり、軍事政権なので司法より軍事の方が優先されるのです」

と言いつつもリンドはイヤそうでもないな。何と言ったものかと独りで悩んでいる。


「まあ何かよく分からない事は判ったよ」

アナスタシアはそう言った。別にどうでもいい話なのだ。


「興味深いが、別にどうでもいい事ではあるな」

ロズワルドもそう言った。


精鋭と呼ばれる勇者達が馬車の中でどうでもいい雑談をするのは理由がある。現時点では情報が少なすぎて議論すべき話題がないのだ。


「そういえばさ、休みってあるの?」

馭者席からレオンが大声で話しかけてきた。


「…どうなんだろう?どうしようか?」

アナスタシアが意外そうに言った。


今までの探索ではあまりそういう事は決めなかった。リーダーであり監督役の都合でそう言い渡されるか、あるいは重傷者が出たり探索に手詰まりが出た時は体制が整うまで自然と休むだけで、定休という考え方がなかったのである。


これはかつてのレオンもそうだったのだが今は都合が違う。期間内の稼働日数が多くなると経理上その仕事の価値が下がる。それ以上に休めるなら休みたい。


「僕は大丈夫です!」

ルーク王子が元気よく言った。具体的な説明はなかったが、彼はこの探索中は一時的に大学を休学していたのである。その都合を決めるのが彼なのではあるが。


「吾輩も探索状況に合わせる」

リンドもそう言った。まあ探索が長引いたり何らかの手詰まりが出れば休むだろうと考えていた。わざわざ定休を求める必要はない。


「私とロディオンも大丈夫かな」

アナスタシアもそう言った。聖女である彼女は休んでも自由時間などない。大聖堂に戻って礼拝やら雑事やらに追われるだけだ。探索を休むほうが面倒くさい。


「私もしばらくは大丈夫だ」

ロズワルドもそう言った。彼は定職者ではないので一番時間に余裕がある。


「…はい」

ロディオンがやや遅れてそう言った。実は彼は聖堂騎士団の下士官としての仕事もあるのだが、姉が先に大丈夫と言ってしまったのでそれに合わせた。


「意外とみんな真面目だなあ」

レオンは呆れたようにそう言った。


---


「失礼します!」

相変わらず元気良くルーク王子が大声でそう挨拶した。


「…王子、さすがにまずくありませんか?」

珍しくロディオンが苦言を呈した。


「あ!」

ルーク王子もやっとそれが危険だと悟ったらしい。


昨日大声に注意しなかったのは、旧王宮に居る怪物達には物音はさほど影響がないと思っていたからである。しかしバンシーが居るとなると都合が違う。人間の声を聞きつけて能動的に動く生物も居るかも知れないのだ。


「気をつけます!」

ルーク王子はやや声音を下げてそう言った。


「まあ大丈夫だいじょうぶ」

レオンは軽くそう言った。


「もう居るから」

そして全員レオンが見てる方──南側に目を向けた。うわ本当に居た。


それは女性の貴人のゴーストだった。ひょっとしたら昨日見かけたダイギョーの中に居た一体かも知れない。しかし昨日はどのゴーストもはっきりと視認できたが、このゴーストはかなり朧げだった。はぐれたのだろうか?


ロディオンが慌てて結界を張る。アナスタシアはゆっくりでいいよ、と言った。昨日の一幕でロディオンの結界がかなり有効なのは判っている。逆に言えば彼への負担は探索の危険が増す事にもなる。状況が判らない内に負担をかけるべきではなかった。


そして唐突にそれが襲ってきた。いかにもゴーストらしく、顔だけ飛ばすように襲いかかってきた。レオンは咄嗟に剣を抜いて斬りつけるがあまり効果はない。


霊体でも物理攻撃が通じない訳ではない。しかしそれは煙を斬りつけるようなもので斬ったり割ったりしたように見えても致命傷にはならない。だがそれでも相手を怯ませたり行動の疎外くらいにはなる。そして旧王宮での前衛の役目はそれなのだ。


そのゴーストは顔を真っ二つに分けられてそれぞれ別の方に飛んでいった。そしてそのまま朧げな光の塊にようになり、そしてまた集合しようとする。驚きはしたが別に手強い相手ではないのだ。なので戦いながら相談する余裕がある。


「どうしよう?浄化する?」

アナスタシアはロズワルドにそう訊いた。どっちがやってもいいがかぶると無駄だ。


「頼めるかな、聖女殿」

ロズワルドはそう言った。この先に何が居るのか判らない現状、ロズワルドは魔法をなるべく温存しておきたかった。アナスタシアもそれを判っていたのか、あいよ、と軽く返事をすると浄化の法力を発動した。


ほぼ一瞬で淡い光を発動させるとゴーストはあっさりと消え失せた。昨日のデッドアーマーのように肉体まで完全に浄化するのなら時間はかかるが、この程度のゴーストなど物の数ではない。これがエクソシストの力なのである。


「すごい!」

ルーク王子は相変わらず元気に称賛してくれた。


「こんなのすごくないよ」

アナスタシアは微妙なにへら顔でそう言った。これくらい出来なきゃそもそもエクソシストになんかなれないのですよ王子様。


---


「今日なんか多くない?」

アナスタシアはやや呆れた声でそう言った。


「多いですよね!」

ルーク王子も元気よく応える。


確かに今日はやたらと怪物に遭遇した。ゾンビにスケルトンにゴーストと、驚異にはならないモノばかりだったが、昨日の階段に行くまでに一行はなんと4回もそういう怪物共と遭遇していたのだ。やっぱり昨日のアレの影響だろうか?


「昨日のバンシーの影響か?」

リンドがその懸念を口にした。


「…何とも言えんが」

ロズワルドは断定できなかった。警報機が鳴ったとして、いつまでもその付近に怪物が居座るものだろうか?第一ゾンビやスケルトンにはもはや聴覚などないのだ。だからルーク王子が大声を出しても誰もそれを注意しなかったのだし。


「階段の前で一回結界を張りましょう」

ロディオンがそう提案した。まさかまたデッドアーマーが居るとは考え辛いが万一はあり得る。それにこれ程立て続けに戦ったら少しは休んだ方が良かった。


「それにしても王子もリンドもやるじゃないか」

レオンは結界の中に座って二人を称賛した。


「ありがとうございます!」

ルーク王子は目をきらきらと輝かせて感謝を述べた。


「貴君ばかりに苦労をさせられぬしな」

リンドはちょっと嬉しそうにそう言った。


ルーク王子はちょっとお手本通り過ぎるし、リンドは身体の小ささから一撃は軽かったが、それでも二人共思った以上に剣が使えた。こりゃ楽させてもらえそうだ。と、思った矢先に遠くから大きな雄叫びが聞こえた。


「…雄叫び?」

アナスタシアは目を剥いて驚きの顔をした。


「…キメラか?」

ロズワルドも驚きの表情のままそう確認した。


「かも知れませんが、もしそうならあれはかなりの大型ですよ…」

ロディオンも驚きの声でそう言った。


キメラと言っても世間一般で良く知られる獅子ベースの怪物などではない。大体が人間の肉体にナニかが合体したものをそう呼び表しているだけだ。たまに犬とかがベースだったりくっついてる程度である。


従って今聞こえたような大きな雄叫びをするようなベースが居るとは考えられない。見た事もない。何故ならばここは元々王宮なのだ。猛獣のペットが好きな人間はいるが、王宮の中で言わば共同生活をしていてそんな事ができる訳がない。


「…やはり、ここには何かが居るな…」

ロズワルドがそう言うと一行は少し失笑した。ええその通りですよ。何故ならば今雄叫びが聞こえましたもの。アナスタシアは冷笑気味にそう言ったが、


「…それを呼び出すナニモノかが居るとは考えられんかね?聖女殿?」

その言葉に皆の笑いが凍りついた。


「…そんなものが居るはずが…」

ロディオンの否定の言葉は途中で止まってしまった。確かにおかしい。こんな魔宮にわざわざ侵入する生物など居るはずがない。亜人種が迷宮などに巣食う事はあるが、それは生活基盤を確保できるからだ。こんなところに生活基盤などある筈がない。


一行は今更ながら、初めてこの魔宮に恐れおののいたのであった。

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