第21話 三博士
バント博士は手短かに朝の礼拝を終わらせると立ち上がって踵を返した。別に信仰心が強い訳ではない。生活リズムのために行っている日課でしかない。小さな礼拝堂には祈りを捧げたままの人影が見えるが何の感想もなかった。
礼拝堂を出て食堂に向かう途中で新しいメイドの姿を見かけた。立ち止まって少し観察する。見た目は美しいがまだまだ動きがぎこちない。まあ仕方のない事だが。
食堂に入ると同僚のジゴー博士が既に朝食を摂っていた。軽い挨拶を交わしてバント博士も朝食を用意して近くに座る。実はさほど空腹ではなかったが、これもまた生活リズムのひとつと考えている。錆びの浮いた缶詰を開けて食べ始める。
「また礼拝かい?君の真面目さには感心するよ」
ジゴー博士は少し可笑しそうに笑った。
「生活リズムは大切だよ」
バント博士も愛想笑いを浮かべてそう返した。
そこから少し研究についての会話を交わした。実は二人は専門分野が違うのだが、それでも長い付き合いなのである程度以上に話は通じる。そして二人とも溜息をついた。その溜息の理由は二人とも同じだった。
「人手が欲しいなあ」
ジゴー博士はしみじみと言った。
「全くだね」
バント博士も同意した。
彼らは随分と長い期間それぞれの研究に没頭しているので、その理論自体は随分と進んではいる。しかし研究というのは考えただけで成果が出るものではない。ごくシンプルに実験器具の調達や整備の人員も必要だし、実験結果を長時間観察する手間もあるのだ。頭脳が必要な仕事だが、頭脳だけでもどうしようもないのだ。
「そういえば今回の探索先は東側らしいね」
ジゴー博士は新しい情報をもたらしてくれた。
「へえ、それは知らなかった」
バント博士はやや驚き、そしてそれについて質問した。
「あんな所に何かあるのかい?」
バント博士は素朴な疑問を呈してみた。
「どうだろうね。ただ彼女は興味あるみたいだよ」
ジゴー博士はそういって笑いながら肩をすくめた。
「ところで彼女は?」
バント博士は気になって訊いてみた。まあ恐らく下だろうが。
「下で実験してるよ」
ジゴー博士は予想通りの回答を返してくれた。やれやれだ。
と、思った矢先に食堂のドアが勢いよく開いて彼女が入ってきた。相変わらずのご自慢の美貌だがややご機嫌ななめらしい。それとも良いのかな?
「やあおはようバーズ博士」
ジゴー博士は声をかけたが反応はなかった。
バント博士は声をかけなかった。こういう時は無視する方がいいと長年の付き合いで分かっていた。彼女は普段から無口だし、しかも人と関わりを持ちたがらなかった。バーズ博士は奥からワインを瓶ごともってきて、それに直接口をつけて飲み始めた。おいおいレディのする事じゃないぞ。
「ご機嫌ななめかな?バーズ博士?」
バント博士は一応そう声をかけた。が、それは笑い声で返された。
「…素材、が、来ル…」
そう言ってバーズ博士は笑い続けた。
「…研究、ガ、スすむ…」
やれやれまた魔王ごっこか。いやごっことは言えないか。
かつて主席研究員であり、当時最高齢だったバーズ博士は、150年の時を経てむしろ逆に若返り、その研究課題である不老不死について実を結ぼうとしていた。
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