第14話 共和国の暗躍

カリストブルグ王国の南側にあるラウルハウゼン共和国は100年程前に王政から共和制に移行した国家であり、自由と平等を標榜した新しい国家である。王政廃止の最大の理由は王侯貴族の腐敗であったとされる。例えどのような理由であっても前カリストブルグ王国からの債権の多くを放棄できたのは確かであり、列強の中で最もカリストブルグ王国からの影響が小さい国と見做されていた。


その努力は確かに実を結んだ訳ではあるが、もうあと少しだけ国家としての運が足りなかった。共和制への移行が20年遅かったら前カリストブルグ王国は地上から消え去っていた訳で、つまり債務ゼロの上に難民保護のどさくさ紛れでエヌフォニ教の医療魔法をタダで自国に取り入れる事もできたかも知れなかったのだ。


しかしラウルハウゼン共和国は、国是である自由と平等の精神を元に後カリストブルグ王国の復興を支援し、国民と列強と当の後カリストブルグ王国からの信頼を勝ち得る道を選んだ。後カリストブルグ王国の首都イスタローブにある王宮もラウルハウゼン共和国の尽力により建築された物で、王宮名もそれにちなんだ名称になっている。


そのラウルハウゼン共和国の大統領室で二人の男が密かに会話をしていた。


が倒されたか…」

男は驚きと嘆きの嘆息をした。その嘆きを受けた男は声を発しなかった。


と言ったのは、その存在がかつて持っていた名前で呼ぶのも、またその存在に新たな名前をつけるのも躊躇われたからである。そしてそれだけで意味が通じもした。


カリストブルグ王国内で旧王宮と呼ぶパストゼア王宮は、普段の監視は緩い。従ってそこに工作員を忍び込ませる事は造作もないが、その達成率は低かった。成功以前に生還率が低い。しかし生還出来なかった工作員が新たな脅威となり探索に立ちはだかるという想定外が発生し、それに密かな期待もしていた。


ふう。


大統領ブライアン・ダルトンは溜息をついた。憂鬱な気分だった。自分を「ダルトンおじさん」と慕う王子の事も、怪物に成り果てた工作員の事も、どちらも心が痛む。しかし自分は大統領であり、最優先事項は国家の利益であった。


「他にはそういうモノが居るのか?」

ダルトン大統領はジェレマイア・デイリー補佐官に訊いた。


「行方不明の工作員は多数いますが、明確なのはデリオ、いやだけ…」

そこまで言った時にダルトン大統領は大きな咳をした。陸軍曹長ライナス・デリオは国家のために勇敢に戦って死んだのである。それ以降の話など存在しないのだ。


「現時点では打つ手なし、か」

ダルトン大統領の声にデイリー補佐官は頷いたが、未確認情報も打ち明けた。


「しかし旧王宮東側は王族の居住エリアだったとの情報もありますので」

そこに国債などがあるとは考え辛い。と補佐官は言った。


「では何故そんなところを探索しているのだ?」

ダルトン大統領は当然の疑問を投げかけた。


「未確認ですが、エヌフォニ教が裏で動いているようです」

デイリー補佐官の言葉にダルトン大統領は大きく顔をしかめた。


大統領としてエヌフォニ教の医療魔法は無視はできないが、彼個人はエヌフォニ教を嫌っていた。伝承上のサン・リギユは偉大だとは思うが、人は必ず死ぬものである。その死を受け入れる事が大事であり、遠ざけるべきではないと考えていた。


また大統領としての懸念は高齢者問題の深刻化である。いくら長生きしても身体が若返りでもしない限りは国家の負担が増えるだけなのだ。それとも前カリストブルグ王国はその問題すら解決していたのだろうか?


それは分からないし考えても意味がない。大統領として行うべきなのはもっと現実的な事だった。カリストブルグ王国より先に我が国の債権を確保することだ。それはつまりカリストブルグの探索班を秘密裏に妨害する事も含まれる。


「エヌフォニ教などどうでもいいが、我が国へどういう影響があるか次第だな」

もし利害が一致するならその懐古派とも組んでもいい。一致しないなら無視でいい。敵対関係となれば躊躇はしない。ダルトン大統領はそう言った。


ラウルハウゼン共和国は前カリストブルグ王国からの影響が低いと言われているが、それはとんでもない誤解である。古い国はまだ善意があった頃のカリストブルグ王国からの債務なので利率は低いが、最後期の前カリストブルグ王国と医療条約を締結したラウルハウゼン共和国への利率は非常に高かったのだ。


「まずはエヌフォニ教懐古派の周辺を調べてくれ」

ダルトン大統領はデイリー補佐官にそう指示した。


「了解しました」

デイリー補佐官はそう答え、ついでにもうひとつ未確定情報を展開した。


「エヌフォニ教懐古派は恐らく聖誓を探しているのかと推測されます」

結構驚きの情報をもたらしたつもりだったが大統領の反応は薄かった。


「聖誓? 何だそれは?」

エヌフォニ教を嫌っているダルトン大統領にはその意味が分からない。


「…まあ聖遺物のような物です。詳細は確定してからまた」

エヌフォニ教への信仰が高いデイリー補佐官は気が削がれてしまい説明を省略した。まあ我が国の債務には直接関係ないので余計な一言でもあった。


「よろしく頼む」

ダルトン大統領は短くそう言った。そしてふと考える。


前カリストブルグ王国の隆盛は要するにエヌフォニ教の医療魔法技術を支配していたからであり、当のエヌフォニ教に対する医療債権があるとは考え辛い。エヌフォニ教の負債といえば「聖なる光輪」と呼ばれる聖遺物で、言わばそれで首根っこを押さえつけられたのだ。それより最悪な負債などあるのだろうか?

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