第13話 魔宮での戦い
「やっぱりすごいですね!」
周囲への警戒など全く考えてなさそうにルーク王子は元気よくそう言った。
「さっきの剣技はすごかったです!あんなに無造作なのに隙がなかった!」
そりゃあそうだよ。だって本当にただ剣を振ってただけだもの。
現在、一行は魔法陣を組んで休憩中である。この旧王宮は魔力が滞留しているので、最低でも3時間に一回はこうして休憩して魔力を祓わなくてはならない。まだ少し早いがまあ一回は戦ったし、という事で休憩となったのだ。
ちなみに旧王宮はどんなに長くても24時間以上の滞在は認められない。それを越えた場合は教会に連絡が行き、エクソシストが清めなくては脱出は認められないのだ。ちなみにその費用はしっかり後で請求される。
従って探索は1回の侵入では終わらない。平均を出すのは難しいが、3回から20回程も侵入して国家財産の確保を試みなくてはならない。聖女アナスタシアはこの探索に6回参加と紹介されたが、侵入単位だと50回以上の経験がある。
「ああやって掃き集めたゾンビたちはどうなるんですか?」
ルーク王子は興味津々で訊いてきた。
「どうにもならないよ。さっき見たあのままだと思う」
レオンはそう言った。別にわざわざ確認した訳でもないが。
「でも王子、あれは本当にただの小手調べよ」
アナスタシアは経験者らしくそう警告した。
「あなたに何かあったら探索どころじゃないんだからね。気を緩めないでね」
アナスタシアはルーク王子から貰ったオレンジジュースを飲みながらそう言った。王子はそれにも、はい!と元気よく返事をする。良い子。
「この先には他にどんなものが居る?」
ロズワルドは触媒の状態を確認しながらそう質問した。
「まず霊体。これは姉が居れば問題はありませんが、キメラは厄介ですね」
ロディオンはロズワルドの質問に答えた。
「キメラか…」
ロズワルドはそれを聞いて少し考える。
「普段キメラが居たらどうしている?」
ロズワルドは重ねて訊いた。
「逃げるか隠れる」
アナスタシアはあっさりとそう言った。
キメラとはこの場合は状態を指す言葉かも知れない。要するにナニかとナニかが合体してそうならそれらは全てキメラと呼ばれている。そういう存在も魔法生物な訳で、アナスタシアの悪魔祓いも通じる時もあるが、通じなかったら大ピンチなのだ。
「倒せないんですか?」
ルーク王子は素直に聞きづらい事をあっさり訊いてきた。
「個体差が大きすぎるのと、下手に手を出すと危険な時もあるんですよ」
ロディオンは説明した。
この旧王宮内ではキメラと不死生物の区分は難しい。概念的には「生きてるか死んでるか」だけなのだが、それは「じゃあ生きてるって何?」という哲学的な考えにまで踏み込まなくてはならなくなる。
「つまり、対象の自律精神が自我でなければ悪魔祓いは有効なのですが」
そこら辺が曖昧なのである。見た目だけではなく。
「例えば、あるキメラに悪魔祓いが部分的に効果があった事もありました」
それを実行したら大ピンチに陥ったという。
「なんでです?」
ルーク王子は興味津々で訊いてくる。
「生命体である部分が返って勢いづいてしまって」
体重が軽くなった上に自律神経が一本化されて攻撃性能が増してしまったのだ。
「要するに壊死した部分を切り落としただけ、か」
リンドが結論を推測してそう言った。ロディオンが肯定の頷きをした。
「あとキメラと言っていいのか分かんないけど」
アナスタシアも別の例を出した。
「例えば、霊体が乗り移ってそれが適合しちゃうとかね」
それはエクソシストとしては最悪の患者である。仮に悪魔祓いに成功してもその患者の自我はもう戻らない。そしてそういう患者の悪魔祓いは非常に難易度が高い。
「縛り付けた患者だって難しいのに、動いて戦ってる相手なんて、ねえ?」
アナスタシアは眉を上げてそう言った。
「しかもそういうのは結構動きが早いんだ、これが」
レオンも経験からの知識を披露した。
「無意識での制御を一切行わないからか」
リンドはまたも正確に推測した。さすが王国騎士である。盗賊だけど。
「…となるとレオン、君の責任は重大だな」
ロズワルドは黒髪の戦士にそう声をかけた。
「君が先陣を切ってくれなくては私達も対処できないかも知れない」
確かにそうなのである。決定打はアナスタシアやロズワルドでも、魔法や法力の発現まで時間を稼ぎ、他の仲間を危険に晒さない。それが前衛の役目なのである。
「運搬係などとんでもない。期待しているよ。
ありゃりゃ、懐かしくて恥ずかしい事を知ってるなあ。あんた。
「僕も及ばずながら!」
ルーク王子もくりくりとした目を輝かせてそう言った。はいはい。
---
休憩を終えてさらに北方面に向かうと、通路と平行に向かいになっている階段が見えてきた。ぼろぼろの赤い絨毯がかけてあり、恐らくかつては何らかの権威がある階段だったのかも知れない。しかしだからこそその様子は痛ましく禍々しかった。そしてその階段を一定の規則を持って移動している影も見えた。
「…あっちゃあ」
アナスタシアは口をへの字にした。こりゃもう今日はここまでだ。
「あれはなんだ?」
リンドはその影を見て仲間に訊いた。
「リビングアーマー、というかデッドアーマーというか…」
ロディオンは姉と違って警戒の声音でそう言った。
「甲冑に魔力が宿っているのか?」
ロズワルドは見た目からの推測を口にした。が、ちょっと違う。
それは基本的にはゾンビなのだが、要するにキメラの一種である。元はこの王宮の警備兵なのだろうが、全身プレートメイルに収まったゾンビなのだ。勿論普通はそんな格好して巡回している警備兵など居る訳がない。これは甲冑が魔法生物となってゾンビという中身を補充した姿なのだ。
甲冑の魔力が中に溜まっており、それ故に肉体の腐敗がかなり遅れている。つまりかなり新鮮な状態の死体な訳で、その分筋肉もしっかり残っている。先程のゾンビが裸だとすれば、正に完全武装のゾンビであり、先程のような雑な戦いはできない。というか元王宮警備兵なので肉弾戦も結構手強い。
「さすがに未踏領域は面倒なのが多いわねえ…」
アナスタシアは呆れの中にも警戒を込めてそう言った。
「あれは強いんですか!?」
ルーク王子が元気に訊いてきた。
「強いぞ、下がってな」
レオンは剣を抜いて構えた。
どういう理屈で感知したのか分からないが、それが襲ってきた。甲冑を着ているのでガチャガチャと遅いが、それでも普通の人間以上の早さである。
がちん!
それ──仮称デッドアーマーの剣とレオンの剣が噛み合った。その次の瞬間レオンがデッドアーマーの胴を蹴って間合いを離す。これで倒れてくれれば良かったのだが、デッドアーマーは案外と柔軟に受け身を取った。そして全身から青い光を発した。
げ
レオンとリンドは咄嗟にアナスタシアとルーク王子の前に立ちはだかって二人を守ったが、青い光はそのまま集約して4人に飛んできた。
ぼん!
青い光は見えない何かに弾かれて跳ね返った。そして間髪入れずに今度は雷のような白い光がその青い光とデッドアーマーを襲う。
「お見事」
ロズワルドがぼそりとそう言った。
「さすがです。魔道士殿」
ロディオンも先日と違って敬意を込めてそう言った。が、
「私は魔道士ではない。何度も言わせるな」
けんもほろろな塩対応が返ってくるだけだった。
ロディオンは予め結界を張っていたのだ。しかしそれは本来はこういう直接的な魔法攻撃への防御ではなく、滞留する邪悪な魔力を緩和するためのものである。この防御は咄嗟にその法力の力を上げた結果だった。素晴らしいファインプレーであったが、ロディオンの魔力に対する負担もまた大きい。
白い光はロズワルドの
「レオン!5秒稼いで!」
アナスタシアも両手を前に突き出して祈りの言葉を詠唱する。レオンはそれに答えもせずにデッドアーマーに斬りかかった。
たったの5秒とはいえこのデッドアーマーは手強い。稲妻の矢の術を喰らって大いによろけはしたが、それでもまだ体勢を崩しておらず、しかもレオンの剣にしっかり対応しているのだ。これ中身は相当な剣士だったのかもな、などと思いつつもレオンもまた音に聞こえた戦士である。
淡い光が辺りを包んだ。その光に包まれるとデッドアーマーの動きがぴたりと止まった。そしてそのまま膝から崩れ落ちた。そして見ている内に甲冑にどんどん錆が浮かび上がり、細かい装飾が腐り落ちた。そして甲冑そのものもばらばらになった。中身のゾンビが浄化されて、「着ている中身」という結合要素がなくなったのだ。
アナスタシアの浄化であった。浄化そのものは珍しくもないが、中身のゾンビを丸ごと消し去るというのは凄まじい力であった。聖性より魔性と言ったほうがより適切な性格の聖女は、しかし確かに実力者ではあったのだ。
「すげえな」
レオンは驚きの声を上げた。それはロディオン、ロズワルド、アナスタシアに対してのものでもあったが、その根底にはこのデッドアーマーの存在がある。
このデッドアーマーと呼ばれる存在もまた個体差が大きいが、これ一体でチームが全滅することもある非常に危険な敵なのだ。ましてやこの個体は魔法まがいの事まで行使してきたのだ。このチームでなければ対応は難しかっただろう。それをこうも短時間に倒せるとはすごい事なのである。
「貴君もな」
リンドも称賛の声を上げた。悔しいがこの戦いで彼は何もできなかった。しかし王国騎士たる彼はそのような拘りより、素直に実力者を称賛できる性格を持っていた。
「稲妻の矢の術をまともに喰らってあそこまで動くとは…」
ロズワルドは反省、というより分析していた。言わば霊体とゾンビのキメラだったので咄嗟に選択した術だったが、甲冑という要素にまで頭が回らなかった。あれで稲妻が分散してしまったのかも知れない。手強い相手ではあったが、それは自分の未熟さを言い繕う理由にはならない。素直に反省して次に活かすとしよう。
「ロディオン、ナイス!」
アナスタシアは弟を褒めた。ロディオンは緊張感が緩んで少しふらふらしている。ああいう長期的な術を後から底上げするのは相当な魔力が必要になるのだ。微妙ににへらと笑っているのは精神負担の証であった。
「すごい!」
ルーク王子もまた感動して声を上げた。何だろう?確かにすごい事なんだけど、何故か陳腐化されてしまったような気がして一行は苦笑した。
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