第12話 新サン・リギユ大聖堂

カリストブルグ王国、というより「後」カリストブルグ王国の首都イスタローブは、当然ながら新興の街であり、そこにある建築物も最大でも80年未満という歴史の浅いものばかりである。しかしそういう実際の築年数より、「歴史」という概念により実際よりも遥か昔からそこに存在する──という事にしようとする者も居れば、いやいややはりそれは違う、と正しい指摘をする者も居る。


例えばここサン・リギユ大聖堂は、勿論その名前を持つ建造物は遥か1000年以上前から存在していたが、現在のこの大聖堂が過去の同名の巨大建造物と同一であるか、という認定は微妙であった。


サン・リギユ大聖堂はその名の通り「光の人」サン・リギユの名を関する世界唯一の大聖堂であり、従って無条件にエヌフォニ教の総本山として扱われる。しかしエヌフォニ教の各地方支部からすれば、再興もままならない新国家に建造された、たかが半世紀程の歴史しかないの大聖堂を総本山として敬うのは大きな抵抗がある。


現在のサン・リギユ大聖堂は、地方支部からは嫌味と警戒を込めて「新」サン・リギユ大聖堂と呼ばれていた。従ってその首座も教皇ではなく、後カリストブルグ王国枢機卿という扱いになっている。今そのサン・リギユ大聖堂では三人の高位聖職者たちがテラスでテーブルを囲んでいた。


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「探索班は無事潜入したとの事です」

イスタローブ大司教イジ・ノシオは上席──という括りはないのだが──に座る男に恭しくそう報告した。


「…光と共にあらんことを」

上席に座る男はそう言って円字を切った。それは必ずしも形式的なものでもない。


「……」

もう一人の男は不安げな顔をしているだけで何も言わなかった。それに気がついたノシオ大司教はその男に声をかけた。


「不安ですか?ケーテル大司教」

ケーテル大司教と呼ばれた男はノシオ大司教の言葉に肯定の態度は示さなかったが、実はその通りである。不安要素が多すぎるのだ。


「やはり心配ではあります。…光と共にあらんことを」

そう言ってケーテル大司教も円字を切った。


表面上の彼らの不安は共通している。ルーク王子の事である。本人はあまり意識していないが、彼の性格は多方面から大きな期待をされているのだ。


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王国再興から70年以上が経った今、多少なりとも国家財産の確保は進んでいるが、それはせいぜいカジル一世が拵えた借金が帳消しになったくらいの話で、言わばようやくゼロになったくらいなのだ。ここからが王国復興事業の本番である。


そしてその事業の進みは王国と他勢力とで大きな齟齬がある。王国からすれば「70年もかけてやっと」だが、他勢力からすれば「たった70年で!」という事になる。


つまりかつては無視されていただけの王国復興事業は、近年他勢力から積極的な妨害を受けるようになっていたのだ。


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「ケーテル大司教の心配もよく分かります」

上席の男──カリストブルグ枢機卿カルロ・ピエラントーニはそう言った。


「私も些か話が上手く行き過ぎたとは思ってはいるのです」

ピエラントーニ枢機卿はそう言って眉尾を下げた。その言葉はノシオ大司教に対する批判のぎりぎり一歩手前だったので微妙な沈黙が流れた。


「…それについては私も同様です」

ノシオ大司教も二人の心配に同意した。


「しかし、これこそが真の神託であると考えたのです。ご理解ください」

ノシオ大司教は二人に軽く頭を下げた。


「それは勿論です」

ケーテル大司教も理解を示した。分かってはいる。しかし、しかし…


「これ程の陣容が整えられたのも含めて、です」

ノシオ大司教はやや強弁を言った。それも確かにそうなのである。


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70年でここまで復興できたとは言え、まだまだ列強への影響力は弱い。弱いどころか通常の外交も難しいのだ。何せ全宇宙を探しても自らの債権者の無事を祈る知的生命体など存在しない訳で、要するにカリストブルグ王国はただ存在するだけで疎まれ憎まれるべき存在なのだ。


しかしカリストブルグ王国が疎まれる事と、その中の個人に対する好悪は違う。天然の明るさと素直を持ち、列強からも困られながらも可愛がられるルーク王子という存在は、ある意味で平和外交の切り札なのだ。むしろ下手な債権が発見されるより彼個人の方が遥かに重要なのである。そしてその事情は王家だけではない。


前述の通りここサン・リギユ大聖堂は、現在全ての支部からの支持を得ている訳ではない。それどころかこの大聖堂に居る者は「懐古派」と呼ばれ、カリストブルグ王国と共に宗教的権威の復活を目論む一派と見做されているのだ。事実だが。


しかしその権威復活の過程に於いて、ルーク王子という緩衝材は重要なのである。そしてそのルーク王子が自ら探索班に参加するというは、困りもするが利点もあった。


言うまでもなく事実上探索費用が無限大になった事である。それにより普段よりも遥かに強力な人材を確保できたのだ。そしてそれを見越してエヌフォニ教懐古派の悲願であった東側探索が敢行できたのである。


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「…この探索で聖誓の存在だけでも確認できれば良いのですが…」

ピエラントーニ枢機卿はそう言って嘆息した。彼は自分の野心よりもエヌフォニ教の将来を憂いてこの話を承認したのである。このままではエヌフォニ教の各支部は各宗派となりばらばらになると考えていた。


「…仰る通りです…」

ケーテル大司教も同意したが、彼の考えはやや違う。彼はかつての弟子であるノシオ大司教の急進的な考え方自体を懸念していた。ちらりとノシオ大司教の横顔を見る。かつての暗い迷いは消え去り、燃えるような強い意思を感じた。


「…導きの光は我らと共にあるはずです…」

ノシオ大司教は手を合わせてそう祈った。ケーテル大司教の考えに触発された訳ではないが、彼もまたかつての苦難の時期を思い出していた。主の言葉が聞こえなかったあの暗い迷いの時代の事を。


それを越えた今、ノシオ大司教の目の前には光の道が続いている筈なのである。

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