第11話 旧王宮

旧王宮、正式名パストゼア王宮は、かつてカリストブルグ王国の権威の象徴だった。この王宮は単なる王族の住居でもなければ省庁というだけに留まらない。国家機能と法力研究の中枢であり、その規模は王宮という水準に収まらない程の威容を誇った。


高さは4階、あとは四方に尖塔があるだけなのだが、その面積が非常に広い。かつてこの王宮に勤めていた人間が、たまたま普段の勤務先以外の区画に用事があって出かけたら、そのまま迷子になったという笑えない話もあるのだ。


そしてその威容は大震災により研究機関が崩壊すると超巨大な魔宮と化した。これは正式な調査結果ではないのだが、これは生命に関する法力の研究施設が崩壊し、それにより研究対象であったナニモノかの封印が解けた、というのが衆目の一致するところである。それ以外に考えられない。


旧王宮は石造りなのでさほど崩壊はしていない。しかし一部は大震災の影響で崩壊したところがポルターガイスト現象だか何だかで不気味な形で復旧されており、他の部分が外見上は従前通りなのでより一層禍々しく感じる。


当初その中に居る怪物達は不死生物ばかりと考えられていたが、ここ数十年の探索でそうではない事が判ってきている。ゾンビやスケルトンなど不気味なだけでむしろ与し易い相手であり、むしろキメラ状態の怪物達のほうが手強い。


そしてこれが探索の難易度を上げている点なのだが、そういう謎の怪物達が果たして不死生物なのかどうかが良く判らないのだ。そのためエクソシストは必須であるが、エクソシストだけでは対処できない事もある。レオンのような物理担当も必要だし、ロズワルドのような魔法使いが居たほうが良い場合もある。


しかしそんなにバランスよいチームなど望むべくもない。前衛と盗賊の他にエクソシストが一人でも居れば相当に恵まれた状態であり、魔法使いなど滅多に居るものではない。いや魔法を使える者がいても制限が多く運用が難しいのだ。


魔法使いだって詠唱もしなければならないし計算もしなくてはならない。触媒の状態がおかしくなったり、彼個人だって恐怖で身体が動かないという事だってある。


そして何より大事なのが「信頼できる」盗賊である。ある意味でこれが一番難しい。頭数だけはそれこそ掃いて捨てるほど居る。募集すればいくらでも来る。しかし彼が仲間を見捨てて保身に走らないという保証はないのである。


これは中々言い辛いが、リンドの曾祖父は仲間を見捨てて戻って来たのではないか?という噂は当時からあった。それを責める事はできないが、かの功労者の実態がそうであるとしたら仲間としてはたまったものではない。


そういう経緯もあって探索も制度が変わった。最初は仲間内で勝手にチームを作って探索するだけだったのだが、エヌフォニ教のエクソシストの協力を得られるようになると同時に無闇やたらな探索ではなく、ちゃんと事前に回収物を決めて、しかも王国の監視者がリーダーとなって計画的に探索するようになったのだ。


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「失礼します!」

ルークくんあのさあ。


ルーク王子は本当に屈託のない少年だった。ルーク王子と呼ばれても、王子と呼ばれても、或いはルークと呼び捨てにされても全て「はい!」と元気に返事をするのだ。躾が良いといえばこれ以上ないくらい躾の良い少年であった。


そして王子たる彼は、勿論躾通りに自宅以外の家屋に入る時にはちゃんと挨拶をするのであった。いやまあアレよ。ある意味でここ君の自宅よ。


隊列は基本的には二列縦隊にした。まず前衛がレオンとリンド、中衛がアナスタシアとルーク王子、後衛がロズワルドとロディオンとしてある。もちろん中衛の二人を守る陣形である。ルーク王子は前に出ます!と言いそうだったが、一歩先にリンドが


「リーダーたる者はまず全体を見なくてはなりません」


と助言したので素直にはい!と返事をしてそれに従った。それにもし前衛でも後衛でも殺られて隊列が崩れた時アナスタシアを守る役目も必要なのだ。もっとももしそれを言ったら今度はロディオンが何か言い出したかも知れなかったが。


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「不気味ですね!」

ルーク王子は素直にそう言った。素直な感想過ぎて他5人は失笑の発作に襲われた。なんだろうこの王子。間の取り方が上手いのかな?妙に面白い。


「しかし、広いな」

ロズワルドは逆に平坦な口調でそう言った。


「天井が高いからよりそう感じるのだ」

リンドがそう言った。そう言えば確かに。そう言ってロズワルドは納得したようだ。


旧王宮に挑んだ経験がある3人は言葉を発しなかった。周りを警戒しているというより今更だからである。しかし東側の探索は初めてだった。今までの探索は北側か西側が多く、東側というのは勝手がよく分からない。


旧王宮は北側と西側に政庁としての機能が充実していたはずで、東側というのは王侯貴族の私的空間であったという。宝石などは多そうだが債権があるとは考えづらく、今までこのエリアに侵入したのは初期の盗賊チームくらいしか居ないはずである。


「債権を敷き詰めてその上に寝てた訳でもあるまいに」

レオンはそう言った。探索先を言われた時は特に疑問はなかったが、実際に侵入したら少しおかしいと思ったのだ。


「神託って言っても所詮魔法だしね」

アナスタシアはあっさりとそう言った。かと言って別に失望している訳でもない。大切なのは探索を成功する事であり、回収した物自体はどうでもいいのだ。あと宝石。


「ついに精霊も愛想を尽かしましたかね」

ロディオンもそう言った。その意味はアナスタシアにしか伝わらなかったが、まあそういう宗教的な例えだろうと思って流された。


「もう少し北に行けば大階段がある。そこから2階に上がるのは如何ですか?王子」

リンドは言ってる途中から気がついてルーク王子を立てた。彼自身は旧王宮に挑むのは初めてだが、代々の当主はこういう役目を仰せつかっているので知識はあるのだ。そしてリーダーはあくまでルーク王子である。


「そうしよう!」

ルーク王子は元気よくそう言った。まあ声や音が聞こえたって構わないのである。


---


「ようやくお出ましか」

レオンは少し離れた所を徘徊しているゾンビとスケルトンの一団を見てそう言った。


この不死生物たちは研究施設から逃げ出した怪物ではなく、かつてのこの王宮の住人たちの成れの果てだろうと言われている。つまり研究施設から溢れ出た魔力で動くだけの死体であるのだが、その魔力は今なお色濃く残っているので完全に破壊しない限りはまた時間を置いて動き回る。しかし逆に言うとただそれだけである。


物語などではゾンビに噛まれるとゾンビになるというのが定番だが、実際のゾンビにそんな力はない。ただ勿論不潔なので噛まれた所がひどく化膿する事はある。しかしそれも半分以上筋肉が腐り落ちた死体の咬合力などほとんどない。


スケルトンに至ってはただの魔力の滞留先として骨があるだけだ。意思もなければ力もない。ただ骨なので尖ってるからそれなりには危ないだけである。武器を持っている場合もあるが、それは厳密にはただ引っかかってるだけで、蹴飛ばしでもすれば武器などすぐに飛んでいく。


リンドはちらりと左側を見た。大きな両開き扉がそこにある。


「レオン、ここは貴君に頼めるか?」

リンドはそう言った。リーダーはルーク王子だが戦術面では士官である彼に一日の長がある。帰りもここを通る以上はやることは決まっていた。


「ああ、構わないよ」

レオンも軽く請け負った。こんなのにいちいち魔法だの法力だの使ってられない。


「王子、ここは某にお任せ願います。王子は督戦と聖女殿の警護を」

リンドはルーク王子に作戦指揮の承認を願いつつ、同時に女性を守る事を願った。


「わかった!」

ルーク王子は相変わらず素直にそう答えた。このハーフリングは王子の扱いに慣れてるな、と周囲の人間は思った。


哀れな不死生物がこちらに近づいてきた。気色悪いがただそれだけだ。ルーク王子はさすがに笑顔は消えていたが、それでも目も背けず剣を抜いてまっすぐ怪物共を睨んでいる。大した胆力だった。


レオンが剣を抜いてゆっくりと前進した。リンドはハーフリング特有の猫のようなしなやかさで左側の扉に近づく。


ぶん。


実に投げやりな感じで剣が閃いた。実際レオンは気など張っていない。砂山を崩すようなものだ。怪我もしなければ穴を穿ってもすぐに埋まる。横目でリンドがOKの合図を送ってきた。よかったよかった。


素振りよりもやる気なく適当に剣を振っていると立っている死体は居なくなった。しかしうねうねと動きはするのでそれはそれで気色悪いのだが。


「誰か箒もってない?」

レオンはそう声をかけた。ロディオンが反応して貸してくれた。


箒を借りるとレオンはそのまま粉々になった死体どもを雑に掃いて、リンドの目の前の扉にまで掃き集めた。そしてリンドが扉を開くとそこに掃き入れる。それが終わるとリンドが扉を閉めて扉の取手を針金でぐるぐる巻きにする。


これが文字通り、旧王宮探索の基本作業「死体を片付ける」である。ただ破壊するだけだと魔力の影響でまた復活するので、適当に破壊したらそこらへんの部屋に掃き入れて施錠してしまうのだ。そうすれば帰りにまた戦う手間が省ける。


「すごい!」

ルーク王子は目をきらきらと輝かせて称賛してくれた。大した事をした訳ではないのだが、そこまでまっすぐ褒めてくれると悪い気はしない。この王子は案外胆力はあるしいい国王になるかもな、と思うレオンであった。

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