第10話 初顔合わせ
「じゃあよろしくお願いいたします」
レシーナは出迎えに来てくれたアジュール大佐に一礼した。その顔はとても晴れやかな笑みで溢れている。
「迷惑をかけるが、よろしく頼む」
アジュール大佐は申し訳なさそうにレシーナにそう言った。アジュール大佐にとってはレシーナも元部下なのである。
「じゃあ、行ってくるよ!」
レオンの声も明るい。最大の問題が最高の形で解決したのである。
ビュレイン夫婦とアジュール大佐の間には大きな認識齟齬があった。ビュレイン夫婦が最も懸念したのは駄獣の餌代なのだが、アジュール大佐にとってはレオンがこの危険な任務を引き受けてくれるかどうかが問題であり、駄獣の餌代など考えてもいなかったのだ。と言うより、そもそもレオンにこの話を持ってきた理由のひとつが運搬や護送の手間が省けるからで、言うまでもなくその経費は支払うつもりだった。前提過ぎて説明を省いてしまっていたのだ。
それを聞いた夫婦は他の条件など忘れ去って引き受ける旨を即答した。さらに探索班の護送の話が出ると、レシーナはウチには
そうしてレオンは意気揚々と馬車を駆り、エゼル川の西大門近くにある旅館で探索班のメンバーと初顔合わせに挑んだのであった。
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妙なメンバーが集まったものだ。
探索班のメンバーのうち5人はお互いを見てそう思った。最年少でありリーダーであるレオン王子はその大きなくりくりとした目を輝かせながら最初に自己紹介をした。
「今回リーダーを務めさせて頂きますルーク・アッシャークラウドです!」
よろしくお願いします!と元気よく言ってぺこりと頭を下げた。うーむ。元気はいいし礼儀正しいけどちょっと変わった王子だな、と他の4人は思った。
「吾輩は王子の護衛を務めるニコライ・リンドブルグヘンドブルグという者である」
え、ごめん、もう一回いい?ちょっと聞き取れなかった。というか君、盗賊だよね?何でブレストプレートに盾なんか背負ってるの?
「俺はレオン・ビュレイン。まあ運搬係…なのかなこれは?」
その名前に反応したのは何かやたら名前が長いハーフリングだけだった。驚きの表情を浮かべていたがそれ以上の反応は示さなかった。
「私はロズワルドという者だ。多少魔法の心得がある」
茶色い簡素なローブを着た短めの赤髪の男はそう言った。この茶色いローブは彼一流の
「アナスタシアと申します。エクソシストとして参加します」
アナスタシアは聖女という称号を名乗らずにそう言った。まだメンバーの素性が分からないので一応は警戒した形である。というか個性的すぎ。
「ロディオンと申します。治癒の法力を多少心得ております」
ロディオンも赤髪の頭をぺこりと下げて短くそう言った。
「皆さん、よろしくお願いします!」
ルーク王子は再度元気な声でそう言ってぺこりと頭を下げた。なんだろう?良い子っぽいんだけど、なんだろうこの感じ? 良い子というか、バカっぽいというか…
「さっそくですが今回の目的と目的地です!」
ルーク王子は図面を広げた。どう言っていいのか分からないのだが、何かこの王子はやたら力強いというか、ある意味でマイペースというか…、いや相当…
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ルーク王子は決して馬鹿ではない。ちゃんと目的も目的地も手早く説明して、その探索経路も考えてきていたのだ。むしろ頭は良いのである。印象とは違うが。
「結構進んだんだなあ」
レオンはぼそりと独りごちた。それを聞いたリンドブルグヘンドブルグはレオンに顔を向けて質問した。
「貴君は探索経験が?」
別に意外ではなかった。ただレオンとリンドブルグヘンドブルグの軍歴はかぶってはおらず、この男に探索経験があるとは知らなかったのだ。
「ちょっとだけだけどね。それに回収はできなかったし」
レオンはリンドブルグヘンドブルグにそう言って、別の質問をした。
「ああごめん。名前もう一回聞いていい?」
それは他3人もそう思っていたので都合が良かった。
「ニコライ・リンドブルグヘンドブルグ。これでも王国から剣を預けられておる」
ある意味でリンドブルグヘンドブルグもロズワルドと似た自尊心がある。王国騎士などという直接的な言い方を好まない。そしてその回答は理解と共に困惑が広がった。
「君、王国騎士なの?」
そう言ったのはロディオンだった。もしそうなら軍人としてはこのハーフリングの方が格上という事になる。というかひょっとして年上?
「…4代目の当主である…」
そう言ってリンドブルグヘンドブルグは諦めの溜息をついた。
「肩肘を張っても仕方あるまい。吾輩は盗賊役としての参加である」
リンドブルグヘンドブルグはしぶしぶそう認めた。それ以外にあり得ないのだ。
「そうか。お前さんの気持ちも分かる気がするけど、もうひとつだけいい?」
レオンは同情しつつも恐らく皆が思っている事を口に出した。
「リンドって呼んでいいかな? ほら、仲間なんだし」
レオンも3年間の経営者経験でそういう忖度はできるようになったのである。リンドブルグヘンドブルグはそれにも諦めの同意を示した。
「リンドってひょっとしてあれ?最初の回収者?」
アナスタシアも少し驚きの声で質問をした。
「吾輩の曾祖父である」
リンドブルグヘンドブルグ改めリンドはそう言った。それには大きな感嘆の声が上がった。要するに彼の曾祖父が回収に成功したから、巡り巡って自分たちがこの仕事にありつけたのだ。最も曾孫の彼には直接の報酬はないであろうが。
「そういう貴女はかの聖女殿だな?」
リンドはアナスタシアにそう訊いた。
「あら?私の事を知ってるの?」
アナスタシアはちょっと意外そうにそう返した。
「その若い身空で旧王宮探索に恐れを見せない尼僧と言えば察しはつく」
リンドは如何にも騎士らしくそう言った。
「…そうか、君があの聖女殿か」
それまで沈黙を守っていたロズワルドもそう言った。
「あれ?私ってそんなに有名人なんだ?」
段々と地が出てきてアナスタシアは普段の喋り方でそう訊き返した。
「色々と噂は聞いている。良い噂も、そうとも言い切れない噂も」
ロズワルドはそう言った。別に責めるつもりではなかったのだが、ロディオンがそれを聞き咎めた。
「…それはどういう意味ですか?魔道士殿?」
ロディオンはやや嫌味を込めてそう聞いた。姉の事になると熱くなるのだ。
「私は魔道士ではない。それに咎めるつもりもないし、その資格もない」
ロズワルドはそれで言葉を切ったが説明不足を自覚したのだろう。言葉を続けた。
「私は恐らくこの場に居る誰よりも悪事に手を染めている」
だから妙な噂を聞いただけでそれが本当でも咎める資格などない、と言った。
「…失礼しました」
ロディオンはそう言って頭を下げて矛を収めた。
「皆さんが仲良くなれて良かったです!」
ルーク王子は全く屈託のない笑顔でそう言った。いい笑顔すぎてムカつく。
「とりあえず探索は明日からとして、今日は契の乾杯としましょう!」
そう言ってルーク王子は自ら杯を配り、そこにオレンジジュースを注いでまわった。皆呆気に取られたが、何せルーク王子は未成年なので当然なのである。
「それでは!探索の成功を祈って!乾杯!」
まあまだ昼間だしね。別に良いんだけどね。良いんじゃない?オレンジジュース。
そのオレンジジュースはとても新鮮で、そして甘かった。
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