第9話 探索委員会

探索委員会は旧王宮探索に関わる方針決定機関でありその責任は重い。委員は王族、貴族、財務省やエヌフォニ教を中心としたメンバーで構成され、その中にはビスターク伯爵カレル・アッシャークラウドもイスタローブ大司教イジ・ノシオも居た。


「まず今回の神託についてですが」

ノシオ大司教がそう言って話を始めた。


神託とはいうが別に神の御言葉を聞いた訳ではない。旧王宮の外観と調査履歴から当たりをつけて、そこで法力の言葉で「千里眼」、普通の魔法で言うと「探索の術サーチ」を使って調べているだけだ。


ただし旧王宮は魔力の乱気流とも言える状況なので詳細を知るのは難しい。そこで各種の情報や調査で探索エリアを絞り込む訳だが、その中でも「精霊の交流者」とすら称されるイジ・ノシオの千里眼はかなりの精度を誇っていた。


そしてその実績故にこの委員会での主導的な立場を収め、さらにその影響を以て若くして大司教の地位を獲得したのである。彼もまた旧王宮探索で自分の利益を確保している人間でもあるのだ。


「今回は東側の3階、旧王族の居室付近に光を感じました」

ノシオ大司教は実に高僧らしくそう言った。要するに反応があったという意味だ。


千里眼と呼ぼうと探索の術と呼ぼうとも、物品の探索には絶対的な基本事項がある。その探す対象が何だか分からなくては探しようがないのだ。しかしそれが何だか判っているのか?というとそれが曖昧なのである。


例えば債権ならば文書だろうとは思われるが、紙の束と言えばまず本である。旧王宮にそんな物はいくらでもある訳で、どんな術者でも魔力の乱気流の中でその内容までを判別するのは難しい。従って「何を探すのかを決める」という当然の事がまず行われる訳だが、この段階で人間の都合が大きく介在する事になる。


最優先事項は債権の確保であり、これは基本的に誰も異論を挟まない。しかし前述の通り紙媒体の探索はリスクも大きい。やっと踏破して確保したらただの日記でした、という事もあるのだ。最優先ではあるがその判断も難しい。


二次優先となるのは宝物などの形が分かりやすい物なのだが、これが事情が混み合って難しい。まずこれらは探索班のメンバーが盗んでしまう可能性がある。探索帰投後に身体検査はするのだが、宝石などを飲み込まれるとどうしようもない。


かと言って宝物などを後回しにするとますます窃盗が増えるという事実もある。つまりお目当ての品じゃなければ手数料で、と勝手に解釈して持ち帰る不届き者も居る。ノシオ大司教は良く知らないが、そういう不届きなエクソシストも居るらしい。


そして実はエヌフォニ教はあまり宝物などの物品を探索したくない。言うまでもなく最初の回収物が聖遺物「聖なる光輪」な訳で、当時のエヌフォニ教の各支部ではこれについて大変な激論が交わされたという。


そして全面協力をせざるを得なくなったエヌフォニ教は、言うまでもなく暗黙の掟が制定される事となった──これ以上余計な物を発見するな、と。


つまりこの点ではエヌフォニ教関係者の考えは一致している。一致というより、ある事実に対してそれぞれ勝手にその側面を都合よく捉えていると言うべきか。


エヌフォニ教全体としては聖遺物のような物など絶対に探索したくない。ノシオ大司教は対象が文書に限定されるので結果が外れでも責められる事はなく、得意の千里眼で権威を弥増す事ができる。また彼には全く預かり知らぬ事ではあるが、不届き者が事前情報を勝手に解釈する事があるらしく、それがモチベーションに繋がるケースもあるようだ。聖女アナスタシアは言うまでもない。


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「国璽の反応があるということは、債権と見てまず間違いはありませんね」

財務省総合政策課長アガタ・プエンテは、やや苛立ちを感じさせる作り笑顔でそうまとめた。どうも僧侶の言う事は判り辛くて困る。


「探索エリアや対象に異論はありませんが…」

サウザローブ大司教フィリベルト・ケーテルが疑問を呈してきた。


「今回はルーク王子が探索隊のリーダーという話を伺っていますが?」

レオリール子爵クロード・ジリベールが委員の疑問を取りまとめる形でそう言った。それは疑問というより困惑だった。王位継承条件のひとつではあるが、実際には王子が旧王宮探索に乗り出すなど聞いた事もない。


「本当によろしいのですか?伯爵?」

アガタ・プエンテ課長はそう言ってビスターク伯爵の方を見た。


「良くはありませんが、お察しの通りです」

ビスターク伯爵はもはや諦めの表情で言った。周囲から嘆息が漏れる。自分勝手を言う王子では決してない。それは誰もが認める。ルーク王子はサン・リギユをもじって「光の王子」と呼ばれる事もある。光のように眩しく、そして一本気で曲がらない。


「なのでメンバーは万全を期した精鋭を用意しました」

ビスターク伯爵はそう言ってメンバーを紹介した。


「まず聖女アナスタシア、彼女は過去6度の探索経験があります」

最重要と言っても良いエクソシストにはやはり彼女の名前が挙がった。


「次に彼女の弟であるロディオン助祭、医療魔法を得意としていて探索経験も多い」

ビスターク伯爵は候補者の説明を続ける。


「レオン・ビュレイン、この名前には聞き覚えのある方も多いでしょう」

その名前に委員達はおお、と声を上げた。


「ロズワルド・イジニットシュタイン、こちらも有名な魔法使いです」

委員達はさらに驚嘆の声を上げた。なんと想像以上の陣容だ。


「…最後は、王国騎士ニコライ・リンドブルグヘンドブルグ、以上6名となります」

そこで少し委員達から失笑が漏れた。オチとしては秀逸であった。


しかし陣容は素晴らしかった。エクソシストと治癒者ヒーラーという重要な役割が居る上に、音に聞こえた剛剣使いと魔法使い、そしてハーフリングの盗賊もとい王国騎士。しかも6名と少数なのも素晴らしい。いつもこの水準でこの少人数ならもっと成果も上がってただろうに。数が多ければ良いという訳でもないのだ。


「空前の陣容ですね」

レオリール子爵は称賛の声を上げた。


「いつもこれくらいならもっと良いのですが」

ビスターク伯爵はにやりと笑った。

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