第8話 気高き王子

ラウルビルド王宮は方形の王宮であり、その中庭はみっつの区画に区切られている。東西を行来する回廊で北側と南側を分け、北側はさらに東西に分かれた小区画、南側は中庭の半分に相当する大中庭となっている。これは全くの偶然だが、上空から中庭を見ると「円」という象形文字に見える。無論そのような文字を識る者などおらず、その皮肉を指摘する者も居なかった。


その北側東の小区画で一心に剣を振るう少年の姿があった。


「やあ!」

少年は師匠の指導通りに剣の型を繰り返し、その姿は中々堂に入っている。


「お見事でございます。王子」

師匠はその少年──ルーク王子にそう声をかけ、今日の稽古の終わりを示唆した。


「ありがとうございました!」

ルーク王子はそれに元気よく応えてぺこりと一礼する。


王族であるにも関わらず、師匠に礼を持って接するその姿からもルーク王子の誠実さや真面目さは伺える。その剣技も手本通りで、言葉もまっすぐ大きく聞いてて気分が良い。健全な育成結果のお手本のような少年であった。そしてそれ故に、何故か、どこか、妙なおかしさや頼りなさを感じる事も確かにあった。


──どうもこの王子は良い子過ぎる──


それが密かな、しかし知る者が知る、ルーク・アッシャークラウド王子であった。


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ルーク・アッシャークラウドは美少年と呼ばれる事もあるが、彼と少しでも接するとそういう印象は薄くなる。顔立ち自体は良い。大きな丸い目はくりくりとしていて、その茶色い瞳はこれまた大きく丸く、屈託など全くなさそうである。金色の髪は短めにしてあり、それが妙に跳ねているのがこれまた印象深い。


性格は真面目で責任感が強く公正であった。そしてそれ故に頑なな所もある。つまり旧王宮の探索は王家の問題であり、これは王族である自分こそが率先して行わなくては行けないと強く考えていた。実は数年前からこの探索に志願しているのだ。


「これは王家の問題です!」


父たる国王にも母たる王妃にも叔父たる家庭教師にもそう主張した。そしてどういう説得にも全く主張を曲げなかった。何故ならば彼は本心からそう思っているだけで、他に何の理由もないのだ。説得する取っ掛かりがないのである。


「あなたは王子なのですよ!」


母たる王妃は半ば悲鳴でそう説得を試みた。母はこの長男を溺愛しており、魔物が跋扈する魔宮に息子を向かわせるなど絶対に許容はできなかった。が、


「心配はありません!」


ルーク王子はそのくりくりとした大きな目でまっすぐ母を見つめ返してそう反論した。しかし後に続く言葉はなかった。ルーク王子は別に言葉に詰まった訳ではない。本当に心配してもらう必要がないと思ったからそう言っただけで、それ以上の言葉や具体的な理由は必要なかったし、実際に言葉や理由など考えてもいなかった。


「ならば自らの身を守る程度の力をつけねばならぬ」


それが親族達が辛うじて見つけた説得の理由であったが、その言葉を鵜呑みにしたルーク王子は即座に剣術の師匠を見つけて師事した。親族達は呆れを通り越して困り果てたが、それでも2年の月日を稼ぐ事には成功した。


そして師匠に剣を認められ、丁度よく新たな神託を授った事を知ると、ルーク王子はついに満を持して旧王宮探索に乗り出す事にしたのだ。別に親族達は誰もそんな約束などした覚えはないのだが。


「誰かあれを止めれるものはおらぬのか!」


父たる国王も母たる王妃も重臣達にそう言ったが、両親である彼らが止められないものを止めれる筈がない。何せ目が覚めるほどまっすぐで眩しい少年なのだ。その使命感に溢れた、遠くを見るような強くまっすぐな目を見ると、何かもう、何も言えなくなるというか、何を言っても駄目だこりゃというか。


この高貴な少年の気高い使命感は、家臣分際の矮小な者には窺い知る事もできない程の遥かな高みにあるという事実を再認識せざるを得ないのであった。ただの債権回収業務なのだが。


しかし現実問題として、この愛すべき頑固者を死なす訳には絶対に行かなかった。王の適正はまだ分からないが、その性格は周囲からも外遊先からも人気が高い。大多数から好意的に見られるというのは外交上極めて重要な資質なのである。


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「今回の探索は相当なメンバーを結集させましょう」

ルーク王子の叔父であり家庭教師のまとめ役であるビスターク伯爵カレル・アッシャークラウドは兄夫妻にそう提言した。もう他にどうしようもない。そしてビスターク伯爵は実はこの日のためにある程度の切り札を考えていたのだ。


「探索委員会を通さなくては行けませんが、それぞれ精鋭揃いです」

ビスターク伯爵は兄夫妻の不安を和らげるためにそう言った。


「本当にお願い致します、伯爵」

王妃マリアは懇願するように、というより懇願そのものを口にした。その目は息子と良く似ているが、息子よりも遥かに常識のある母の目は不安で一杯だった。


「ご安心下さい、王妃様」

ビスターク伯爵は嫂にそう言った。彼にしても甥の無事を確保したいのだ。


「頼む、カレル」

兄たる国王も懇願を口にした。

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