第7話 義理の姉弟
「またですか」
助祭ロディオンは呆れた口調でそう言った。ここは大聖堂の中にある聖堂騎士団の訓練場の外にあるベンチである。
「しょうがないしょうがない」
姉は結構機嫌よくそう言った。どうやら割といい法典が入手できるらしい。
ロディオンは助祭というより聖堂騎士団の下士官である。まだ若いが剣と法力を使うことができる。どちらかと言うと戦士というよりは
姉アナスタシアも治癒法力を使えるが、その本質はやはりエクソシストであり、その魔力は悪霊祓いの決定打になる。それ以外の治癒魔法は彼の担当だった。
「というか、何か今回変なんだよね」
聖女アナスタシアは自分の考えをまとめながらそう言った。
「なんか王子様も来るし、外部からのスカウトも多いんだって」
姉の言葉はさすがに意外だった。
「王子が?なぜですか?」
ロディオンは助祭であり軍人なので王家の事情はあまり知らない。
「何か、王位継承で有利になるとか、そんな事きいた」
姉はざっくりと説明してくれた。まあ姉もさほど興味はないのだろう。
「まあガンバッてくれたまえ弟くん、期待しているよ!」
聖女アナスタシアはそう言ってロディオンの肩をばしばしと叩く。ちょっと痛いけど嬉しいし、言われなくても生命を賭けて守るつもりである。
「もちろんですよ…姉上」
ロディオンは目を伏せてそう言った。
「まああのおっさんのネタももうそろそろ尽きそうだし、もう少しの辛抱だよ」
ノシオ大司教をおっさん呼ばわりしたのは彼に敬意なんかなかったからではあるが、それ以外にも理由はある。ロディオンはノシオ大司教を嫌っているのだ。
「……」
いや嫌っているどころの話ではない。明確な殺意があるのだ。ああ、やっぱりこの子は絶対に許さないだろうなあ。うーむ、あのおっさんを守る気はないけど弟が大司教を殺害したら弟の方が可哀想だ。少し気を紛らわせておこう。
「取れるもの全部取ったら二人でエクソシストでもやろ、ロディオン」
それは前からの約束であり、アナスタシアもそうしたいと思っているのだが、殺意に芽生えたロディオンの鎮静剤でもあった。そしてそれは結構ロディオンに効く。
「…はい」
ロディオンは恥ずかしそうに、そして嬉しそうに顔を赤らめて素直にそう言った。
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アナスタシア・リーンとロディオン・リーンは姉弟ではあるが血は繋がっていない。アナスタシアの父の再婚相手の連れ子がロディオンなのだ。
父と継母の再婚について当人たちは非常に苦慮したという。何せ1歳違いの血の繋がらない姉弟が同じ屋根の下で暮らすのはいろいろと問題があると考えたからだ。
しかしそれは結局杞憂に終わった。ある意味で杞憂過ぎたとも言える。確かに1歳違いの血の繋がらない姉弟ではあるが、それはアナスタシアが10歳の時の話である。
そしてアナスタシアは10歳の時に修道院に出家した。つまり両親の再婚とほぼ同時に家から出た訳で、結局その時はロディオンとほぼ生活はしなかった。
アナスタシアが修道院に入ったのは母に憧れていたからである。エクソシストであった母は父に頼らずに自立する事ができ、離婚も含めて自らの力で自由を勝ち取った女性に思えたのだ。そしてアナスタシアも母と同様に自立の道を選んだのであった。
従って彼女はこのまま尼僧として一生暮らすつもりなど全くなかった。尼僧になりエクソシストになったのは、あくまで経験と実績を積み、より高位の法力が記された魔導書である法典を学ぶために残っているだけである。
義理の弟であるロディオンはやや違う。彼は普通の神学生であり、そのまま僧侶の道に進み、その過程で様々な才能が開花しただけである。そして彼は大聖堂で再会した義理の姉に一目惚れし、以後彼女の悪魔祓いの補佐を買って出ているのである。
アナスタシアは当然義理の弟の感情に気がついているが、別に嫌でもなければ不貞であるとも思っていない。状況次第で結婚してもいいと軽く考えている。ただし彼女の最大の価値観は自立であり、また大聖堂内で色恋に耽る訳にもいかず、今はあくまで仲のいい姉弟という体裁で接するのが関の山であると考えていた。
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聖女アナスタシアはエクソシストとしての階級は高くないが、その実力と実績はかなりのものである。何せ自立のための修行と考えているからだ。他の単なる悪霊好きの変質者や出世のための方便とは全く違う。
そして彼女はノシオ大司教との裏取引で、その階位ではあり得ない程の高位法力を身につけていた。勿論問題はあるのだが、この再建されたサン・リギユ大聖堂に在ってエクソシストの最大の任務とは、旧王宮の探索と国家財産の確保である。その国家事業のためなら多少はお目溢しされているのである。見て見ぬ振りとも。
そして聖女アナスタシアにとって旧王宮探索はふたつの意味がある。ひとつは現在の状況で、つまりエクソシストとしての修業の場。もうひとつは僧籍離脱後、フリーのエクソシストとしての収入源である。
彼女の見通しでは旧王宮は恐らく数百年はあのままであり、つまり彼女の生涯収入を担保してくれる大事な労働環境なのだ。そういう意味でもなるべく数多く探索するチャンスを得たいし、それによる裏取引で法典も読むことができる。一石二鳥なのだ。
しかし、だからと言ってノシオ大司教が持ってくる「神託」に全て唯々諾々と従う訳にも行かない。アナスタシアも旧王宮の探索を決して舐めている訳ではなく、それが死と隣合わせの危険行為だという事は充分認識している。
またノシオ大司教にとって聖女アナスタシアは、重要なカードではあるが爆弾でもあるのだ。つまり神託を受けてさえくれれば成功しても失敗しても彼には利益がある。しかし報酬となる法典がなくなればアナスタシアを制御できなくなる事も判っているので、つまり最後の段階で彼女を裏切る可能性もあるのだ。
敵は大聖堂にあり、なのである。
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