第6話 王国騎士の憂鬱
全く、忌々しい。
王国騎士ニコライ・リンドブルグヘンドブルグは微妙な忌々しさに顔を強張らせていた。つい今しがた、旧王宮探索に同行せよという命令を受けたのだ。それそのものは別に良い。むしろ名誉でもある。しかし最後に言われた一言にかちんと来た。
「是非とも父祖の勲功を活かす事を望む」
ふん!何が父祖の勲功だ!それは結局吾輩を蔑ろにしているという事ではないか!
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ニコライ・リンドブルグヘンドブルグは3代続いた王国騎士の家系であり、極めて真面目かつ王国への忠誠心が高い人物であった。そしてただの堅物という訳でもない。堅苦しい事を言わなくては行けない立場ではあるが、それでも事情を忖度して目溢しする事もあるし、逆に不正を感じれば誰に対しても怯む事はない。
そして彼は極めて優秀な人物でもあった。彼はキミオリア大学の建築学部を卒業した後に士官学校に入り、そこでさらに4年間勉強して士官となったのだ。彼の立場ならそのような事をしなくても士官になれたにも関わらずそうしたのは、単に立場だけではなく戦術を学ぶ必要があると考えたからである。
そしてその整った顔立ちは多くの女子からも好意を寄せられた。やや表情が固いのが逆にかわいいと人気が高かった。しかし彼は節度のない事を好まない。妻以外の女性を知ろうとはせず貞節に関しては堅物であった。真に王国騎士の模範たる人物であり彼を悪し様に言う人間は一人も居なかった。
そして王宮の庭園の側をやや早足で歩いていると、庭園に居た貴族の子女達が彼に気がついた。黄色い声を投げられるのはもう慣れてはいるが、そろそろいい加減にして欲しい。吾輩はもう妻帯者なのだ。諸君らのからかい半分の好意は迷惑なのである。
「あ!リンドくんだ!かーわーいーいー!」
世にも珍しいハーフリングの王国騎士は、その声に気がつかないふりをして、さらに足早に通路を歩きその場を立ち去ろうとするのであった。
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王国騎士ニコライ・リンドブルグヘンドブルグの曾祖父リンドは、後カリストブルグ王国最大の功労者と言っても過言ではない。33代カリストブルグ国王にして後カリストブルグ初代国王カジル一世の命令により行われた旧王宮探索は、当初は悲惨極まる状況に見舞われたのだ。
まず一番最初の探索班は、総探索時間1時間、生還者1名という結果に終わった。というより厳密にはこの最初の探索班は探索班ではない。彼らはカジル氏が雇った土木作業員であり、単に整地工事の一環として調査に入っただけなのだ。
そしてその結果により、旧王宮が他と全く違う魔宮と化している事が判明した。そしてそれはカジル氏とその出資者にとって驚天動地の計算外であった。
「これでは各種財産の確保は難しいのではありませんか?」
出資者の代理人はそう言った。その各種財産が存在するはずの旧王宮の事前調査前に出資したのもどうかと思うのだが、王家の正統という立場が大きな信用となり、また金銭的な価値はともかく、担保自体は押さえていたのが出資理由となっていた。
しかしカジル氏はもう降りる訳にはいかない船に乗っていた。彼はそのまま整地工事を進めて新王宮の仮屋を建築し、そこで即位してカジル一世となると、旧王宮探索の命令を発布して、広く人材を募集して旧王宮探索に乗り出した。
流浪の戦士や盗賊はすぐ集まり、彼らは仲間と連れあって徐々に旧王宮を探索して行ったが、それもある一定以上になると手詰まりが起きた。ゾンビやスケルトンはともかく、霊体系の存在には物理攻撃ではどうしようもできないのだ。
そういう霊体系の怪物に対抗するのはエヌフォニ教のエクソシストが最適なのだが、当時のカジル一世はもう追加融資を受ける事が難しくなっていた。また悪霊に取り憑かれた人間を除霊するのではなく、その悪霊の巣窟にエクソシストを投入するとなると相当な費用がかかるし、雇われる方だって嫌である。
こうした手詰まりな状況の中で奇跡が起こった。何とついに旧カリストブルグ王家の財産を持ち帰った者が現れたのである。しかも持ち帰った物が素晴らしかった。それは何とアッシャークラウド家がサン・リギユの代行者であるという証明となる聖なる光輪だったのだ。つまりこの光輪の存在により、カジル一世は無条件にエヌフォニ教の全面協力を得られる事になったのだ。
その聖遺物を持ち帰ったハーフリングのリンド氏は後カリストブルグ最大の功労者と呼ばれ、貴族位を受勲したのであるが、元々単なる盗賊である彼は田舎の何もない田畑の中に仮設の屋敷を与えられてもさほど感激などせず、一応家族を成してそこを本拠地とすると貴族位を返上してどこかに行ってしまった。以後彼の子孫は王国騎士としてその地方の名士となり現在に至っている。
そういう経緯があるので、王国騎士ニコライ・リンドブルグヘンドブルグは、ルーク王子の近侍、旧王宮の道案内、そしてつまり盗賊としての資質を見込まれて探索班への参加を命じられたのであった。
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