第5話 魔道士一歩手前の男

現カリストブルグ王国の新首都イスタローブは元々は農村地帯だったが、復興から70年以上を経た現在ではそれなりに首都としての機能が充実してきている。現時点では土地には困らないので区画整理も無理をする必要がなく、新王宮を中心とした放射状の街並みは諸外国からの評価も高い。もっともそれは旧カリストブルグ王国と比べればやはり小規模だからこそ出来るのではあるが。


イスタローブの居住区にある家屋に王宮の使者が訪れた。使者も訪問先も特に特徴のないもので、その様子を見ていた人間が居てもその時の状況を説明するのは難しいだろう。ついでに言うと、その家に住んでる人物も普段は目立たないように生活しているので、これまた記憶に残り辛い。


その家に住んでいる人間は、分類としては犯罪者かそれに近い人間なのだが、それから手を引いてこの街に移り住んでいる。しかし彼は司直の手から逃れている訳でも、そもそも犯罪行為を反省している訳でもない。そして使者もそういう犯罪行為に関して彼の元を訪れた訳でもなかった。


「是非とも老師のご尽力を頂きたく…」

使者は恭しくそう言って頭を下げた。


「私は魔道士などではありません」

ロズワルド・イジニットシュタインは素っ気なくそう言った。老師とは魔道士に対する尊称のひとつである。しかしそれ以上に不躾な態度を取るには些か躊躇われる事情もあった。なかなかに魅力的な話なのである。


人々は簡単に魔道士と言うが、本当にその立場を得ている者は極めて少ないし、本物の魔道士がこんな俗世の些事などに関わる事などない。そしてロズワルドは魔道士ではないので、金銭という俗世の些事に無関心ではいられなかった。


ロズワルド・イジニットシュタインは魔道士ではないが、それに近い存在として知られた人物であり、それ故に通常の人間が交渉できる中では最高峰の魔法使いのひとりであった。本物の魔道士など交渉すら不可能なのだ。


「ご存知の通り、私は試練を4回も落ちた未熟者です」

ロズワルドはそう言った。その言葉の意味は聞く方と言う方で認識が違っている。


「是非ともその叡智と勇気を以てご尽力頂きたいと…」

使者も魔道士試練4回落第という話は知っていたが、それは蔑みにはならない。感覚的には戦争から帰ってきた兵士のようなもので、しかも合格か或いは失敗すればもうこの様な依頼もできなくなる。むしろ浪人のままで居てくれた方が有り難いのだ。


魔道士試練を4回も落ちた、というのはむしろ恐るべき実力者という証明でもある。なにせ試練の生還率は5割を切るのだ。再度の挑戦者などさらに少ない。恐怖で心が折れる者の方が圧倒的に多いのだ。


しかしロズワルドはそういう自慢を言いたいのではない。過去3回はともかく、4回目の不合格の理由は実力ではなく品位が足りないと見做されたのだ。


魔道士は単なる上位の魔法使いではない。政治的には彼個人が独立勢力であり、その存在意義は世界の理を解明すべき隔世の研究者である。暗黒街の顔役となり、裏で禁呪の研究などに勤しむような男は未熟であると判断されたのだ。


従って彼はそういう一切の裏稼業から手を引いた。しかし元々彼は正業などやったこともないし、研究時間も必要なのでそんな事もしていられない。今すぐ干上がるほど貯金がない訳ではないが、確かに金は必要なのである。


しかしこの仕事が「品位」に引っかかるのかどうかの判断が難しかった。一応は国家の財産確保ではあるが、実態としては墓荒らしと変わらない。試練の判定は形式的な善悪ではなく、もっと本質の部分が判断される。前カリストブルグ王国は大震災後に領土を放棄したのだ。つまりその債権やら手形の所有権も放棄したと見なすべきではなかろうか? しかし後に王家の正統が再興している。どう判断したものか。


「少しお時間を頂けますか?」

ロズワルドは使者にそう言った。使者は恭しく頭を下げた。


「我が国のためにも是非とも良い返事をお待ちしております」

ロズワルドがこの国に移り住んだのは暗黒街と完全に手を切った事を証明するためであり、別にこの国がどうなろうと構わないのだが、クライアントになり得る相手にそんな事をわざわざ言う必要もなかった。彼は一応微笑んで使者を送り出した。


さて、と。


これもまた試練のひとつだ、これをどう捉えてどう対処するべきか。

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