第4話 短期仕事の実態

「……」

レオン・ビュレインはその話を聞いて微妙な顔をした。受けるとも受けないとも答えようがない。いや受けたほうがいいんだろうけど。ちょっとなあ。


「……」

妻であり社長であるレシーナも微妙な顔を浮かべてレオンを見た。


「…勿論、すぐの回答が難しいことは判っている」

元上司であるアンドレア・アジュール大佐はそう言葉を続けた。


「三日後にまた来るのでそれまでに考えて置いてくれんか?」

そう言ってお茶を飲み干すと大佐は、では、と言って帰っていった。


「…丁度いい話だと思ったんだけどね」

レシーナは言い訳のような、失望のような声を発した。


「…いい話、と言えばいい話なんだけどな」

レオンは妻を労るようにそう言った。


---


ここビュレイン商隊は彼ら夫婦で三年前に立ち上げた商隊会社である。退役金と報奨金を使って立ち上げた会社で、軍や知人などの伝手を頼り、わりと堅実に会社の運営が出来ている事は確かだが、やはり新参の商隊と言う事もあって、自らが貿易すると言うよりはその護衛のような立場で雇われる事が多い。


つまり、自分たちの都合だけで商隊を繰り出す事はなかなか難しく、自然と他の商人の都合にこちらが合わせるしかない。今この会社には護衛隊長を任せられるのはレオンを含めて三人だけで、レオン以外の二人は今丁度出払っている。つまりレオンだけが手が空いてしまっている。


レオンが次に商隊に出るのは再来月の予定で、つまりその間はレオンは未稼働という事になる。これは判っていた事であり、まあその間は多少の手間仕事をやったり、会社内の溜まった雑事でもやろうと思っていたのだが、元上官のアジュール大佐が短期の仕事を持ってきてくれる言うので喜んで待っていたのである。


しかし仕事の内容は実に微妙だった。旧王宮への探索の護衛だという。しかも極めて厄介な事情までついてきたのだ。


「王子まで付いてくるなんて」

レシーナは驚き呆れつつそう言った。


勿論事情はある程度は推測できる。旧王宮への探索は旧カリストブルグ王国の国家機密を探す探索なので、王家の信任を得た人間が隊長となるのが通例だが、ルーク王子はまだ17歳である。どういう王子だかは良く知らないが、まあ戦力にもならないだろうし知識も期待し辛い。というか


「どうせアレだろ、王位継承権の準備だろ」

レオンは呆れた口調でそう言った。


王位の後継者は王が勝手に決めていいものではない。ちゃんと候補者の実績が審査されて、適格者と認められないと後継者に指名はできないのだ。


大体普通は大学を卒業して学位を取ったり、論文を発表したり、優秀な人間なら各種の資格を取得する事で適格者と認められるのだが、そういう基準の中で最上位なのが旧王宮への探索を成功し、有益な資源を確保する事なのである。


つまり逆に言うと、そんな危険な奥の手に頼らなくては行けないくらい出来の悪い王子様なんじゃないか?と思ってしまうのだ。


うーん。


二人は唸った。金額そのものは良い。そこだけ見るなら是非受けたい。しかしこれは商隊という業態とは全く関係がない。それはつまり、商隊としての仕事なら請求できる駄獣の餌代が請求できないのである。


餌代。これこそが大問題である。ビュレイン商隊でも少ないがそういう駄獣は居る。借りる事もできるがやはり自前の方が何かと都合がいいからだ。しかしこれがまた金がかかる。未稼働時の負担は人間より大きいのだ。


つまり餌代をどこかの誰かが負担してくれるかどうかで収益は大きく変わる。下手な仕事を請け負って人間だけが動いたらトータル赤字なんて笑うに笑えない。それに旧王宮探索自体が極めて危険な仕事であり、そこに止めと言わんばかりに少年王子まで同行するという話だ。さすがにこれは二つ返事では返せる話ではない。


「まあ、この金額なら赤字にはならないけど…」

レシーナは頭の中で素早く計算してそう言った。しかし社長という立場でもこの仕事を即時受けようとは言い出せない。恋人であり夫であり稼ぎ頭であるレオンに万が一があったら稼ぎも未稼働もないのだ。


この会社の社長はレシーナだが、出資金のほとんどはレオンが出したものだ。従って本当の最高決済者はレオンなのだが、自分は商隊で出る事も多いし、どうせ留守を預けるならいっそ妻を社長にした方がいいと思いそうしたのだ。


「うーん、参ったねこれは」

レオンはそう言った。例えば餌代が出ない、仕事の内容が旧王宮探索、王子のお供。これらのどれかひとつなら受けていた。ふたつでも多少は条件を詰めて受けていたかも知れない。しかしみっつとなるとさすがに即答はできない。


「大佐はホントろくな話もってこないなあ。あの人」

レオンは愚痴を言った。人間的にはいい人なのだが、どういう訳か昔からとんでもない話ばっかり持ってくる。やれ単身で偵察してこいだの潜入しろとか。申し訳なさそうにとんでもない話をもってきて、成功したら「ありがとう、信じていたぞ」と来たもんだ。信じないでいいよもう。まず自分の作戦を疑って?


「レオンの好きにしていいよ。家でゴロゴロしててもいいし」

恋女房は優しい事を言ってくれる。とは言えそうもしていれない。


「とりあえず明日職案行って他にいい仕事あるか探してくるよ」

餌代が解消できるなら大佐が提示した1/3でもそっちのほうがいい。

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