第14話 婚約破棄のお願い

 国王の部屋を退室すると、次は王子の部屋に向かった。

 国王一人ならば、盗聴器を使う意味がない。紅茶を飲みながら独り言は言わないはずだ。


 ……ここはナターシャに婚約者を辞退してもらおう。王子は無理でもナターシャなら説得すれば大丈夫だ。

 国王の計画を聞いたので、ここは思いきって計画変更した方がいいと思う。

 王子と公爵家のララが結婚すれば、戦争に勢いが付いて、本当に勝てるかもしれない。


 国の財産を半分使って、他国から兵士を借りて、戦争に勝つ。

 国の財産を半分渡して、帝国に和平を申し出て、戦争に負ける。

 国王と王子の二つの計画ならば、国王の勝つ方が良いと思う。

 長期的に見れば、勝てば少しずつ取り返せるけど、負ければ少しずつ奪われるだけだ。


 それに形だけでも王子とララが結婚すれば、国王も自白剤を使う必要はない。

 結婚の邪魔者がいなくなれば、毒入り自白剤でわざわざ排除する意味がない。

 これで、ナターシャも私も殺されずに済むと思う。

 そして、戦争に勝って落ち着いた頃に、ナターシャには第二夫人になってもらえばいい。

 ……うんうん、これが最善のハッピーエンドだと思う。


 王子の部屋の扉をコンコンと叩くと、「はい」と女性の声が聞こえた。

「ティエラです。お話があります」と用件を伝えると、ナターシャが扉を開けてくれた。


「ティエラ様、おはようございます。聞きましたか? 聖女様が偽者だったらしいですよ」

「ええ、知っています。その事で王子様とナターシャさんにお願いがあるんです」

「お願いですか?」


 部屋に入ると、ナターシャが早速聖女の話をしてきた。やっぱり大事件のようだ。

 紅茶を飲んで、戦争に勝てると、上機嫌で笑っている国王の方がおかしい。


「一体どんなお願いかな? 聞かせてくれないか」

「はい。形だけでいいので、ナターシャさんとの婚約を無かった事にして欲しいんです」

「ほぉー、それはどうしてだい? 納得できる理由があるんだろう?」


 キョトンとしているナターシャに代わって、王子が座っていた椅子から立ち上がると、お願いの内容を聞いてきた。

 言いたい事は一つだけなので、遠回しに言わずに単刀直入に言ってみた。

 王子は少し驚いた表情をしたけど、怒らずに理由を聞いてきた。


「聖女様がいなくなったので、国王様はララ様との結婚を進めるみたいです。そして、貴族からの資金を集めて、他国から兵士を借りるみたいです」

「なるほど。確かに以前、父上が貴族から資金を借りようとしていた。その時、貴族連中から『まずは公爵家と結婚して、貴族を優遇する姿勢を見せて欲しい』と言われていた。つまりは国民優遇の聖女がいなくなったので、チャンスだと思ったのだろうな」


 親子関係は最悪だと思っていたけど、意外と重要な事はキチンと話し合っているみたいだ。

 でも、国王の計画を知っていても、ナターシャを選んだのなら、婚約破棄を頼んでも無駄かもしれない。


「ララ様と結婚して、戦争に勝って落ち着いた後に、第二夫人にナターシャさんを娶るのは駄目なんですか?」

「第二夫人か……ララはそれをどう思う? 他の貴族もそれだと形だけの第一夫人だと思うのではないのか?」

「うっ、そうかもしれないですけど……」


 緊急事態なのに、王子は正論で私を説得して、ナターシャと婚約破棄しないつもりだ。

 優しい声と気持ちで私の心に直接訴えてくる。

 

「ララにとっては、それはあまりにも失礼な話だ。『好きではないが結婚してくれ』と頼まれた女性の気持ちは、私が女じゃなくても分かるつもりだ」

「だったら、妹のリリの方でいいです。ナターシャをイジメていたのは、リリの使用人達です。仕返しに結婚して、多少傷付けてもいいんじゃないですか?」


 でも、どんなに心に突き刺さる感動的な言葉を言われても、私の決心は揺るがない。

 姉を傷付けたくないなら、妹の方を傷付ければいい。

 どうせ妹も王子の事を好きじゃないから、愛とか関係なく、利害関係で喜んで結婚してくれる。


「リリと結婚か……確かに政略結婚の相手としては申し分ないとは思う……」

「だったら、そうしましょう! そうすれば危険な自白剤を飲む必要はないです!」


 良い人のララは駄目でも、悪い人のリリなら問題なさそうだ。

 王子の決心が揺るいでいるから、背中を押してやる。

 でも、駄目押しにもう一押しする。ナターシャの方を。


「ナターシャさんも早く戦争が終わった方がいいですよね? この国の国民の多くが戦争に負けて不幸になってもいいんですか?」


『お前達の結婚の所為で国民が不幸になるぞ!』とナターシャを軽く脅す。

 心が綺麗な優しい人間ならば、心が耐え切れずに結婚を辞退してくれる。


「それはダメです。エース様、私達が幸せになる為に他人を不幸にしたらダメです」

「もちろんだ。ナターシャ、君がいいのなら少しだけ我慢して欲しい。リリと結婚しようと思う」

「我慢なんてしません。私はエース様の側にいられるだけで幸せなんです。これ以上の幸せは何も望みません」

「ありがとう、ナターシャ」


 ……私がいるんですけど。

 二人は私が見えていないように抱き合っている。

 イチャイチャしたいなら、二人っきりの時にして欲しい。


「あのぉ……これからリリ様にお会いして、話をしてみませんか? 自分から婚約者に立候補しておいて、断られるとは思いませんけど……」


 一応、二人の邪魔をしたくないから遠慮がちに声をかけた。

 もしも邪魔なら、二時間ぐらい外をぶらぶらしてから戻ってくる。


「おっと、すまない! そうだな……ララに事情を説明しないと傷付けてしまうだろうからな」

「そうですよね。普通はリリ様を選びませんから、ララ様がショックを受けてしまうかもしれません」


 私の声に王子が慌てて、ナターシャから離れた。二人の世界から戻ってくれたようだ。

 そして、二人とも、ララは好きなようだけど、リリの方には意外と口が悪い。

 相当に嫌われているみたいだけど、私が気になるのは、そっちじゃない。


「ララ様に話すのはやめた方がいいですよ」

「どうして?」「どうしてですか?」


 どうしてだと、二人が本気で聞いてきた。

 親切心でララに教えるみたいだけど、そんな事をしたら面倒になるだけだ。


「『愛していないけど、優しい君を傷付けたくない。だから、妹の方と結婚する』と教えられて嬉しいと思いますか? 優しい姉なら、妹の為に犠牲になって、王子様との結婚を選びますよ」


 二人の話を聞いた感じでは、姉のララの性格ならば、政略結婚でもいいと言い出すと思う。

 余計な事を言って、余計な面倒を増やさない方がいい。


「なるほど。確かにララならば、リリには好きな相手と結婚させようと考えるかもしれない」

「そういう事です。リリ様と結婚する事を決めたと報告するだけでいいんです。ララ様のプライドを傷付けてしまうかもしれないですけど、ララ様の幸せを願うならそうするべきです」

「そうだな。知らない方が幸せな事もある。ララにとっても、リリにとっても……」

 

 王子は一途で情熱的だけど、街の醜男と同じぐらいに女心が分かっていない。

 どんな理由があっても、フラれた女は傷付いてしまう。

 私の説得で多少は理解したようだけど、本当に理解しているかは微妙だ。

 心配だから、王子と一緒に公爵令嬢姉妹に会いに行こう。

 姉と妹、どっちが美人なのか少し気になる。

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