第9話 王子の部屋の盗聴
「よし、材料はこれだけあればいいですね」
自室に戻ると研究室にある素材を調べてから、足りない素材を紙に書き出した。
逃げられない時は『ボム』という爆弾を錬金術で作って、国王か王妃を人質に国外に逃げ出してやる。
……とりあえず王子を調べますか。
素材の注文票を持つと部屋を出て、王子の部屋を目指した。
毒入り自白剤の話はしないで、城からナターシャを逃した方が楽なんじゃないか、と言ってみる。
国王と同じならば、私が部屋を出た後に物騒な話を始めるはずだ。
王子の部屋に到着すると、コンコン、コンコンと扉を叩いて、「ティエラです」と言った。
「はい、どうぞ」と女の声が返ってきた。見張りの兵士がいないのは不用心だと思う。
でも、褐色メイドとイチャイチャしたいから、人払いしている可能性もある。
精力剤を紅茶に入れているから、その可能性は大いにあり得ると思う。
「失礼します」と失礼な事を考えながら、扉を開けて、部屋の中に入った。
部屋の中には王子とナターシャがいて、二人とも立って待っていた。
失礼な親とは、やっぱり違う。
「おはようございます、ティエラ様。ちょうど良かったです。これから、ティエラ様のお部屋にお洋服とハンカチを届けに行こうと思っていたんですよ」
「そうだったですね。ありがとうございます」
部屋の中に入るとナターシャが紙袋を見せてきた。
紙袋の中に私の奪われて、洗濯された服があるみたいだ。
紙袋を喜んで受け取ると、代わりに素材が書かれた注文票を渡した。
その注文票をナターシャが王子に渡してくれる。
「この紙に書かれている素材を集めればいいのか? 火炎茸とは物騒な名前の素材も使うのだな?」
「はい、色々な素材を試したいので。それにキノコの中には、幻覚作用を持つキノコもありますから、それを安全に使えるようになればと思ったんです」
「安全な幻覚剤のようなものか。それは楽しみだ。すぐに手配しよう」
「ありがとうございます」
王子の質問にそれらしい答えを言うと、王子もそれに納得してくれた。
やはり錬金術の素人を騙すのは楽だ。
これなら必要無い高価な素材を注文して、自分の鞄に入れてもバレないと思う。
「せっかく来たのだ。紅茶はどうだ? 昨日は飲めなかったのだし、少しぐらいはゆっくりしても問題ないぞ」
心の中でほくそ笑んでいると、王子がお茶に誘ってきた。
私にとっても都合がいいので、遠慮せずに受けた。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます」
「ああ、そうしてくれ。ナターシャ、紅茶を二つ頼む」
「はい、かしこまりました」
親の部屋では何も出なかったのに、ここでは時間制限もなく、椅子にも座らせてくれる。
それに紅茶を飲みながら自然にナターシャを逃亡させるみたいな、もしも話が出来そうだ。
「そういえば、王子様。もしもナターシャさんと結婚できない場合はどうするんですか? このまま城にメイドとして雇い続けるんですか? それだと結婚した相手がいい顔しないですよね?」
もしかすると、「結婚は無理だから、諦めろ」と酷い事を言っているように聞こえたかもしれない。
でも、結婚できるという絶対の自信があるのなら、その理由を聞かせてもらいたい。
「そうならないように努力しているが、確かに反対する者は多い。私としては周囲の声を無視して、独裁者のように望まれない結婚を決断したくはないと思っている。何とか帝国との和平を実現したいが、戦争で犠牲になった者達には到底許せる話ではないだろうな」
……それが分かっているなら、やめればいいのに。
王子も難しい状況なのは理解しているみたいだ。
でも、親に反対されたり、障害がある方が恋は燃えるらしいから、燃えているのだろう。
だけど、その恋が燃え尽きた後は、国には瓦礫と灰と死体しか残りそうにない。
私としては燃えている時の心配よりも、冷めた後を心配した方がいいと思う。
「じゃあ、結婚が駄目な時は、王子様が信頼できる人にナターシャさんを預けるのはどうですか? 誰か信頼できる人はいないんですか? 例えば公爵家のララ様とナターシャさんは仲が良いと聞きましたよ」
自分で野良猫が飼えないなら、飼える人に引き取ってもらうのが普通のやり方だ。
王子にさりげなく、別の飼い主を紹介してみた。だけど最初に反応したのは、ナターシャだった。
「はい。ララ様には初めてお会いした時から良くしてもらっています。エース様と同じぐらいに信頼できる人です」
「確かにララの家ならば、使用人が一人増えるぐらいならば、負担にはならないだろうな。ナターシャが行きたいと言うのならば、私は無理に引き止めたりはしない」
「私もララ様が引き受けてくださるのならば、喜んで使用人としてお世話になりたいと思います」
予想以上に二人の反応が良い。噂通りに妹と違って、姉のララは良い人みたいだ。
この流れと雰囲気ならば、ナターシャの飼い主を変更できるかもしれない。
「じゃあ……」
「だが、私は出来れば、ナターシャには私の側にずっと居て欲しい。それが許される事ならば……」
「エース様……」
「えっ? えっ?」
でも、ちょっと言い出すのが遅かった。
王子が紅茶を淹れているナターシャを愛しそうな目で見つめながら、離れたくないと言い出した。
見つめられたナターシャも、カップに紅茶を入れている途中なのに、頬を赤く染めて見つめ返している。
ゴボゴボとカップから紅茶が溢れて、カップの下の金属の丸いお盆に溜まっていく。
……私が来る前に精力剤入りの紅茶でも飲んだのかな?
「ナターシャさん! 紅茶っ! 紅茶っ!」
「あっ! す、すみません⁉︎」
馬鹿な事を考えるのをやめて、紅茶ポットの中の紅茶が空になる前にナターシャに教えてあげた。
ボッーと見つめ合っていたナターシャが、お盆の惨状を見て慌てている。
「ナターシャ、大丈夫? 火傷しなかった?」
「はい、大丈夫です。すみません、ボッーとしてました」
「確かに少し顔が赤いな。風邪かもしれない。今日は休んだ方がいい」
「いえいえ、大丈夫です! これは病気じゃないですから!」
「そうなのかい?」
……恋の病も立派な病気ですよ。二人でベッドで休んで悪化させないでくださいよ。
今の二人のラブラブ状態では、別の飼い主の元に連れて行くのは絶対に無理だ。
私がいるのに、王子はナターシャの手を握って火傷してないか調べたり、オデコに手を当てて熱を測っている。
この国の将来の為には、二人を別れさせた方がいいと思う。
とくに王子の心を聖女かララに奪って貰えば全てが上手くいく。
ナターシャが城に来る前の状態に戻せばいいんだ。
……二人が愛し合っているのは分かりました。無駄だと思いますが、一応、部屋を出た後に盗聴器で調べましょう。
「美味しかったです。体調が悪いみたいなので、私はこの辺で失礼します」
紅茶が溢れているカップを慎重に持ち上げて、ゴクゴクと一気飲みすると二人にそう言った。
「すみません、ティエラ様」
「いえいえ、私の用事は済んでいます。問題ないです。では、よろしくお願いします」
「ああ、すぐに取り寄せよう」
「では、失礼します」
社交辞令なのは分かっている。引き止めるフリをする二人に気を利かせて、部屋から退室した。
当然、やる事は廊下を曲がってからの盗聴だ。早足で扉から離れて、聴能力の薬を飲んだ。
そして、廊下の壁に急いで盗聴器をくっ付けた。
「また失敗してしまいました。ティエラ様には駄目なメイドだと思われているでしょうね」
「そんな事はないよ。美味しかったと言ってたじゃないか」
「そう言ってくれるのはエース様とティエラ様だけです」
声しか聞こえないのに、ナターシャが自分の頭をコツンと叩いた。
それを王子が優しく髪を撫でて慰めている。そんな光景が浮かんでしまう。
「王子の私が美味しいと思うんだ。もっと自信を持っていい。ナターシャはメイドとしても、女性としても素晴らしい人だ。私はそんな君と結婚したいと思っている。そんな男を君も馬鹿な男だと笑うのかい?」
「笑いません。エース様は私には勿体ないぐらいの素晴らしい人です」
「そんな悲しい顔をしないでくれ。君の笑顔が見れるのなら、私は馬鹿な男になる覚悟は出来ているんだから」
「エース様……」「ナターシャ……」
王子がナターシャの両肩に両手を置いて、二人は見つめ合っている。そして、お互いの唇と唇が。
……あっーあ! 甘過ぎる! 甘過ぎて甘過ぎて甘過ぎる!
これ以上は聞いていられないので、壁から盗聴器を離した。
これ以上、聞いていると国王よりも私の方が殺したくなる。二人には裏表がない。
街中で見ると「死ねばいいのに」と呪いをかけたくなる、ただのラブラブカップルだ。
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