第4話

 蛾の異形を前にして、煌斗は自身の胸が高鳴るのを感じていた。蛾の異形は新種の異形だ。そして、その存在を知ったのはつい数十分前のことだった。


 異形専門機関Rebelでは隊員達の間で情報共有が行われる。未知の異形やランクの高い異形に無謀にも突っ込む可能性を減らすためだ。


 そして情報が伝達された後に本来ならば総司令か副司令から妥当な隊員に指示が与えられ、任務に当たる。しかし今回はイレギュラーな事態だった。


 ここ最近、高ランクの異形が全国に次々と現れ、Rebel本部に居た一級隊員はあちこちに引っ張り出されている。


 未知の異形で準三級隊員が二人やられ、遠距離にいた三級隊員のスナイパー軽傷。普通ならば一級に与えられるはずの案件だ。


「まさか総司令が来るとはな」


 今届いた連絡で一級隊員が居ない代わりにあの伝説の総司令が動くらしい。瑛人は世界で初めて異形単独撃破をした誰もが知っている英雄だ。その上父がRebelの設立者桜羽一稀と来た。有名人で実力もある。日本政府からも高く評価されており、大抵のことならば何をしても許されると言われているほどだ。


 唯一彼に欠点があるとすればいつも無気力な事だ。煌斗は強い奴と戦うのが好きだ。だから前に決闘を申し込んだら「僕そういうの受け付けてないから」と、床で寝息をたて始めたのは人生で一番衝撃的な出来事だった。実力を確かめる為にわざと異形を連れて巻き込むが一切戦おうとしない。挙句の果てには異形の中に煌斗を投げ捨て逃げ出した。


 そんな総司令が戦う為に煌斗の目の前に現れる。これはチャンスだ。いつも無気力に見える彼の実力をこの目で見て、測ることの出来る滅多に無いチャンス。


 煌斗はその事実だけでいつも以上に力を引き出す事が出来た。蛾の異形を相棒、赤と金色で出来た聖剣の様な見た目の剣で斬りつけていく。


 雷のように速く火のように熱く、素早い動きで異形を攻撃する。羽は事前の情報通り硬い。鉄どころの硬さでは無いだろう。カキンと、剣と羽の間に火花が散り、無視して攻撃を続ける。


 ──お? 攻撃が通ったぞ?


 スルッと剣先が異形に突き刺さる。どうやら攻撃を無限に受けても同じ頑丈さを維持できるわけでは無いようだ。煌斗はニヤリと口角を上げ、攻撃を続けた。


 異形の全身に切り傷が出来ていき、だけど致命傷になるほどのダメージを与えられない。痺れを切らした煌斗は異宝に侵食されるリスクを無視して全力の半分程度の力を解放した。


「雷鳴炎斬ッ!!!」


 真っ青な空に黒い陰が、大きな雷雲が天をお覆い尽くす。同時に異形が居るちょうど真下の道がグツグツと溶けていき、大きな火の柱が異形に襲いかかった。追い打ちをかけるかのように雷が異形目掛けて降り注ぐ。


「よしッ! やったか?」


 バチバチジリジリと。大きな煙が発生する中心、異形の生死を確認する為に煌斗が近づいたその時──今まで一切何もしてこなかった蛾の異形から粉が放たれた。


「クソッ·········無傷かよ」


 事前に知らされていた麻痺の鱗粉を吸い込まないよう口元を抑え、煌斗は吐き捨てるように言う。煙が無くなったそこには全身の切り傷も無くなり完全に臨戦態勢に入った異形の姿があった。


 完全に振り出しに戻ってしまった。最初から全力で攻撃していれば倒せたかもしれないが、今全力を出せば異宝に侵食されるリスクがある。煌斗は理性を取り戻し、耳につけた通信機器に手を当て応援要請をしようとして、ふと、大きな物音と共に地面がガタガタと揺れ、黒く歪んだ何かが異形目掛けて迫っているのが分かった。


 煌斗は視線をその発生源に集中させ、あるひとつのビルを見上げる。キラリと赤く光ったその場所には闇を凝縮したような、蒼い背景には似合わない漆黒の何かと人影があった。


「あれは──総司令かッ!?」


 漆黒の剣。赤い光。それは噂に聞く瑛人が保有する異権装の特徴そのものだ。煌斗がその遠距離から放たれ一切威力が落ちない攻撃に感心し興奮していて、ズルっと、漆黒と共にその人影が落下した。


 ちょ、総司令!? かっこよかったのになにしてるんですか!


 煌斗は心の中でツッコミながら斬撃が迫っていることを思い出し、その攻撃を回避するために全力で走り出した。

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