第3話

 蛾の異形が居るのは新宿だ。そこに向かって走って移動する。体の重さを軽くしているから車と同じくらいのスピードは出ていると思う。


「はぁ··········めんどくさい······」


 確か新宿はゲートがあるから封鎖していたはずなんだけど、どうして被害者が三桁も出ているのか不思議だ。


 ゲートや異形が発生している地区は警備担当課長八神健一指揮の元閉鎖及び監視されている。彼は真面目な性格に加え元警察本部長だ。実績もあるし僕もそれなりに信用している。顔が怖いからあまり会いたくないけど。


 とにかく僕は早く終わらせて寝たい。そもそもこれは僕の仕事では無いのだ。数ヶ月前までは前線で戦っていたけど、総帥になってからは殆どRebel本部に居た。そんな僕にいきなりCクラスの異形と戦えって(誰も言ってない)、流石に鬼畜過ぎる。憂鬱超えて無になりそう。


 異形は二年前から街中を徘徊するようになった。今も絶えず僕に襲いかかって来ている。


 Fクラスの異形で巨大化させたヤドカリと蜘蛛を合わせて紫色にしたかの様な見た目の、血が緑色の気色の悪い異形【ヤード】だ。


 新人隊員や四級隊員でも倒せるくらいでそこまで強くないのだが、斬るとありえないほど血がブシャーするから最悪だ。


 僕は剣を汚したくないので重力操作で押し潰していく。血が飛んで来そうで本当に最悪の気分だ。気持ち悪すぎて吐きそう。


 そのまま走りながら潰してを繰り返していると、空中に浮かぶ大きな星空の様な羽が見えてくる。例の蛾の異形だ。


 よく見ると体中に切り傷がついていて、触角が垂れている。報告では鉄のように硬いと書いてあったが、何か情報に間違いがあったのだろうか。少し様子を見ようと数百メートル離れたビルの上で蛾の異形を眺めているとふと、天からバチバチと雷が、そして地面から炎の柱が出現し、蛾の異形を包み込んだ。


「うわ、流石にやり過ぎだよ煌斗」


 元々複数の異権装(異宝)に適性がある者は珍しい。その中でも攻撃に特価した雷と火、どちらにも適性がある人は数千万人に二人居るか居ないかと言われている。そして僕が知っている限りではただ一人だ。


 蛾の異形が悲鳴のような甲高い声と同時に低くガラガラとした声をあげる。その音が脳を揺さぶり更に頭が痛くなる。


 目に直接光を当てられたかのように視界がチカチカして思わず目を瞑ると、何か粉のようなものが飛んで来た。どうやらあの攻撃を受けて尚反撃する余裕があるみたいだ。


「ッ···········まずい、これが例の鱗粉か」


 慌てて口を塞ぐ。ここから蛾の異形までの距離は400m以上ある。まさかここまで飛んでくるなんて──煌斗は一般市民のことをもう少し考えて欲しい。


 異形関連の事件は全部総帥である僕の管轄で僕の責任になるのだ。幾ら封鎖区とはいえ家や家族、お金を失ったホームレスの様な人達が住んで居ることも多々あるのだ。


 僕達もなるべく追い出そうとは思っているのだけれど、死んだ家族が埋まっているから、大切な人がここで食われたから。そんな理由で居させてくれと言われたら流石に無理矢理追い出すことは出来ない。


 目の前がチカチカする中どうにか立ち上がり、剣先を蛾の異形に向ける。


 煌斗一人でも倒せそうだけどこれ以上被害を出す訳にはいかない。僕も少し手伝う事にする。


「異権装、やつを殺せ」


 勢いよく剣を振りかぶると、僕の言葉に答えるかのように埋め込まれた赤い異宝がキラリと光り、黒くもやもやと揺らめく斬撃が蛾の異形に向かって放たれた。


「おっと、危ない危ない」


 反動でビルがガタガタと崩れ落ち、斬撃が地面を抉り、建物を破壊しながら蛾の異形に迫っていく。


 辛うじて地面に着地出来たけど、加減が足りなかったかもしれない。もしかしたら煌斗を巻き込んでしまうかもしれないけど、彼なら大丈夫なはずだ。大丈夫だと言って。


 もし煌斗に当たったらパワハラで訴えられるかもしれない。いつもは僕がパワハラ、いや、巻き込まれて殺されかけているのだが、上司というのは辛いものである。


 僕はどんどんと異形に迫っていく斬撃を眺めながら、手を合わせて祈った。

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