四_104 嘘の世界



 ヤマトのことだから。

 きっとアスカが完全に気を抜いて初見の相手に自分を晒していると、そう思っているだろう。

 そんなに甘くない。


 ヤマトも誤魔化せないで領主夫婦などという役の人間を騙せるわけもない。

 心を晒しだすのは手段だ。相手に自分を信用させるための。


 都合よくヤマトが男湯でロトニに話してくれているだろう。母を思い出して寂しがっているのだとか。

 確かにそういう気持ちはある。普段なら隠すけれど敢えて表に出したのは、それが有効だと思ったから。

 アスカはまだ若い。無理に背伸びするのではなく、それも活用する。



 サナヘレムスでは色々と失敗した。

 だからヤマトもフィフジャも危険な目に遭った。命を落とさなかったのは運がよかっただけ。


 大森林とは違う。

 海とも違う。

 人の暮らす町での危険は人間が相手だ。


 付け入る隙がある。魔獣が相手ではアスカがどれだけ見目麗しいだろうが幼いだろうが関係ないけれど。

 人間相手なら関係がある。手段になる。

 敵味方の判別がしにくい人間相手だったら、アスカの立ち回りで味方に出来ればいい。

 ヤマトの純朴な性分も、利用されることもあるけれど好感を得るのにも有利。


 ニネッタの言う通り、人にはそれぞれ都合がある。

 その都合に適した役割を示せば良好な関係を築けるだろう。



「それにしても」


 ふと声に出てしまい、隣で眠るクックラが起きてしまわないか見やった。

 お腹も膨れ、お風呂で体もほぐれたのかぐっすりと眠っている。


「……」


 そうだ。神様というのは、やはり神様ではない。

 極めて高度な技術を持っていたのは間違いないけれど、生き物だ。だから滅んだ。

 神様の力ではないから、世界の理屈に則った技術だから、人間にも模倣できる。お湯の魔導具で確信した。


 重力や時間にまで干渉できるとんでもない未来人。あるいは異世界人。

 そういう存在だったのだと思う。


 つまり、アスカ達と同じ。



「同じ……かな」


 地球人ということはないだろう。だが元々この世界にいたとしたら、急に神様として崇められたのはおかしい。

 大森林に伊田家が迷い込んだように、どこからかこの世界に紛れ込んだ異邦人。

 現地の人間が知らなかった技術をもって神と呼ばれた。



 神様の存在についてそう考えてみて、だからなんだと言えば。

 やはり地球に帰る可能性もそこにあるのだと思う。

 手掛かりはまだ掴めない。けれど、知っていそうな生き物はゴパトーク。知らぬを許さぬゴパトーク。


 知に飢えた妖魔ということなら、会話ができるのではないか。

 そういう性分だから逸話も伝わるのだろうし。


 こちらが知りたいと思うことを教えてくれるかどうか、交換条件になる知識ならある。

 神様ほどではないけれど、この世界で知られていないだろう知識。



 ふと、窓から月が見えた。

 半分少し欠けた黄褐色の月と、いつも丸い銀色の月。


 いつも丸い。

 衛星なら有り得ない。自ら発光しているのか、それとも違う何かなのか。


 そういえばあの黄褐色の月は、海を渡る途中で反転した。満ち欠けの向きが。

 実際には反転したのではなくて、赤道を越えたことでアスカの視点が変わ――



「っ!」


 迂闊だったというか、何というか。

 当たり前すぎて全く気が付いていなかった。産まれてからずっとそうだったのだから。


「お日様が、南……」


 この世界は自転する球体で、太陽の周りを公転している。

 月の満ち欠けが反転したのはそれで間違いない。季節だって北半球と南半球で逆だったから、地軸が少し傾いているのもそう。

 だとしたら。



「うちでは、北回りで日が差すはずだったのに」


 北半球から見れば南回りの太陽も、南半球では北回りになるはず。

 けれど昼間の太陽の向きはどちらから見ても南周り。

 伊田家から見たら本来、昼間の太陽は北側に見えなければいけなかったのに。天体の理屈に合わないのに。



「何か……歪んでいる? 世界に騙されているみたい」


 何か他にも太陽に纏わる情報がなかったかと考えてみて、あった。

 虹だ。


「二つの虹……あれも、おかしいのかも」

「ん、ぅ……」


 不意に気付いた興奮と今まで気付かなかった苛立ちとで、つい声が大きくなってしまったかもしれない。

 クックラの漏らした声に口を閉ざして、唇を噛む。



「……もっと知って、もっと考えないと」


 この気づきに意味があるのか、答えに繋がるのかはわからない。

 けれど、見つけた不自然な歪みを突き詰めていけば、何かに届くかもしれない。

 特に星や世界に関わることなら、何かに。


「星の道に……ね」


 高揚してしまった気持ちは、なかなかアスカを寝付かせてくれなかった。



  ◆   ◇   ◆

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