四_063 神々の間食
「うぁー」
はしたない声だと窘められることもあるが、仕方がない。
怠惰を堪能するのも生きている証だと言えるのではないか。
「この世のさいこーの贅沢……」
「寝っ転がって食べるのはやめなさい」
「だぁってぇ」
叱られることもあるけれど、今日はそれほど心配することもない。
「イスヴァラもいないんだし、いいじゃない」
「人間が見たらどう思うのかしらね。ごろ寝しながらアイスを食べてる女神様なんて」
「ネージェまでそういう……イスヴァラに似てきたんじゃない」
「やめてよ、ぞっとするわ」
わざとらしく嫌そうに肩を震わせて見せてから、ネージェもアイスを口に運んだ。
「確かに、贅沢ね」
皮肉気な笑み。
「人間たちに酪農をさせて作るアイスは」
「いいんじゃないの。ここの人たちだってそれで糧を得てるんだし……んー、つめたぁい」
ネージェは真面目だ。
イスヴァラを除けば、仲間で唯一と言っていいくらいの真面目さで、まともさ。
歪みの見えない彼女の唯一の歪みは義兄のイスヴァラに関することくらい。ヘレムがあえて指摘するつもりはないけれど。
「エイシェンデリアも、好きだったのよね」
「……エイシャのことは、ごめんなさい」
「貴女が悪いんじゃないわよ、ヘレム。妹が選んだこと。思い出も話せなくなる方が良くないと、そう思うようになっただけ」
エイシャは、今はもういないネージェの妹。
生まれつき目の見えぬ彼女がいたから、だからネージェはここにいる。
「でもヘレム、そうやって寝っ転がって物を食べていると」
暗くなってしまいそうで、ネージェが話の向かう先を変えた。
教会の脇の芝生に転がり、陽気の下でアイスを食べていたヘレムの耳にも足音が聞こえてくる。
重い足音。
「ああなっちゃうわよ」
「うぇ」
ぼむ、ぼむ、と。室内でもないのに大地に足音が響く。
寝っ転がって甘いものなどを食べ続けるような者の末路。
「ヘレムー、こっちは春五花の蜜入りだよー」
「食べる!」
がばっと起き上がり足音の主に駆け寄った。
縦にも横にも奥行にも、とても大きな体を持つ彼に。
「忠告を……」
「美味しいものを食べられる時に食べるのは生き物の正しい在り方だわ!」
イスヴァラがいない今だから、怠惰に過ごしていても平気。
あれがいるとすぐにがみがみと説教を始めるのだから。
世界の様子を確認する為、一緒に連れて行かれた数名には申し訳ないけれど、いない時間を満喫しないのはもったいない。
「ヘレムがそんなに嬉しそうにすると、ボクも作り甲斐があるよ」
「言いながらつまみ食いしてるでしょう、プロペロシオ」
「えへへぇ」
「また太ったんじゃないの。本当にあなたは」
ネージェの呆れた声に笑顔で返して、大きなおなかを擦る。
「プロップのお菓子が美味しすぎるのがいけないんだもの」
「責任転嫁しない」
「だぁって……んー、おいしー」
プロップの作るものはすごく美味しい。
美味しすぎてつい食べ過ぎてしまう。
「あの赤いアイスは頭おかしかったけど、これはまた絶品よ、プロップ」
「あれは実験だよ。でも辛いってレベル越えてたかも。あれは普通の人間が食べたら死んじゃうかなぁ」
「そんなもの食べさせたの!?」
彩り的な実験だったのか、赤いアイスも作っていた。
うっかり口にして死ぬほどのたうち回ったのはつい最近のこと。
「赤い食べ物は危険ね。禁止よ、禁止」
「食べられるものもありそうなんだけど……まあ知らない土地の物には気を付けないと危ないよねぇ」
危機感のなさそうな声で答えるプロップを横目に、再びアイスを匙で掬う。
「真夏に冷房の利いた屋外でアイスを食べる。さいこーの贅沢だわ」
「トゥルトゥシノもノウスドムスも、あなたを甘やかしすぎなんじゃないかしら。もう子供じゃないんでしょう」
「えー、それなら子供でもいい」
せっかくこの町の中心部は空調できるように作ってくれたのだ。
夏の日差しも、眩いけれど熱さはさほど気にならない。
これがなければ日陰でへばっていただろう。溶けたアイスのようになっていたかも。
「人間にも冷房の仕組み教えたんだって? アグー」
「無用に知恵をつけさせるなってイスヴァラが怒っていたわね。蒸発熱の利用で氷を作る原始的な方法だけど」
この世界の人間たちだって、暑さには毎年苦しむだろう。
ちょっとくらい教えてあげたっていいと思うのだけれど、イスヴァラはそういうのをひどく嫌う。
あれは怖がりなのだと思う。
被害妄想と言うのか悪く考えすぎるところがある。だから攻撃的な物言いになりがち。
「人間だって、夏はアイス食べたいでしょ」
「そうね」
「おいしいもの食べるのは幸せだからねぇ」
まだ彼らにそこまでの技術はないにしても、食べたいという欲求はいずれ答えに辿り着くのではないか。
人間たちがアイスを作れるようになれば、イスヴァラの小言を気にせず食べられる日が来るかも。
「ん、冷たくておいしー」
プロップの作るお菓子はいつも美味しくて、つい食べ過ぎてしまうのだけれど。
ネージェも他の仲間たちも、ヘレムの小さな幸せを咎めたりはしなかった。
◆ ◇ ◆
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