四_057 神々の遊興



 ――ガズァヌ!


 町に響き渡る声。

 というか、町を震わすような怒声。

 この広大なサナヘレムスを震撼させるとは、ただごとではない。


「やめておけ。やめておけ。ガズァヌよ、今はやめておけ」

「けど、呼ばれた」


 町の外で止められた巨漢と、引き留めた側の白いフード。

 顔から足元まで、白い布で全てを覆っている。


「何をすればああまで怒らせられるのか、我にもわからぬ。わからぬぞ」

「アグラトゥ、ヘレム怒ってるか?」

「それは疑わぬよ、カズァヌよ」

「困った」


 頭を抱えるガズァヌに、白フードのアグラトゥが息を吐く。



「ヘレムが喜ぶと思った」

「例の湖かね」

「うん。干上がった火口の方なら、水を溜めても足が着くはず」

「なるほど、なるほど。ヘレムは暑がりゆえ、ゆえに水遊か」


 ガズァヌが頷き、何をしたのか説明する。訥々とつとつと。


「うまく出来たからヘレムを連れて行った」

「そうであろう、そうであろ。其方の技であれば何事も適うであろうよ」

「ヘレム、喜んだ。とても」


 それがどうして町中に怒声をまき散らしているのか。


「其方、イスヴァラより力車を固定させよと言われていたはず。はずよな」

「うん、湖に作った。違うもの巻き込まないように」


 頼まれた仕事は完璧に遂行する。

 力車と呼ぶ仕掛けを湖に備え付け、手入れ不要で壊れず動くように。

 ガズァヌの仕事を疑うような者は元理属には誰もいない。



「それと、滑り台を作った」

「……滑り台とな。それはそれは」

「ヘレムが小さい時、好きだった。から」

「良きかな良きかな。イスヴァラの許可は出ぬはずかな」


 大丈夫、とガズァヌが胸を軽く叩く。


「不可視材で作った。見つからない」

「しかり、しかり。不可視材は見つからぬよ」

「滑り台にヘレムを乗っけて、湖の水を流しただけ」

「……ほう、ほうほう」


 白フードの動きが止まる。

 納得の言葉を吐きながら、首を動かすこともなく。



「其方、ヘレムに説明はしたのかえ? 何があるか、言ったのかえ?」

「こういうのは、サプライズ? ルドルカヤナがそうがいいと」

「……」


 白フードの頭が左右に動き、それから北の空に向かう。

 今いるのは町の西口。

 北には今ほどガズァヌが降りてきた山があり、その山中には新しく整備した湖があるはず。


「あの場所からとは、実に。実にそれはまたさぷらいずよな」


 遥か遠くとまでは言わないが、普通に歩けば人の足なら丸一日ほどかかるだろう。

 山道のことを思えばもっとかもしれない。


「水滑り台であったか」

「うん」

「ところでガズァヌよ」



 ――出てきなさいガズァヌ!

 ――ガズァヌはどこだ!


「イスヴァラも、其方を探しておるぞ。おるようだぞ」

「あ、え……?」


 怒声が二つ。

 女の声と、男の声と。


「なんで……不可視材、間違えてない」

「しかり、しかり。不可視材ならイスヴァラにも見えぬ。山から突き落とされたヘレムも見えなかったであろうな」


 諦めたように、やれやれと言い聞かせるアグラトゥ。


「山から突き落とされ、見えぬ滑り台を流され落ちるヘレムは、どう思ってお前の名を呼ぶか」

「……」

「イスヴァラも不可視材は見えぬよ。頭の上に水着のヘレムが落ちて来なければ気付かぬだろうよ」

「……あ」


「ルドの話を信じるなと……さてはルドルカヤナだけでもないか」

「トゥルトゥシノが、童心に帰って遊ぶのも良いと」


 それを聞いた時にはガズァヌもそう思ったのだ。

 最近はずっとキリキリした様子のヘレムを労わるには良いかと。


 張り切って作った。山から町までの水滑り台を。

 途中で勢い余って落ちないように筒状で、空気抜きの穴も所々に開けてある。

 手作りではもちろん不可能なのだが。元理属として凌霄橋りょしょくきょうの力を使えば大抵のことは出来る。


 ガズァヌは水が流れるようなものを作るのが得意だ。同じ凌霄橋の力を利用する仲間たちでも適性によりできることが異なる。

 幼い頃、砂場に水を流す遊びを好んでいたことがあったからなのか。

 ルドルカヤナは芸術的なものを。ノウスドムスは住居などの建物を得意とする。

 


 ――ガズァヌ! 怒らないから出てきなさい!


「……どうしよう?」


 絶対に嘘だ。今の時点でも怒っているし、顔を見たらもっと怒るに違いない。


「どうしよう、アグラトゥ」

「知らぬよ」


 もう一度、白フードが左右に頭を振る。


「このようなこと、どうするかなど。とんと知らぬよ。我とて知らぬ」


 しかし、と続けて。


「其方だけの罪でもあるまい。せめて共に宥めるくらいは出来るかの」


 アグラトゥは、とても物知りでいつも親切なのだ。



  ◆   ◇   ◆

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