四_024 兄妹と姉弟_2



 ズィムは、自分の幼さを知った。

 未熟で、稚拙で、視野が狭かったことを知る。

 旅というのは普段気づかない自分を教えてくれることもある。両親はそれを期待して送り出してくれたのだろうか。


 今まで自分が生きて来た社会がどれだけ限られたものだったのか。どれほど肉親に依存していたのか。

 年の変わらないヤマトはズィムよりよほど旅慣れているし、年下のアスカも驚くほど機転が利く。

 少しばかり見下していた気持ちもあったネフィサだって、ズィムと比べたら遥かに物事をよく知っていて、またズィムの周辺のことに心を配ってくれた。


 一行の中でズィムが一番の足手纏いだ。幼いクックラにさえ劣る気がする。

 これでは姉のサトナが船に乗せられないという言葉もわかる。納得するしかない。

 悔しいが、今の時点のズィムは半人前未満だ。それに気が付いてようやく半人前。



 これまでやってきた港での仕事だって、出来ているつもりでもきっと色々な見落としや手抜かりがあっただろう。

 一丁前の気分で半人前がやる仕事など、粗雑で稚拙なものでしかない。

 情けない。


 ズィムが驚くのは、ヤマトでさえ自分自身を不足と見ていることだ。

 魔獣の群れの中、妹と共に巨大な魔獣を相手に冷静に堂々と戦っている姿は、素直に格好いいと思った。

 ネフィサの瞳にヤマトが一人前の男として映っていることも、当たり前で、悔しかった。


 ズィムは自分のことも満足に出来ない半人前。

 ヤマトはあれだけのことをしておいて、見知らぬ他人が死んだことに対して自分の責任だと悔む。後悔するにしても、立っている場所の高さが違う。

 それでも彼を恨めしく思うわけではない。ヤマトは本当に、ただいい奴だ。


 海の男だ。

 いや、別に船乗りとかそういうのではないけれど、ズィムが理想とする海の男というのはきっとヤマトのような男だろう。


 誰かの為に体を張って、巨大な敵にも立ち向かう。

 少し抜けたところもあるけれど、嫌味がない。いい奴過ぎて嫌な奴かもしれない。

 羨む気持ちもないわけではないが、彼と知り合えたことを幸いにも思う。

 自分もこうありたいと、そう思えたから。



 男のズィムから見ても好漢で、きっと女にも好かれる。

 ネフィサに限らず異性から好意を寄せられて当然だ。

 一緒にいるアスカが他の女の接近を排除しているような気もするが。妹としても自慢の兄なのだろう。

 ネフィサもアスカには遠慮をしているようで、無闇にヤマトに近付こうとはしていない。


 ネフィサ、ネフィサと。

 ズィムの思考の中心に、姉と同じくらいの年齢で、姉よりも優しくズィムを見守ってくれる彼女がいる。

 優しいのはまあ、ズィムがネフィサの雇い主という関係での気遣いなのだとわかっているが。


「おれ……」


 自覚する。旅の中で己を見つめ直すということを覚えて、自覚する。

 ネフィサに対してどんな感情を抱いているのか。


「……」


 だが、同時にどうしようもない罪悪感も覚えるのだ。

 よく知りもしない時に、ズィムはネフィサのことを何と言ってしまったのか。

 馬鹿なことを口走った。ネフィサとて自ら好んで騙されたわけでもないだろうに。


 姉が怒ったのは今思えば当然だ。

 愚かな弟の愚かな言動をいさめ、叱りつけた。

 半人前のお前が知ったようなことを言うんじゃない、と。


「……馬鹿だな」


 後悔というのは、後になってから自分を責める。

 口から出た言葉を戻すことは出来ない。自らの行いを、なかったことには出来ない。


 次に姉に会ったら謝ろう。

 過去を変えられないのだから、そうするくらいしか出来ることはない。

 姉に謝ったら少しは一人前に近づけるのではないか。

 一人前の男になるというのはきっと、嫌なことから目を背けていてはいけないのだろう。


 そう考えることが出来るようになっただけでも、サトナは褒めてくれるのではないだろうか。

 両親もたぶん喜んでくれるはず。

 ズィムには幼い弟妹もいる。それらに見せるべき兄の背中は、恰好が悪くても正しくありたいと。そう思った。



  ◆   ◇   ◆



 妹も成長しているのだな、と思う。

 取り巻く環境の変化で、否応なく変わらざるを得ないだけだとしても。


 船でクックラの話をしていた時には、他人のことをほとんど考えていないような話しぶりだった。

 生まれてからずっと家族だけしかいなかったのだから、本の中でしか知らない他人と自分との関係など構築しようがなかった。


 竜人の村。ボンルたちやクックラ。ギュンギュン号の船乗りなど。

 その合間にロファメト家でラッサたちと関わったヤマトの方が、少しだけ他者との距離を見直す材料は多かったか。


 別に他人を深く思いやるわけではない。そういう性分でもない。

 だが、生きている人間として他人を見る自分の見方と、ラボッタのように無関心な考え方との違いを感じて心を不安定に揺らす。

 そうした経験も成長なのだろう。ヤマト自身もまた、アスカと話すことで自覚したところもある。



 人間と獣の違いは、たぶんコミュニケーションが取れるかどうか、だ。

 獣でも意思疎通できるグレイのようなものもいるが、野生の獣とは出来ない。普通は。

 人間なら、同じ言葉を話せば、初めて会う相手とでも関係を築ける。相手を知ることも出来るし、こちらの考えを知らせることも。

 この世界の言語が大陸間でも共通なのはヘレムの言葉だからだとか。世界中の言語を統一するとはさすが神様と呼ばれる存在だ。


 言葉が通じない場合。

 地球でも、民族ごとに争うことが多かった歴史というのは言葉の壁が大きかったのではないだろうか。

 ただでさえ他人の心中などわからないのに、言葉も通じないのなら理解が進まない。理解が出来ないから怖くて、怖いから排除しようと。


 逆に、ある程度知ってしまった相手に関しては、よほど嫌悪感でもなければ、その命に価値を見出してしまう。重さが生まれる。

 だから知った人が死ぬのは気持ちを沈ませる。

 関りが深ければそれだけ重く、深く。

 浅くても、ほぞを噛む程度には陰鬱な気持ちに。



「これからは俺がこの村を守るよ」


 まだ赤い目で気丈に言ってみせるベイフ。

 父ビエサを失った翌日だというのに。悲しんでいても生きていけないこともわかる。きっとヤマト以上に彼の方が分かっている。


「うん、気を付けて」

「とりあえずは立ってる木を利用すれば柵も手早く作れるから。蔦を張って、今の時期なら森に黒匏くろひさごがあるんじゃない?」

「黒匏? あると思うけど」

「大きく育っちゃって食べられないのでいい。絞った汁を蔦に掛けておくと多少は獣避けになるの」

「へえ……わかった、ありがとう」


 言葉の少ないヤマトに続けてネフィサがそんな助言を残す。

 ネフィサが気遣ったのはヤマトのことだ。親を亡くしたというベイフの胸中につい共感してしまったせいで憂いの色が強い。


 考えすぎても仕方がない。この開拓村の人々の未来を背負ってやれるわけでもない。

 結局はラボッタの言う通りだ。ヤマトにそんな力はなくて、その無力さに後味の悪さを覚えているだけ。

 そう考えれば自分も幼い。全てを思い通りに出来るような超人でもないくせに、あれもこれもどうにかしたいなど。


(ラボッタ・ハジロなら……)


 この男なら、全てとは言わなくとも、ヤマトより多くのことが出来るのではないか。

 一人で教会勢力と戦ったという実力があり、見聞も広いだろう。

 ヤマトやネフィサよりも、もっと役立つことが出来るはずだ。


 そうしない彼を責めるのはまた幼稚だ。

 自分が出来ないことを代わりにやれと。そう言える資格などない。

 ラボッタはヤマトの部下でも親でもない。ヤマトの代わりに彼らを助けてやって下さいなどと言える立場か。


「俺も、ヤマトみたいに強くなるから。みんなを守ってやるんだ」

「……」


 父の死を乗り越えようという気持ちなのか、気負うベイフにどこか不安を覚えながらも、気の利いた言葉も言えずに壊れかけの開拓村を後にした。



  ◆   ◇   ◆

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