四_015 暗中殺陣_1
なぜこんなことを、などと聞くことはない。
ヤマトも多少はわかってきた。世の中には往々にして大した理由がつかないことがある。
つまらないから殺す。楽しいから殺す。
気に入らないから殺す。気に入ったから殺す。
そんなこともあるのだと。そんな人間もいるのだと、わかってきた。
命令だから、金が欲しいから、強さを顕示したいから。
そんな理由で戦う人間もいるだろう。
それとて大した理由とは言えない。
親の仇だとか宿命だとか、そんな劇的な話はそれほど転がっていない。
ましてヤマトもアスカもこのリゴベッテにそんな因果を残しているはずがない。
クックラやネフィサもリゴベッテに来たのは初めて。
ズィムにしても殺されるような恨みを買っているとは思えない。
もし何かそんな過去を持っているとすれば、フィフジャかエンニィか。
だとしても、いきなり殺し合いを始めるだけの理由として納得できるものでもないだろう。結局、こんな連中の行動原理などヤマトに理解はできないのだ。
「ヤマト、弟の方を頼む」
フィフジャの指示の意図はわかった。
双子の戦闘力のどちらが高いか。必ずしも女が弱いとは限らない。
同等と見做すとして。
女を相手にした場合、ヤマトが躊躇するのではないかと。
ならばフィフジャが姉を相手にして、ヤマトに弟を任せようということだ。
アスカがそのフィフジャをフォローする。アスカは敵が女でも手を抜いたりしないだろう。
「グレイ、やるぞ!」
声をかけたのはグレイを促す為だったのか、自分の心を進めるためだったのか。
容赦はしない。躊躇もしない。
殺さなければ、死ぬのは自分や大切な家族だ。
「……狩りと同じだ」
話が通じる人間でないのなら、先日殺した角壕足と変わらない。
生き物の命を奪うことには慣れている。
「なにマジになっちゃってるんだか、ガキんちょが」
ふざけて人を害するような奴に言われたくない。面白半分に他人を攻撃するなど。
父や母が育った地球には、そんな人間はいなかったのだろうか。
「人を傷つけずに生きていくつもりは?」
「うんうん、そういうのもいいと思うぜ」
「嘘つき!」
言いながら間合いを詰めようとしたミドオムを槍先で牽制する。
近付かせたくない。
人殺しに慣れていて、熟達していて、どんな手管を弄するかわからない。
「随分警戒するじゃねえの」
「当り前だ」
横に歩き出すミドオムに、相対しながら足を運ぶ。
後ろにはクックラたちがいるのだから、回り込ませるわけにはいかない。
「っと、おっかねえ」
踏み込みかけたグレイに気付いて、一歩半後ろに下がった。
ヤマトと向き合いながらグレイにも気を配っている。
おそらくこのミドオムの実力はヤマトよりも上だ。町で襲われた時にも感じた。
ヤマトは、自分より明らかに上手の戦士をゼフス・ギハァトしか知らない。
町で相対した時は脅威をそう表現しただけだが。
暗がりの中でも意識を研ぎ澄ませば見える。
足運びも、剣を持たぬ方の手の仕草も、時折意味ありげに視線を逸らす様子も。
この男は嘘ばかりだ。
ヤマトが釣られて意識を割けば、その隙を狙おうとしている。
こんな駆け引きは獣にはない技術であり、人殺しとしてのミドオムの経験値。
姑息で狡猾。
不愉快な相手だと腹が立つとしても、真正面から戦って素直に勝てるとは思わない。
グレイとヤマトなら、負けない。
二対一で相手をする。
「あー面倒なガキだね、お前は」
舌打ち混じりに苦々しく呟くと。
「しゃあない、真面目にやるか。負けると姉ちゃんに怒られんからな」
「っ!」
ぼやいた言葉の終わり際、間合いを一瞬で詰められた。
何気ない言葉と共に、不自然な姿勢からの踏み込みで。
(身体強化か)
重心が後ろにかかっていたような姿勢から、刹那の一歩でヤマトの目の前にいた。
いつか聞いた、残像という戦闘技術なのかもしれない。
「死――」
無造作な袈裟懸けの剣だが、速度が尋常ではない。
ただの振り下ろしが必殺の一撃になる。
――ね。
言い終わる前に切り裂いたのは、ヤマトがいたはずの空間。
「お?」
陽炎を切った。
暗くて陽炎は見えなかったか。
敵が不自然な体勢から瞬時に動けるとして、同じようなことがヤマトに出来ないわけではない。
半歩左にずれたヤマトを驚きながら、それでも剣の軌道を鋭角に変えて腹を切ろうとする。
その剣を、ヤマトの槍が撥ね上げた。
剣を持つミドオムの腕をかち上げ、がら空きになった胴に蹴りを入れる。
「ぐべぇっ」
撥ね上げた槍が上を向いてしまって突き刺すことは出来なかった。引き戻してから突くのでは間に合わない。だから即座に蹴りを。
ヤマトの蹴りを受け潰れたような声を上げながら、だがミドオムの体は揺るがなかった。
力強く大地を踏みしめ、撥ね上げられた剣を即座に振り下ろす。
ヤマトの蹴り足に。
「っ!」
ミドオムを蹴り飛ばせなかった右足と、大地に残っていた左足で後ろに跳んだ。
不自然な体勢で無理やり跳ぶせいでバランスを崩してしまう。
手を着いたヤマトに、続けてミドオムの刃が迫った。
「調子に乗ってると死んじゃうんだぜぇ」
避けられない。
咄嗟に槍を構えて受け止めるが、筋力でもヤマトが不利。
「っと」
押し込まれるヤマトだったが、ふいっとミドオムが下がった。
『グルァァ』
ヤマトの槍と押し合いになったところにグレイが牙を剥き、それを嫌って飛びずさる。
「そいつ、ただの犬じゃねえのな」
「……」
軽口のようなミドオムの言葉に沈黙で答えて、構え直す。
隙をついたつもりが、受け止められて窮地になってしまった。
やはりこの男は強い。
「助かった、グレイ」
言葉にしたのは、少し気持ちを落ち着ける為に。
言ってみて、案外と自分の心が平静なことにも気が付く。
生きるか死ぬか。
初めてのことではない。今までにも何度か経験してきている。
初めて石猿と戦った時。黒鬼虎と戦った時。
森でバムウや煤け鬼を相手にした時もあったし、ゼフス・ギハァトに斬られた記憶も。
安穏と生きてきたわけではない。
強敵で危険を感じるが、身を竦めるような恐怖は感じなかった。
この男が狂っているのなら、ヤマトの頭の中もどこかズレてしまっているのかもしれない。
「にしても、その槍なんで出来てんだよ。硬すぎるっての」
「……父さんの魂だよ」
「ああ、そういうのいいねえ」
上っ面の表情は暗くて見えないが、その声音に嘲りを感じる。
どこまでも軽薄で、人を馬鹿にした態度を取るミドオム。
会話を挟み、先ほどヤマトが蹴り込んだ脇腹辺りを擦った。
多少なり痛みは感じているらしい。
その隙を突こうとすれば、きっとまた何かしらの手で返されるのだろうが。
ヤマトから仕掛けるのは危険。
ミドオムは、相手の攻撃からの返しを得手としているようだ。
戦いながら敵を知る。
初めて戦う魔獣と同じ。敵の特性を観察する。
しかし本当に、何をやっているのだろうか。
遥々海を渡って、その先でこんな意味もない殺し合いなど。
馬鹿々々しい。
だとしても、降りかかる火の粉は払わねばならない。
ヤマトが望むように穏やかには、世界は回ってくれそうになかった。
◆ ◇ ◆
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