四_016 暗中殺陣_2
「フィフ!」
双子の姉ミイバに投げ飛ばされたフィフジャにアスカは声だけを飛ばした。
敵から目は逸らさない。
「ったぁ……何考えてんだい、こいつは」
フィフジャを投げ飛ばした――というか、力づくで振り払った女が、自分の腕を擦りながら憎々し気に呻いた。
右手首辺りが赤く、左手首辺りが赤黒くなっている。暗がりでよく見えないが、両手首を痛めて追撃をしなかった。
恨めしそうな声の中に、理解に苦しむという感情も混ざる。
「……」
二本のダガーを握るミイバの両手首を掴んだフィフジャだったが、筋力で劣っていた。女なのに鍛えられたフィフジャ以上の力。
そのまま短剣の切っ先をフィフジャに押し込もうとするミイバが、ぎゃっと悲鳴を上げてフィフジャを振り払った。
「……それじゃあんたも火傷してんだろうに」
「不器用なんでな」
ミイバの両手首を掴んだ状態で代償術を使ったのか。
左手周囲の温度を奪う代わりに、右手の周囲を熱く。
凍てつく痛みと焼け付く痛みの両方を受けて、ミイバは混乱しながらフィフジャを投げ飛ばした。
「こんなバカ初めてだよ」
「……」
フィフジャは何も答えない。
答える義理もないだろう。
バカさ加減については、アスカも否定はできないけれど。
立ち直るフィフジャと、敵を挟み込むように立つアスカ。
今の攻防の隙にアスカが近づけば、きっとフィフジャはアスカに向けて叩きつけられた。
実力ではアスカとフィフジャよりも上。
連携しなければ勝てない。
宵闇の中に襲い掛かってきたミイバの二刀を、フィフジャは掴んでいた。
彼は目がいい。どちらかと言えば先手よりも受け身の方が得意な性分。
戦闘技術では劣るとみて、自分にもダメージのある手段で削る。判断も冷静で自分が痛むことにも迷いがない。
「死なぬフィフジャ・テイトー、って言うんだったっけ?」
ミイバの口から洩れた。
「……」
「はっ、噂には聞いたけど本物かい」
ケルハリも言っていた。フィフジャは一部で名が通っていると。
世の中に写真などが出回っているわけではないから、顔を見ただけで本人とわかるはずはない。
「ラボッタ・ハジロの直弟子ってのは本当らしいね」
「迷惑な話だがな」
やや嘆息気味に応じた。
この狂人姉弟はリゴベッテの著名人を調べていたのだろう。ラボッタ・ハジロの弟子として名前のあがるフィフジャ。
アスカたちが名を呼んだし、異常な戦闘狂ミイバに抗するだけの力がある。
正解に辿り着くのはそれほど難しくはないか。
くっく、とミイバが喉を鳴らした。
「あんたを始末したら、ラボッタともやれるかねえ」
「……仇討とかするような性格じゃないぞ」
「さあ、どうだか」
どちらでもいいのだろう。
名のある人間を殺すということに悦びを感じているだけ。
(……だけ、なのかな?)
少し違和感を覚えるが、今は考えている余裕はない。
「っ!」
再び動いたのは、アスカに向けてだった。
フィフジャと対峙しながら、前触れもなく唐突に右の逆手でアスカに切っ先を突き立てる。
その手首を、アスカの鉈が斬りにいった。
「おっと」
ダガーよりリーチの長い鉈での反撃に、ミイバの体が急制動で止まる。
空を切るアスカに、急に止まった勢いから、また同じ速度で弾けるように、順手に持った反対のダガーが迫った。
頭を低くしてそれを避け、空振りした力のまま一気に前転した。
「甘いねえ」
転がるアスカに、右手のダガーを投げ込む。
その直前に。
光った。
眩い光が、ミイバの目を突く。
「うあっ!?」
アスカの手に握られたLEDライトが、闇夜に慣れたミイバの視覚を焼いた。
こんな道具があることを知らなかっただろう。
夜目を凝らしてアスカを見ていたせいで、鋭い光の影響をまともに受ける。
投げ損ねたダガーは茂みに刺さり、ミイバは顔を歪めて距離を取った。
もともと歪んだ笑みを染みつかせたような顔だが。
「なんっ――」
フィフジャがそれを見逃さない。
逃がさない。
勝機と見て、ただ大振りにはならぬように、手斧を叩きこむ。
ミイバの反応は、狂人だった。
ぼやけた視界のまま、己に止めを刺そうとするフィフジャの気配に向けて飛び込む。
「ははぁっ!」
嗤いながら。
手斧がミイバの胸に食い込むが、距離が近すぎて十分に力が入らない。先ほどフィフジャが自傷しながら代償術を使ったように、ミイバもまた傷を恐れず踏み込んだ。
フィフジャと絡まるような距離で密着し、左手に残ったダガーを振るう。
「つっ!」
「惜しいねえ」
ダガーの刃から鮮血が糸を引きながら、二人の体が離れた。
「このっ!」
背中から襲うアスカの追撃の鉈を、気配を察知して避けるミイバ。
やはりとんでもない達人だ。
だと思うが。
「ぐぁっ!?」
想定済みだ。避けられるだろうと思った。
振るった鉈を手から離して、投げた。
その刃がミイバの尻辺りを削って落ちる。
「っくぅ、なんて子だい」
二対一なら、負けない。
ミイバは不利を悟ったのか、大きく距離を空けた。
アスカは無手になってしまったが、相手もダガーを一つ失っている。
「……っとに、面倒な仕事だよ」
逃げない。
ミイバにとって決して楽な状況だとは思えないのに、退かない。
(仕事?)
ただ偶然に鉢合わせた享楽ということではない。
やはり何かある。
「まあ、どうせなら楽しもうかねえ」
胸から血を流し、足にも傷を負っているのに、嗤う。
「……」
まだ自分が有利だというのか。
先ほど斧を受けながら突っ込んだように、傷を負うことに恐れを感じないのだろう。死を恐れていない。
恐れるというのも違う。自分の傷も愉しんでいるようで。
変態。
傷つけることも傷つくことも享楽にする狂人。
気味が悪い。不快な感覚にアスカは下唇を噛む。
「怖いかい、お嬢ちゃん?」
「ふざ――」
咆哮。
そして地響き。
ミイバの煽り言葉に対してアスカが言い終わる前に、闇夜の空気が震えた。
「なんだぁ!?」
「姉ちゃんわりい!」
叫びながら駆け抜けていくミドオムの後ろから、巨体が突き進んでくる。
茂みを蹴散らすだけでなく、小さな木々などはその巨体に薙ぎ倒されてしまうほど。
ミドオムは角壕足の突進に追われていた。
「はあっ? なんて間抜けだい」
「いやほんと怒んないでほしいって」
「楽しくなってきたってとこだったのにさ、馬鹿ったれが」
忌々しそうに言い捨ててミイバもミドオムと共に駆け出した。
姉弟を追って、夜の大地を震わせながら角壕足の姿も闇の中に消えていく。
「……ヤマト?」
「大丈夫だった?」
角壕足の駆けて来た方からヤマトの声がする。
「こないだの巣と同じ臭いがするくぼみがあったから。あいつに踏み込ませてみたんだけど」
先日の失敗をこんな形で利用したらしい。
さすがにあの狂人も、いきり立った角壕足の突進を正面から受け止めるだけの力はないらしい。
「角壕足は鼻が利く。当分は追い回される……はず、だ」
当面の危機は去ったというように、フィフジャが息を吐いた。
だが、その声が少し硬い。
「フィフ……?」
暗がりでわからなかった。
その服が赤い血で染まっていたことに、気づかなかった。
◆ ◇ ◆
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