三_22 海に彷徨う想い_2



「そういうの、先に言いなよ」

「言う時間がなかったんだよ。さっきまで忘れていたし」


 ――その骨の人の声、僕聞いたかも。


 ヤマトから件の木板を書いたと思われる人の声を聞いたと言われて、とりあえず頭がおかしくなったのかと心配した。

 前からお化けが怖いとか言っていた――怖くないと言い張っていたような気もするが――なので、白骨死体とか聞いて変な声を聞いてしまったのかと。


 何を言い出すのか問い質したら、ノエチェゼの牙城の中で聞いたのだと言う。

 ヤマト一人だけではなく他の人たちも聞いていたと言うから幻聴というわけでもなさそうだ。

 そうでなければ本当に幽霊が出たのかもと言うアスカに、いやぁな表情を浮かべて口を尖らせていたが。


(ほんと、怪談話は苦手なのよね)


 兄のそういう部分が情けないのやらおかしいやら。



「それで、どう思う?」


 漠然とした質問だが、産まれた時からの付き合いだ。何となく意図は通じる。


「たぶんだけど、あれはDENWAみたいなTSUUSHINSETSUBIなんだと思う」


 あれ。海皿砦と牙城と。

 遠く離れた場所に声を伝えるための設備で、中継地点などになっているのではないかと。

 海モグラから聞いた話も合わせて、大昔の超魔導文明とか言われる時代に使われていた設備なのではないか。

 海の中でも朽ちない材質で出来ていて、似たようなものが別の大陸にあるのだとすれば通信が目的の設備なのではないか。


(私もトランシーバーでしか見たことないけど)


 大森林の家で、あまり使うことはなかったが無線のトランシーバーという道具はあった。

 地球ではそれと似た機械で、大陸を超えてどこにでも通信できる道具があったと。その通信を繋ぐための電波塔というものの存在を聞いている。

 父の社会の副教材に載っていた。形状は違うけれど可能性が高いかと。


「やっぱりそうか……」


 用途について、ヤマトの方も目星は着けていたらしい。

 アスカに訊ねたのは答え合わせのためだ。



「何の話だ?」


 フィフジャが置き去りになってしまうのは仕方がないが、どう説明したものか。

 面倒だなーという顔でヤマトを見てみたが、アスカに任せるといった風に肩を竦めるだけだった。


「簡単に言えば、別の大陸に声を届けるための建物ってこと」

「海皿砦が?」

「牙城とか、他の地域にもあるっていうそういうのが。全部……かわからないけど」


 アスカは見ていないのでわからないのだが、ノエチェゼの牙城の中にもマイクに相当する何かがあったのかもしれない。

 とにかく音声を発信、受信する設備ということで間違いはないのではないか。

 意味のない建物ではなかった。



「……超魔導文明、では」


 アスカたちの言葉を受けて記憶を探るように目を閉じていたフィフジャが、自分の覚えに自信がないのか、言葉を区切りながら話す。


「声を、どこにでも届ける。そういう魔術が、あったとか……そんな逸話があったはずだ」

「それじゃない?」

「いや、違うんだ」


 適合すると言うアスカの言葉に否定が返された。

 何が違うというのか。


「あんな大きな建物ではなくて……そういうことを出来る魔術士がいたとか」

「……」


 大仰な装置を作らなくても、身一つでそれを可能にする魔術士が存在したとか。

 だとすれば大規模な建物を建造する必要はない、と。


「……それ、本当?」

「それは……それこそ御伽噺のような話だから。実際はあの建物で行っていたことを、たいそうな魔術みたいに伝わっているのかもしれない」


 遥か太古の時代の話では確認しようがない。

 たとえばここでヤマトたちが、人間は過去に巨大な鋼鉄の船で月まで行ったのだとか話したとして、夢物語としか思えない。

 理解も及ばないし真偽もわからない。そういう類の話。

 ただとりあえず状況証拠として確認出来ているのは、ネレジェフに関わる人が海皿砦で野垂れ死に、その声らしいものをヤマトがノエチェゼで聞いていること。



「そうだな。遠目だったが、海皿砦の壁は牙城に似ていた。共通の目的の建物なのかもしれない」

「でしょうね」


 結局はアスカの言葉に頷いて、フィフジャは疲れたように呻いた。

 さっきのネレジェフの話といい、脳に疲れが溜まっている。


「君らは本当に、色々なことを考えられるんだな」

「理由とか知らないと落ち着かないじゃない」

「……師匠と同じタイプか」


 ぼそり、と。

 その言葉は知りたがりということを言っているのか、危険人物と同じだと言っているのか。

 フィフジャの師匠はこの世界では珍しい魔術の研究者だという。アスカたちと似通った部分があっても不思議はない。


「ちょっと休む。わけがわからなくなってきた」


 そう言い残して船室へ引っ込んでいくフィフジャ。

 残されたアスカとヤマトは、顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

 わけがわからないのはこちらも同じなのだ。




「で、もうひとつ」

「なぁに?」

「治癒術、あれはどう思う?」


 フィフジャがいなくなった所でのヤマトの話題は、フィフジャの嫌いな治癒術に関してのことだった。

 聞きたかったのだろうが、それこそタイミングがなかったのか。


「何を、どう思うっていうのよ」


 また漠然とした質問を投げかけてきた兄に突き返してみた。

 いつもいつも兄の言葉の足りないところを補って考えてあげていたら、本人の為にならない。

 質問は明確に。


「どうって言うか……あれの仕組み、とか」


 自分でも、自分の質問の根っこをきちんと理解していない。

 何が聞きたいのかわからないのに、気になっていたから聞いた。それだけだ。


「そんなの私がわかると思うの?」

「う、ぅ……」


 やれやれと溜息交じりに冷たい目で見ると、ヤマトが決まりの悪そうな顔で押し黙った。


(……可愛いげがあるって言ってあげてもいいかもね)


 やり込められて黙ってしまうヤマトがおかしくて、ちょっと優しい笑顔を返す。

 何しろ、のだから。

 理解できるとは言いすぎだが、その理屈は既に考えていた。船では考える時間がたくさんあったのだから。



「仮説っていうか、想像だけどね」


 自分を天才とは言わないが、そうなりたいという気持ちがあるので。

 知らないことをそのままにはしない。


「あれは魔術とは違って電磁気力じゃない」

「それはわかってる」

「たぶん時間よ」


 短く結論を言った。


「……?」


 きょとんと、その言葉を脳内で反芻するヤマト。

 それがアスカの推論だ。


「たぶんだけど、あれは時間を加速させているの。時間の流れもただの物理法則だって本に書いてあったじゃない」

「書いてはあったけど……」


 本を読んだからといって理解しているわけではない。知っているという程度。

 家にあった本は、実用書から漫画、教科書など全部読み尽くした。

 屋内での娯楽が少なかったので。



「宇宙でも、場所によっては時間の流れが違うとか。ブラックホールは光を吸い込むけど、放出されるエネルギーもあるとか」

「……」

「治癒術を使う時に光るのは、たぶんそういう副次的な――光るから治るんじゃない。時間を加速させた時に光が発生しているのよ」


 ヤマトはアスカの話と聞きながら、自分の指の傷跡を見ている。

 それを見ていたから行きついた仮説なのだが。


「病気には効かない。治す時には痛みを伴う。その傷を治す時に物凄く痛かったのは、治るまでの時間を凝縮して受け止めたからじゃないかって思う」

「……そうかもしれない」


 泣き喚いていた自分を思い出したのか、苦い顔で頷くヤマト。

 まだ納得はしていないようだが。


(もう一つ、そこで思ったの)


 仮説を立てて、その仮説を説明出来るだけの根拠を探す。



、ってなんだと思う」


 アスカの言葉が唐突過ぎたせいか、ヤマトが何を言われたのかわかっていない。

 精霊種。

 かつてこの世界に存在したと言われる神と呼ばれるものが滅びる際に、その血肉などを浴びたものが変質して生まれたとされる不可思議なもの。

 治癒術士はそれなのではないかと。



「神様だとかっていうのは、これはただの想像なんだけど、たぶんもっと上の次元……より高次元の分野に干渉出来る力を持っていたんじゃないかって」

「高次元……? 三次元じゃなくて、四次元とか?」

「五次元とか、ね」


 三次元以上のものを知覚するのは難しい。

 そういう概念があると知っていても、目に見えないし肌に感じないのだから。


「私たちが船を漕いだり石を投げるみたいな感覚で、神様っていうのは時間とかを曲げたり潰したりできちゃうんだと思うの。倍速再生みたいなことも」


 そんなことが出来たから、神と呼ばれる存在だったのではないかと。

 もし本当にこの世界にそんなものが実在していたとして、永遠の時を生きられるような存在なのだとしたら。

 精神世界ではなく、物質的に神という何かが存在したのだとすれば、それは相応の特殊な技術を有した何かだったはず。


「その神様の中に、時間を操る特殊な能力を持った人……神? がいたとして、ね」

「時の神様?」

「それが滅びる時に、そこに居合わせた人とかが影響を受けたとしたら」


 治癒術士の始まり。

 というか、この場合は時魔術士と呼んだ方が正しいのかもしれない。

 不完全ながらも時間に干渉するような力を発現させた人々が治癒術士の始まりだったのではないかと。


「時間に関する粒子みたいなものがあったとして、重力子とか電子みたいな。そういうものを感知して自分の意志で操作できる。五感っていうか……私たちの知らない感覚を、何かのきっかけで得た人たちがいるのかなって」


 アスカが立てた仮説はこうだった。


「……本当に?」

「さあね」


 確認してくるヤマトにあっさりと首を振って笑った。

 別に根拠のある話ではない。


「ただの妄想……っていうか、私の空想だもの。まあ一応は見た事実から作ったから説得力は少しはあるかも」


 私の考えた治癒術士の設定、というところ。

 実際に目にした治癒術や、フィフジャから聞いたこの世界に生きる色々なものを加味しての空想だけど。事実かどうかはわからない。


(少しは自信があるかも)


 ヤマトに説明しながら、本当にそうなんじゃないかという自信もふつふつと湧いてきた。

 少なくともこの世界にはかつて神が存在したというのだし、その末裔たる精霊種などの実在が確認されているという。

 まだアスカたちは見たことがないけれど。



「どう、信じた?」


 にやっと笑ってヤマトに聞いてみると、ヤマトは少しだけ悔しそうな顔で笑う。


「……お前、すごいよな」


 参ったというように頭を掻きながら。

 自分だって、ぴょんぴょん勇者と名を馳せているくせに。


「知らなかったの?」


 二人で良かったと、アスカはそう思う。

 アスカの話はやはり突拍子もない話だし、ある程度の知識がないと何を言っているのかわかってもらえないだろう。


 理解されないというのは孤独だ。

 せっかく考え付いたことを、誰も理解してくれない。それはきっと寂しい。

 こうして共有して、共感できる相手がいる。

 兄妹だからと言えばそうだけれど、肉親でも理解し合えない場合もあるはず。


(一緒で良かった)


 言葉にするのは気恥しいので言わないけれど。


「知ってたよ」


 たぶん相手も同じ気持ちだ。


 くすくすと笑う二人を、遠巻きに見ている船員たち。

 船での旅は、もう終わりに近づいていた。


 

  ◆   ◇   ◆

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