二_032 歓楽街の事件_1



 朝の港町は騒がしい。

 早朝から漁に出る者もいれば、夜の漁から戻る者もいる。

 それらの買い付けや荷物運びに従事する人々もいれば、港町の朝が普通の村より騒がしいのは仕方ないことだった。



「……何かあったな」


 フィフジャのぼそりとした呟きに、ぴくっと顔を上げてきょろきょろと周囲を見回すアスカ。

 クックラと三人で朝御飯を食べに来ていた所だ。


 昨日とは違う店で、よく言えばオープンテラスというのかそんな食堂。屋根だけ天幕のように張った場所に、テーブルと椅子が並べてあるだけの店だが。

 おおよそ食べ終わったところでフィフジャが呟いた。



「何があったのかな?」

「わからないが、何か様子がおかしい」


 町の外に向かってどたどたと走っていく数人の男。武装して統一感のある服装の。

 昨日はほとんど見なかったが、巡回するように歩いている兵士たち。白服と青服の兵士をよく見るが、赤服の兵士は今のところ見ていない。


「……警戒が強まったような感じだが」

「ふうん。ヤマトが何かしたのかも」

「どうだろう、アスカじゃないんだから」

「それってどういう意味よ」


 むう、とフィフジャを睨んでみるが、あまり気にした様子もない。

 どうやらアスカの扱いに慣れてしまったようだ。


「ま、確かにヤマトが一人で問題起こすことはないかもしれないけど」

「ん」

「でも一人じゃなかったら?」

「それは……どういう意味だ?」


 さっきとは逆に、フィフジャが言葉の真意を問うてくる。

 ふふんとアスカは笑って、皿に残っていた芋をふかしたような食べ物をもぐもぐと口に運んだ。

 粉っぽく、口が渇く。

 一緒に頼んでいた水で喉を潤して、口を拭った。


「……」

「どういう」

「たとえばさ」


 焦らされて再度問いかけようとしたフィフジャに満足して、指をぴっと立てた。

 簡単に扱いやすい女だと思われたら心外だ。

 と、アスカは思っているが、間違ってもフィフジャはそんなふうに見ていない。機嫌を損ねると存分に面倒くさいと思われている。



「薄暗くなってきた町の裏路地から、女の子の悲鳴が聞こえてくる。そんな場合にヤマトはどうすると思う?」

「その女の子がアスカのようなタイプかどうか警戒する?」

「どういう意味か説明しなさいよ」

「いや、説明していいのかどうか」

「私を納得させられたら、生きてこの町を出られるけど」

「嘘だ」


 もちろん嘘だけど。

 にっこりと笑顔を向けるアスカからフィフジャは視線を反らして、軽く息を吐いた。

 暗くならないよう軽口を叩いているだけ。お互いに本心ではない……と思う。


「助けるだろうな。事情はともかく、そういう場面に出くわしたら」

「放っておけばいいのにね。それで何か暴力沙汰になったりして、まあヤマトが簡単に負けるとは思わないけど」


 面倒な事態になることはあるかもしれない。


「あの兵士の人たちも、銀狼を……魔獣を連れた余所者の少年を探していたりするんじゃないかな?」

「殺傷沙汰を起こして逃げ回ってる、というわけか。ないとは言い切れないところか」


 ふぁぁぁと、先ほどより深く息を吐く。

 迷子の挙句に面倒ごとだとすれば気苦労が絶えない。そんなフィフジャを見て、ぺろりと舌を出すアスカ。


「ま、そうじゃないと思うけど」

「なぜ?」


 問われて、アスカは少し考えた。

 なぜそう思うのかと尋ねられたら、納得させられる適切な答えを用意しなければならない。


「銀狼を連れてるって段階で、すぐに私たちに行き当たると思う。目立つもの。もしそうなら、最初に私たちのところに取り調べに来るんじゃない?」

「……そうなるか」


 町に入ってから、銀狼のような魔獣を連れている人間はアスカたちだけだった。

 ニトミューや狐のような獣を連れている人はいたが、銀狼やそれに匹敵するような魔獣は他にいない。


 もし銀狼関連で調査しているなら、どこの宿に泊まっていたのかなどすぐに知れるだろう。

 銀狼を連れている探険家というのはお前たちか、と。

 そう言われてない以上、銀狼を連れたヤマトが何か問題ごとを起こして騒ぎになっているという可能性は低いのではないか。


「たぶん別件。か、そうじゃなければヤマトが、あの古狸・・を暗殺したか」

「アスカじゃああるまいし」


 古狸はもちろんウュセ・キキーエのことだ。

 バレないように隠密で暗殺したのなら、誰がやったかは知られない。

 とはいえ昨日のあれこれがあるので、結局それで疑われるのはアスカたちということになるが。


「ヤマトは、あれだな。悪事を働くようなことはないと思うんだが」

「ん」


 クックラも頷く。

 アスカだってヤマトが善良な種類の人間だとは知っている。


「善人だから、余計に面倒ごとに巻き込まれそうなんだよね。あるいは厄介ごとに突っ込んでいくか」

「ん」


 放っておいたら勝手に帰ってくる、という期待は出来なさそうだった。




「なあなあ、あんたたち」


 と、不意にアスカたちに声をかけてくる人がいた。

 ヤマトではない。ヤマトよりは年上だがフィフジャよりは若い。少年と青年との間くらいの年齢。

 同じような年頃の男女がその後ろに控えているのは、おそらく連れなのだろう。

 男女二人ずつの四人の若者。その中の一人が代表して声をかけてきた。



「あんたら、この辺の人じゃないよな。リゴベッテの人か?」


 そう問われても、アスカには答えようがない。

 どう相手にしたものかわからないのでフィフジャに視線を送った。


「そうだが、君らは?」

「やっぱり。今の話し方聞いててそう思ったんだ。ほらな」


 彼は得意げに振り返り、仲間に自分の洞察が当たっていたと誇る。

 いったい何なのだろうか。



「ごめんね。あたしたちもリゴベッテに行くつもりなのよ」


 訝し気な顔をしたアスカに謝罪交じりに説明をする女。

 リゴベッテに向かうつもりでいて、たまたま食堂で目的地の出身らしい人間を見かけたから声をかけたのだと。


「なあ、リゴベッテってここより寒いって本当か?」

「どうかな、俺はズァムーノ大陸の真冬を知らないからわからんが、ユエフェンはもっと寒いらしい」


 親切に答える必要があるのかとも思うが、せっかくだからこちらも聞きたいことがある。


「真夏の日差しを比べるなら、聖堂都市周辺はここまで暑くはならない」

「へえ、聖堂都市サナヘレムスってリゴベッテの真ん中くらいにあるんだろ。行ってみたいなぁ」

「だから行くんでしょ。ミシュウったら」


 彼らはすでにリゴベッテに行くことを決めていて、世間話がてらの情報集めに話しかけてきたのだ。

 四人の雰囲気はかなり親しい雰囲気だ。古くからの友人であり、恋人でもあるのかもしれない。


「そうだけど……ネフィサ、どうしたんだよそんな顔して」

「……わざわざその女の子に話しかけたでしょう。可愛いから」


 それまで黙っていた女の子が、ミシュウと呼ばれた最初に話しかけてきた男に刺すような視線を向ける。

 フィフジャではなくアスカに声をかけてきたことに嫉妬しているのか。

 さすがに幼いクックラに話しかけても仕方ないのだから、声をかけるのならフィフジャかアスカになるわけだが。


(可愛いってのも困りものよね)


 ふうとアンニュイなため息をつく。フィフジャが呆れたような顔をしているが、気にしない。



「ところであなたたち、船の手配って出来てるの?」


 彼らの興味に付き合うのが目的ではない。こちらの聞きたいことはそれだ。

 リゴベッテに渡る手段はあるのか、と。


「もちろんよ。そのお金を用意するために、四人で何年も働いたんだから」



 彼ら四人は農園の生まれだということだった。

 それぞれ魔術の才能が多少あったらしく、農園の仕事よりも危険な仕事――魔獣を狩ったり、入りにくい山脈奥地の鉱物資源を採取などが出来る程度の腕があった。


 農園を出て、もっと大きな都市に行きたいと。

 そう思い立ち、四人でノエチェゼに来たのが五年前。それから色々な仕事をしながら渡航費用を貯めてきたのだという。


 参考にならなさそうな話だった。

 というか、田舎の若者が都会に憧れる。至極真っ当な話だ。



「まあ、安く乗せてくれるってところを探したり、そこの仕事を手伝って信用を勝ち取ったりだな」

「偉そうに言ってるけどミシュウはそういう知恵は全然出してないからね」


 ミシュウにちくりと言うのはネフィサと呼ばれていた女の子だ。

 どちらにしろ、何年もかけてコツコツと重ねた結果だというのなら、今のアスカたちに即座に真似できることではない。


 フィフジャの目にも落胆の色が見える。

 運良く何かしら渡航の手段が見つからないかと思ったが、残念ながらハズレか。


「あなたたちは今回の出航で出ないの?」

「ちょっと兄とはぐれちゃって、そっちを見つけないとならないんだけど。ああ、銀色の魔獣を連れているはずなんだけど知らない?」


 もののついでに訊いてみるが、返事は空振りだった。

 それから少しだけ会話をして席を立った。



「またリゴベッテででも会えたらよろしくな」


 そう言ってアスカに笑いかけるミシュウを、もう一人の男が軽く小突きながら去っていった。



  ◆   ◇   ◆

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