ショートカット

チカチカ

1話完結

※参加しているサークルのお題に基づいて書いたショートショートです。



「ショートカット」


「今日はどうされます? いつものコース?」

 なじみの美容師さんがニコニコ笑顔で雑誌を渡しながら言う。

 いつものコース。

 シャンプーしてトリートメントして毛先をちょっとカットして、それでおしまい。

 この美容院に通うようになってから、ずっとそうだった。

 でも今日は違う。


「いえ。バッサリやっちゃってください」

 きっぱりと鏡越しに言い切る私に、彼女は目を丸くして驚いた表情を見せた。

「え、バッサリですか? いいんですか? だってずっと伸ばしてたのに・・・・・・バッサリってどれくらい?」

 無理もない。私の髪は肩の半分くらいまである、ロング。

 ここに通い始めた頃は肩先くらいで、そこからずっと「いつものコース」で髪を伸ばし続けていたのだから。

「そうですね、これくらいまで」

 私は手に持ったスマホの画面をタップして、出てきた画像を見せた。

「これは・・・・・・すごく切っちゃいますね」

「はい。すごく切っちゃいます」

 この美容師さんは、いちいち反応が素直でいい人で好きだ。だから彼女を指名し続けている。


 ごくり、と彼女は喉を鳴らし、そしてキリっとした顔を見せた。

「よし。やっちゃいますか」

「はい。やっちゃってください」

 彼女は腰に付けているバッグからハサミを取り出した。二人の間に緊張が走る。

「あ。すみません、まずはシャンプーからでした」

 なんじゃそりゃ、と思わず口に出してしまい、そして二人して笑ってしまった。


「ありがとうございました」

 出口の外まで出て、彼女は私を見送ってくれた。

 うーん。だいたい50センチくらいは切った。頭が軽い。首元がスースーする。

 こんな感覚は中学生以来かもしれない。

 

 美容院を出て歩き始め、ふと道に並ぶ店のガラス窓を見ると、知らない人が映っている。

 いやいや。私だ。

 うん。悪くないじゃない。ううん。いいじゃない。

 ふふっ、と笑いながら、足取りも軽くなってきた。


 あいつとの待ち合わせまで、後20分か。十分間に合う間に合う。ま、少しくらい遅れてもいいだろう。

 いつもは私が待ちぼうけをくらっているのだから。

 あいつはどんな反応をするだろう。きっと驚くだろうな。

 私は彼の顔を想像しながら、少し歩みを早めた。


 結局待ち合わせ場所には5分前に着いたけれど、案の定、彼はまだ来ていなかった。

 しょうがない、とため息をつきながら私は待つ。いつものように。

 

 そして、待ち合わせ時間から10分過ぎた頃、人混みの向こうに彼の顔を見つけた。

 遅い。

 私は彼に向かって手を振ったが、彼は訝しげな顔をしている。

「?」という表情を浮かべながら徐々に近づいてきた彼は、手を振っているのが私だとようやく気付いたようだ。


「おい、なんだよ、それ」

 険しい顔をしていつもより低い声で彼が言う。

「ショートカットだよ。似合うでしょ」

 彼の顔と声は無視して、私がそう言うと、

「は? 俺は長い髪が好きだって言ってたろ? 何勝手に切ってんだよ」

 と彼はイライラした声をあげた。

「だから何?」

 私が強い口調で言うと、え、と彼は戸惑った。

「あんたが長い髪が好きだから、だから何? 私が私の髪を好きに切って何が悪いの」

 え、お、おい、お前どうしたんだよ、とオロオロする彼を見て、なんだか笑えてきた。

 なんだ。

 相手が強気に出たら、こうなるんだ。

「私はね。「俺は遅くなるけどお前は5分前から待ってて当然だろ」って言われるのは嫌い。「俺は長い髪が好きなんだから、もっと伸ばせよな」って言われるのもうんざり。スカートをはけって言われるのもだいっ嫌い。他にもいっぱいあるけど、とりあえずこれだけは言っとく」

 一方的に捲し立てる私にびびったのか、彼はちょっと後ろに下がり気味になりながら、オロオロし続けた。


「それでも好きだったよ。今までありがとう。さよなら」

 彼に向かって軽く頭を下げ、そして私はくるり、と彼に背を向けて歩き始めた。

 え、ちょ、ちょっと待てよ、と彼の声が聞こえたが追いかけてくる様子はない。

 そうだろうな。やたらプライドが高い人だから、女を追いかけるなんてことはしないだろうと思った。


 歩きながら視界がぼんやりしてくるのを感じた。頬を何かが伝う。つい立ち止まってしまった。

 けれどかまわない。

 一緒にいて嬉しかったことも悲しかったことも、全部全部、髪と一緒にあの美容院に置いてきた、だからこれはただの残滓だ。


 さあ、ショートカットに似合う服を買いに行こう。ピアスの穴を開けるのもいいな。


 私は軽くなった頭を一撫でして、歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショートカット チカチカ @capricorn18birth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ