あした天気になあれ

トゥー舞

あした天気になあれ

 波が砂浜に押し寄せる音ばかりが響く。あとは木々の囁き声。人の気配なんて感じない、人間がみーんないなくなっちゃったみたいな中で私は一人、海を見てた。

 今日は二学期が始まってすぐの木曜日。本当なら学校で授業を受けてるはずなんだけど、気がついたら学校をサボってちょっと離れたとこにある砂浜に辿り着いていた。汚れてはいないけど、なんだか寂しい場所。


「なーんか、全部嫌になっちゃったなー」


 別に私は受験生で勉強が嫌だとか、学校でイジメられているだとか、そういうわけではない。ただ、なんとなく気が乗らなくてやけっぱちな気分になっているだけなのだ。


「友達とか先生は心配してるかもだけど……ま、いっか。普段はこっちのほうは来ないし、折角だから探索でもしよっと」


 私は立ち上がり、スカートについた砂を払い落とすと乗ってきた自転車は浜辺に置いたまま鞄とスマホを持って歩きだす。目的地なんてない。今はただ、この天気に反して晴れない気持ちをどうにかしたい。そう思っていた。


 砂浜から出て、少し歩くと寂れた田舎町に着く。2階建てで一階はお店になっている家が道路を挟んで軒を連ねている。殆どの店のシャッターは降りてて、開いてる店も店員さんが奥にいるのか、あまり活気は感じられない。昔は観光地だったのかもしれないけど、今となっては名残もほとんどなくて時代に置いていかれたって感じ。メインストリートを歩いた感じでは見るものもあまりなさそうだった。


「やっぱり制服は目立つのかなぁ。」


 自転車に乗ってるおじいさんとすれ違ったとき、おじいさんは奇妙なものでも見たかのように不思議そうにこっちを見ていた。


「まぁ、学生が平日のこの時間帯に出歩いてるなんておかしいもんね。」


 とはいえ、今から着替えに家まで戻る気にもなれず、適当にあたりを散策しているとだんだんとただ歩き回るのにも飽きてきて、目的が欲しくなってくる。


「そういえば、誰かが自販機の写真を取るのが趣味って言ってた気がする。」


 さっき歩いたときも自販機はやたらと目に写った。しかし、写真を撮るのはよくても、その誰かと同じように自販機を撮るのは影響されたみたいで嫌だった。


「んー、町の風景でも撮ろっかなー。でも、なんかなぁ。微妙な感じ。」


 とりあえずは風景を撮ることにしたが、あまりしっくりこない。何枚か写真を撮るうちに全体より部分。文字の掠れた看板だったり、色あせたポスターだったり、道路のひび割れ。そんなものばかりを撮るようになっていた。私は気まぐれで始めたこの写真撮影を気に入り始めていた。被写体を探しながら歩いていると、さっきは見どころがないと思った場所もなぜだか素敵な場所に思えてくる。


「フフッ。写真なんてめったに撮らないけど、やってみると楽しいもんだね。新しい趣味、見つけちゃったかな?」


 そんなことを独りごちながら歩いていると道の奥にかなり長そうな階段が見えてきた。近くにあった看板をみるに、どうやらこの上には神社があるらしい。

 せっかくだからと登ってみると、想像よりずっと長かったようで10分弱かかってなんとか神社の境内に辿り着いた。今この瞬間ほど普段運動していない自分を恨んだことはないだろう。

 神社は非常にこぢんまりとしていて、入り口に鳥居があるほかは拝殿とベンチくらいしか無かった。鳥居から拝殿までの距離も目と鼻の先といった程度。管理はされているのだろうがあまり参拝客はいなさそうだった。

 疲れ切っていた私はベンチ吸い込まれるように近づき、しばらく休憩を取ることにした。鞄から水筒を取り出し一口、二口とお茶を飲むうちにだんだんと心臓も落ち着いてくる。


「ここ、何を祀ってるんだろう。」


 拝殿の周囲には神社の説明をするようなものもなく、山の上に在ることから町を見守るなにかを祀ってるのかもと推測することしかできない。階段を登る前の看板にはもしかしたら書いていたのかもしれない。帰り際に確認しようと思いながら財布から5円を取り出して賽銭箱に投げ入れ、とりあえずのお参りをすませる。


「少ないかもだけど、勘弁してくださいっと。」


 神社では神様に対してお願い事をすることが多いが、本当は神様に対してお礼を言う場所だなんて話を聞いたこともある。本当かどうかは知らないが、神様もお願いされてばかりだと疲れそうだな、なんて益体のないことを考える。


 参拝の後に境内や拝殿の写真を撮り終えるとそろそろ良い時間だったので、私はベンチに座ってお弁当を広げ、いつも通りに玉子焼きから食べ始めた。食べてるものは同じでもいつもと違った場所で食べるご飯はなんだか新鮮に感じられた。

 ゆっくりと時間をかけてお弁当を食べ終わると、私は荷物をまとめて階段を降りて町の写真を再び撮り始めた。




 気がつくとあたりは淡いオレンジ色に染まっていて時間の流れが早く感じられた。仕事から帰ってきたり炊事をしていたりと動く人も朝に比べると増えてきていて、私も浜辺に戻って家に帰ることにした。スマホには友達やお母さんからの連絡通知がたくさん入っていた。


「帰ったらお母さんになんて言い訳しようかなぁ。めっちゃ怒ってるだろうなぁ。」


 なんの連絡もせずに学校をサボったのだから親には連絡が行っていて当然、説教の1つや2つは覚悟する必要があるだろう。けれども私の心は秋晴れの空のように高く澄み渡っていた。


「あーした天気になーれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あした天気になあれ トゥー舞 @Foxinthehenhouse

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ