第11話 ハイドマン・ステージ

「――――ハイジョする!!」


 ハイドマンの号令に合わせ、ドローンたちが銃火器を乱射する。

 機械による銃列は、十分な弾幕を形成した。


「イヤーッ!!」


 対するはヒールターン。

 手近な鉄扉を強引にもぎ取り、盾代わりにして弾幕を防ぐ。

 草也もその背に隠れ、やり過ごした。

 カンカンカン、弾丸が鉄扉を叩く音。死のノックだ。


「流石に数が多くないか!? なんか作戦とかは!?」

「アー!? 決まってんだろ、全員ブッ壊す!!」

「シンプルだなぁ!!」


 とにかく全員倒せば勝ちなのだ。真理である。

 問題は手段の方なのだが、要するに正面突破をやるつもりらしい。

 忍者特有のスペックに任せた蹂躙というわけだ。効率的と言えば効率的である。


「よし行くぜKサンよ! 覚悟はいいか!?」

「するしかないんだろ!!」

「正解!! イヤーッ!!」


 盾代わりの鉄扉を、正面方向に蹴り飛ばした。

 の字に歪んだ扉が吹き飛び、格闘型ロボットを破壊。

 同時にヒールターンが手中に生成したクナイを連続投擲し、ドローンを撃墜していく。

 クナイや手裏剣の生成は、ヒールターンや草也のようなソウル憑依型忍者にとっては基本技能らしい――草也はソニック・アーツがあるので、ほとんど練習はしていないが。

 当然、草也も風弾の乱打で加勢している。

 無限に、そして自由に繰り出せる飛び道具こそがソニック・アーツの強みだ。瞬く間に敵の数は減じていく。


「中々やるようだの! だが俺様のロボット軍団はそんなもんじゃあ倒せにゃあでよ! そら行けっ!」


 ゴーム博士の指示に従い、等身大の人型ロボット軍団とゲニンバチの群れが突撃を開始する。

 ハイドマンの姿は――――見当たらない。

 どこかに隠れているのか。潜む人ハイドマンの名の通りに。

 その間にも、ドローンたちの正確な射撃支援は続いている。

 突撃するロボットたちの隙間を縫うように。呆れた正確さだ。

 まさに機械の如く・・・・・正確に続く射撃を、草也たちはかわし、弾く。

 手甲ブレーサーで斜めに受けることで、弾丸は後方へと逸れていく。

 そうでなくとも、一陣の風と化すほどの素早さを駆使すれば回避は容易だ。

 問題は、それが波状攻撃であることで――――


「イヤーッ!!!」


 咆哮シャウト

 ギロチンめいたソニック・廻し蹴りが、やってくるロボットたちを一網打尽に切り裂く。

 生まれた隙に弾丸が飛来するも、これも空中でのソニック・ジャブの連打……それに伴う反動制御で空中回避! 同時にドローンを撃墜!


 ソニック・アーツには反動がある。

 至近距離で使えば己をも傷つけるほどの反動が。

 しかしあえてそれを利用することで、アクロバットに応用することも可能!

 これで一旦前方の数は――――否。殺気。

 どこから?

 背後。

 音もなく飛び掛かるはハイドマン。

 抜き放った忍者刀を唐竹割りに振りかぶって、


「イヤーッ!!」


 迎撃するはヒールターン。

 軽く引いた足を軸にして、滑るような高速反転。

 踊るように向きを変え、忍者刀の一撃を手甲ブレーサーで受ける。

 ニィ。

 サメのような笑みが浮かんだ。


「見えてんだよ、ハイドマンサン……ッ!」

「イヤーッ!!」


 そのままバク宙で距離を取らんとするハイドマンに、ソニック・チョップによる追撃。

 床を削りながら飛んでいく風の刃は、しかし忍者刀のひと振りで相殺される。

 同時にハイドマンが繰り出す肉厚な手裏剣の投擲。

 それらは正確に草也とヒールターンを狙っている。


「「イヤーッ!!」」


 揃ってブリッジ回避!

 シンクロにも似て同調した動作での回避。起き上がりも同時だ。

 その瞬間には、既にハイドマンはまたいずこかへと隠れ潜んでしまっている。

 極めて忍者らしい、隠密奇襲殺法。


「厄介だな……!」

「コソコソしやが――頭下げろッ!!!」

「っ!!」


 ヒールターンが飛ばす忠告に従い、その場に伏せる。

 入れ違いに頭上を通過する、肉厚の手裏剣――――後ろから来た。先ほどハイドマンが投擲したものだ。

 背後を見ても、そこにハイドマンの姿はない。


「……アー、戻って来るわけだ。ブーメランみてーによ」


 分析している間にも、雑兵はなだれ込んでくる。

 ヒールターンは乱雑に一体のゲニンバチを掴み、ヌンチャクのように振り回して他の雑兵を攻撃し始めた。 

 再度ドローンが銃列を形成するのなら、ゲニンバチを盾にクナイによる反撃を行う。

 圧倒的な膂力と、それを裏打ちするテクニック……ヒールターンは、まぎれもない強者である。


 それでもなお、やはり敵の数が多い。

 ドローン連中は粗方片付いたか、数が減った故に慎重な行動に切り替えたか、銃撃は減って来た。

 その分雑兵たちが容赦なくなだれ込むようになり、そして時折、ロボットやゲニンバチの隙間から肉厚の手裏剣が飛来しては戻っていく。

 雑兵連中はどうとでもなるが、ハイドマンが繰り出すこの手裏剣は十分に危険な脅威だ。用心しながら数を減らす。


 視界の端で、ヒールターンがロボットの打撃を無視して殴り抜け、ゲニンバチの繰り出す斬撃を筋肉で受け止めながらベアハッグで真っ二つにする光景が見えた。

 恐ろしいパワーだ。

 彼女はそのパワーとタフネスで以て、強引な戦闘を可能にしている。


 草也はそうはいかない。

 ロボットが繰り出すパンチを紙一重でかわして潜り込み、軽い裏拳を頭部に入れて隙を作ってからフックで吹き飛ばす。その隙に背後から迫るロボットを背面体当たりたる鉄山靠てつざんこうで迎撃した後、そのままソニック・前蹴りでゲニンバチの顔面を射貫く。このように。

 強引な戦闘はできない。

 ひとつずつ、丁寧に相手の攻撃を処理して対応する他はない。


 ――――トン、と二人の背中と背中がぶつかる。。


「チェンジ!」

「りょ、了解!」


 その背中を軸に、ぐるり向きを入れ替える。

 タフなヒールターンを倒すべく大ぶりな攻撃を仕掛けていたゲニンバチを素早い延髄蹴りで倒す。

 素早い草也を倒すべく三体同時に迫って来ていたロボットをヒールターンはまとめて押し潰した。


「ハッ! 案外連携できてんじゃねーの!」

「ならいいんだけどね!」


 それでもまだ、数はいる。

 しびれを切らすように、ヒールターンは舌打ちした。


「めんどくせぇ……着地準備しとけ!」

「なにするの、って聞くまでもなさそうだなぁ!!」


 言い出した時点で、ヒールターンは大きく右足を持ち上げていた。

 180度開脚し天を衝く足が、勢いよく振り下ろされ――――剛力のストンピングに廃ビルの廊下などが耐えきれるはずもなく。

 崩落。

 床が破壊され、全てが下の階へと落ちていく。


「もう一発!! イヤーッ!!!」

「うおお!?」


 着地の瞬間に次の階の床も殴りつけ、また破壊!

 さらなる落下が全員を襲う!


「もう一発!! イヤーッ!!!」

「うおお!?」


 着地の瞬間に次の階の床も殴りつけ、また破壊!

 さらなる落下が全員を襲う!


「もう一発!! イヤーッ!!!」

「うおお!?」


 着地の瞬間に次の階の床も殴りつけ、また破壊!

 さらなる落下が全員を襲う!


「もう一発!! イヤーッ!!!」

「うおお!?」


 着地の瞬間に次の階の床も殴りつけ、また破壊!

 さらなる落下が全員を襲う!


 ――――都合五階分の落下!

 当然そんな大規模な落下、それも床やら何やらが瓦礫となって降り注ぐ中でのそれに耐えられる雑兵はおらず、その大半が受け身を取ることも無く床に叩き付けられてぐしゃりとぐしゃりと潰れていく。

 下手人であるヒールターンはズンと音をたてながらも問題なく着地。タフネスが違うらしい。

 草也も、


「イヤーッ!!」


 着地の寸前に風圧を繰り出し、速度を和らげてどうにか着地した。

 間髪入れずに上から降り注ぐ瓦礫をかわしつつ、だが。


「無理するなぁもう!!」

「ダハハ!! でも数は減ったろうが!!!」

「そうだけど!!」


 実際、これで大分数は減った。

 雑兵の数が減れば、あとはハイドマンとの決戦に集中できる。

 ハイドマンの隠密能力は乱戦でこそ輝くものであって、2対1の状況を作り出せるのならそこまで重大な脅威ではないのだ。

 もうもうと立ち込める砂煙を、草也は軽い風圧を起こして払っていく。

 すぐに視界が開け――――視界の端、地面を滑って休息接近してくる人影。


「っ、下だッ!!」

「ハイジョ……!!!」


 無論、ハイドマンだ。

 いかなる神秘か、滑るようなスライディングによる高速移動。

 意識が下へと向く。

 その瞬間には、ハイドマンは上空高く跳躍。

 マズい。

 そのスピードに、一瞬対応が間に合わない。


「人間、ハイジョ……!!」


 迫る手裏剣。

 首をひねってかわすが、こめかみを刃が掠めた。飛び散る鮮血。

 傷は浅いが、待て、この手裏剣は。

 素早く横に倒れ込まんばかりの勢いで跳びのけば、やはり戻って来た・・・・・手裏剣が草也がいた場所を通過していた。

 危なかった。

 常にこの仕様を頭に入れておかねば、背後からの手裏剣で命を落とすわけだ。

 高速移動と隠密行動に対応しつつ、二段階の攻撃を一手で行う手裏剣を対処し、並行して行動するハイドマンにも注意を割かなければならない。

 なるほど、強敵である。

 音もなく着地したハイドマンに、猛然とヒールターンが躍りかかる。


「イヤーッ!!」


 巨体から繰り出される右ストレート。

 ハイドマンは再びスライディングでヒールターンの股の間を抜けると、背後から忍者刀の斬撃を見舞う。危うし。否。

 瞬く間にヒールターンは滑るような反転を見せ、斬撃を防御する。

 金属音。

 ハイドマンが跳び退く。

 壁に張り付いて手裏剣を投げ、また闇の中へと消えていく。


「クソッ、埒があかねぇ!」

「素早いな……!」


 また、草也とヒールターンは背中合わせに構えた。

 180度の視界範囲をぴたりくっつけて、全方位を警戒する体勢。

 次はどこから来るのか。

 来るとして、どのように来るのか。

 このまま受け手に回り続けるのもよくないが、さりとて姿が見えぬ以上はどうしようもない。

 攻めあぐねているところに、ハイドマンの声が響く。

 どこから、というのは判別がつかなかった。

 それもハイドマンが元々持つ能力、もとい機能なのかもしれない。


「すまぬ……! 拙者はもう、体の自由が効かんのでござる……!!」

「チッ……元気な囚人だぜ」

「殺してくれっ……!! 拙者は、拙者の刃はいずれ友にも向けられるだろう……それはあまりに耐えがた、がた、が、ガガッ、ハイジョ――――人間、ハイジョ」

「…………悪趣味だな、ほんとに……」


 ちり、ちり。

 草也の胸中に、燻る感情があった。


 ハイドマン。

 いい奴だ、とレンブラントは言っていた。

 きっとそうなのだろう。

 ハイドマンは、助けてくれとは言わなかった。

 ただ、殺してくれ、と。

 友に刃を向ける前に、ここで終わらせてくれと、彼は言った。

 彼はいい奴なのだ。

 敵に負けて捕まって、体の自由を奪われて、尖兵に仕立て上げられて。

 悔しいだろう。

 口惜しいだろう。

 腹が立つはずだろう。

 それでも彼は、己のことは二の次で、友のことばかりを考えている。

 意識を完全に乗っ取られる、その瀬戸際で。


 それが哀しくて――――――――腹が立った。

 こんなにいい奴が、こんなにひどい目にあっているということに。


 草也の脳裏で、忍者に殺された時の記憶がフラッシュバックする。

 理不尽に殺されていく、草也の家族の記憶が。

 心の中で、鬼の面が嘲笑を浮かべていた。やめろ。

 宙に浮かぶ鉄仮面が、そのイメージに重なった。

 ……許せなかった。

 善良と平凡を踏みにじる、邪悪な忍者のことが。


 ふつふつ、ふつふつ、ちりちり。

 炎のように――――あるいは嵐のように、胸の内で何かが渦巻いていた。


「…………Kサン。アタイに考えがある。聞くか?」

「…………聞く。なに?」

「アタイがハイドマンサンを抑える。オマエが仕留めろ。OK?」

「……わかった。やってみる」


 簡易な作戦会議。

 だが、やってみるしかあるまい。

 決めた瞬間、ハイドマンが飛び出す。


「ハイジョ……!!」


 再びの高速スライディング。方向は草也の方から。


「チェンジ!!」

「了解!!」


 それをまた、背中合わせの反転で受け持ち役を切り替える。

 受けて立つはヒールターン。

 反転と同時、クナイを力一杯に投げつける。


「ハイジョッ!!」


 跳躍による回避。

 背中まで地につけようかというスライディング体勢から、これほどスムーズな跳躍を行う身体能力にはもはや呆れる他はない。

 そのまま空中からの二連手裏剣投擲が。向かう先はヒールターン。

 彼女は腕をクロスし、正面から受けて立った。

 筋肉の鎧が手裏剣の刃を阻むも、突き立ったそれは見るからに痛々しく。

 さらに言えば防御に専念したこの構えは、空中のハイドマンからしても見るからに隙だらけで。


「ニ、人間は、皆殺し、だッ!!」


 上空から落下の勢いを乗せて、忍者刀による刺突。

 いかにヒールターンが筋肉の鎧に包まれた異常巨体の忍者と言えど、これが直撃すれば無傷というわけにはいかない。

 しかし彼女は回避の素振りすら見せず、真っ向からそれを受け止めんとしているではないか!


「殺、ハイ、だ、よ、避けろ、ヒールターン……ッ!!」

「ヘッ……避けやしねぇ、よッ!!!」


 刀の切っ先が、ヒールターンの顔面を貫く――――――――




「――――――――――――真剣白刃取りひんへんひははほひってなっへあ




 ――――果たして彼女は切っ先を、噛みつき・・・・によって捕えている。

 常軌を逸した咬合力。

 あるいはそれを実行する胆力をこそ、超常であると呼ぶべきか。

 サメのような笑みを浮かべた口は、咥えた刀をビクとも動かさぬ。

 ハイドマンの動きが止まる。

 刀を捨てて離れるか、このまま押し合いトドメを刺すか。

 一瞬、判断が遅れた。

 冷静に考えれば離れるべき状況ではあったが。

 それでも迷ってしまったのは――――彼があらゆる可能性を一度は検討して判断する、ロボットであるが故なのか。


 この時すでに草也は距離を取り、壁際まで移動している。



「……ごめんな、ハイドマン」



 壁を蹴る。

 三角飛びの要領での跳躍。

 平常より少々高く跳び上がり、草也はハイドマンより上を取る。

 ハイドマンは動いていない。

 回避は間に合わない。

 ソニック・アーツは使えない。

 使えばヒールターンを巻き込むだろう。 

 だから。

 ならば。

 空中を蹴る。

 風の衝撃波による加速。

 空気の層を蹴り、風圧の反動で加速する移動法。

 猛禽にも似た急加速。

 狙いはしっかりと、ハイドマンを目掛けて。

 ハイドマンが気付いた。

 回避行動を取ろうとしている。

 もう遅い。

 それよりも、草也の方が速い。




「――――――――――――――――イィィィィヤァァァァァァァァァァーーーーーーッ!!!!!」




 繰り出した技は、首を刎ねる跳び蹴り――――狙い過たず蹴り足はハイドマンの首を捉え、金属のそれをへし折り吹き飛ばした。

 電撃を浴びたようにハイドマンの胴がビクリと跳ね、動きを止める。ヒールターンが首の力のみでそれを打ち捨てた。

 吹き飛んだ首がきりもみに回転しながら、バチバチと放電し――――



「――――感謝、する」



 ただ一言、電子音声が短く再生されて。

 忍者型ドロイドハイドマンのボディは、爆発四散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る