第10話 ゴーム博士の強襲

 ――――アシュラ・リッキーとの戦いから、かれこれ数日が経過していた。


「そういえばさ。二人はどうして船守さんに協力してるの?」


 草也たちの生活は、以前と特に変わらない。

 あの後、船守に深い事情を聞くわけにもいかず。

 船守の方からも、特になにかあるというわけでもなく。

 変わらず鍛錬を続ける生活の中で、ふと草也が切り出したのがこの話題だった。

 船守が丁度席を外していて、気になっていたことを聞くのに都合が良かったというだけのことだが。


「はい? なんでって言うと……」

「いや、なんか、船守さんってさ。立場悪いっていうか……ニンジャイーターに狙われてるわけでしょ? つまり危ないってことだ。かなりね。その上で協力してるの、なんでなのかなぁって」

「アー。まぁ、そうだな。そらそうだ。気になるかフツー」


 巻き込まれた立場の草也とは違い、彼女たちは自ら協力を選んだ理由があるはずである。

 ……いや、彼女たちも巻き込まれたという可能性もあるが。

 キョトンとした紅葉よりも先に、やや億劫そうに頭を掻きながら答えたのはヒールターン。


「アタイは金だよ。金。船守サンは金払いが良くてな。雇われのボディガード。ビジネスってやつだ」

「さっぱりしてるなぁ」

「金で命賭けてんだ。相当お優しい人間だぜ、アタイは」


 特に否定する言葉はない。

 金で雇われている人間は、報酬が適正である限りは信用できる。

 大きな死のリスクに釣り合う報酬となると、額も相当なものになるのだろうが……その上で“金払いがいい”と言うのだから、かなりの額を貰っていると見るべきだろう。

 船守はどこからその資金を確保しているのだろうか。

 案外、ニンジャイーターの屋敷から逃げ出す時に財宝をちょろまかしてきたとか、そういう話なのかもしれないが。


「金はいいぜェ、金は。目に見える評価値だからな。自分に値段をつけて売るのは結構楽しいのよ」

「……自分磨きのゴール地点というか。承認欲求の満たし方としてはかなり正当な奴だね」

「そーいうこった。だいたい、理由もなしに手伝いますって方がオカシイだろ?」


 情緒もへったくれもないが、それだけに納得できる理由であった。

 納得できる答えを得たので、自然と視線はもうひとり――――紅葉の方へと向く。その胸は豊満であった。

 紅葉は……どうも質問と会話の意味をはかりかねているらしく、よくわかっていない顔をしている。


「……紅葉ちゃんは、どうして船守さんと一緒に戦ってるの?」


 仕方がないので改めて正面から聞いてみれば、紅葉はなぜそんなことを聞かれるのかわからない、という顔で、



「なんでって……お友達ですから!」



 と、答えた。

 迷いも疑問も無い、さも当然のような口ぶりだった。


「………………えっ、それだけ?」

「はい! ……あれ。あたし変なこと言いました?」

「変……では、ないんだけど。ごめん。ちょっとビックリした」

「いや変だろ。頭とかよ。どーなってんだこいつのお花畑っぷりはよ。信じらんねーよアタイ」


 友達。

 …………友達だから、命を懸けて助ける。

 それは当たり前と言えば当たり前のことに思えたし、そうでないと言えばそうでないように思えた。

 軽いと見るか、重いと見るか。

 いずれにせよ、シンプルな理由だ。シンプル過ぎるほどに。


「……ちなみに紅葉ちゃんと船守さんは、どういう経緯で友達になったの」

「えーっと…………………なんででしたっけ?」

なんででしたっけ・・・・・・・・!?」


 あまつさえ!

 紅葉は、覚えていない・・・・・・と言うのだ!

 命を懸けるに足る友人になった、その経緯を!

 これには流石の草也も度肝を抜かれた。恐ろしいことである。


「いやこう、友達になった切っ掛けーって、あるほうが少なくないですか?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「あっ、最初に会った時のことは覚えてますよ! マーリンさんのお店で、隣の席になったんです! そこでお話ししたのが最初ですね! そこから仲良くなって……あ、これが友達になった切っ掛けってことになりますね?」

「うわーいほんとになんてことなさそう」


 頭がくらくらしてきた。

 ヒールターンは呆れ顔だった。

 というかもう半分ぐらいは蔑んだ視線だった。

 金のやり取りという確固たる利益の保証で繋がっているヒールターンにとって、あまりにも打算からは程遠い無償の友愛から命を懸けるというのは、思いもよらない馬鹿馬鹿しいことなのだろう。草也からしても、常識外れの判断基準であるように思う。

 あるいは忍者という、死と裏切りが身近な環境にあって――――そうであるからこそ、友情という不確かなものを重く考えているのかもしれないが。

 ……紅葉の言動からはそのような雰囲気はあまり感じられず、やはり単純に能天気なだけにも思えた。


「…………ま、人が命懸ける理由なんざ十人十色だわな。コイツはマジにお花畑だが」

「えー。そんなに変ですかね? 普通のことだと思いますけど」

「それはそれですごいことだとは思うけどね、僕は……」


 ただ巻き込まれ、理由すらおぼつかないまま一緒にいる草也からすれば、それも立派な理由ではあった。もちろん草也は草也で、色々考えてはいるのだが。

 先日アシュラ・リッキーと戦うことを選んだのもまた草也自身なのだ。


 五右衛門との会話を思い出す。

 命の危険に、わざわざ己を晒す理由。

 ヒールターンは金のために命を掛け金にした。

 五右衛門はそれらに、己の自由と命を掛け金にするだけの価値がないと判断した。

 レンブラントは人と足並みを揃えるのがそもそも苦手なのだという。

 紅葉はただ、船守が友人であるから命を賭している。


 母の仇、という船守の言葉が引っかかっていた。

 あの、憎悪と怒りに満ちた表情も。

 人の理由を聞くことで、自分の理由まとめることができるかもしれないと思ったが、さてどうにも……


「――――――――失礼、危急の事態が……はて、どうかされましたか?」


 そんなことを考えていれば、当人たる船守が現れる。

 いいタイミングというか、悪いタイミングというか。

 話のタネにでもするかとも思ったが、真剣な船守の表情を見れば、どうにも冗談を言い合えるような場合ではないらしい。背筋を伸ばし、スイッチを切り替える。


「いや、なんでもない。危急の事態って?」

「拠点の位置が敵方にバレました。ここを出ます」

「アー? ブッダファック! マジかよ。まーここにも結構いたしな。そろそろ見つかる頃合いか!」


 拠点の位置がバレた、ということは――――当然、襲撃が来るということ。

 何故、とはいちいち聞きはすまい。

 いずれバレる可能性のあったものが、今バレたというだけの話だからだ。

 雑談に興じていた紅葉もヒールターンも、一瞬で熟達した忍者の顔になる。

 ピリ、と伝搬する緊張感。

 切り替わったのだ。

 今ここから、彼らは世界を戦場と認識する。


「逃げます? 迎え撃ちます?」

「二手に分かれましょう。私と紅葉様はこのまま逃げますので、ヒールターン様とK様はここで敵を迎え撃ってください。我々が離れるまでの時を稼いでいただければ、そのまま退いてしまって構いません」

「あっちの本命は船守サンだしなァ。貰ってる給料の分ぐらいは働くか」

「わかった。合流は?」

「落ち着いた頃合いを見計らって合図を入れます。ヒールターン様、お願いしますね」

「アイ、アイ、喜んで。敵の数はどんなもんだ?」

「不明です。が、単騎ではないでしょう。御用心を」

「まっかせてください! 船守さんはあたしが守りますよっ!」

「ふふ、頼もしいですね」


 ぽよん、と紅葉が胸を叩いた。でっか。

 ……と、そんなことに気を取られている場合ではない。

 概ねの作戦は決まった。

 ならばここでじっとしている理由も無い。言葉を交わさずとも、四人の心は同じだった。


 草也が鬼の面を被る。 

 紅葉が踊り子風の装束に変身する。

 そもそも忍者装束を身に着けていた船守も手袋をはめ直し、ヒールターンも拳を握り固めた。


「……ではお二方、お気をつけて」

「ああ。そっちも気を付けてね」


 その言葉を残したきり、二人は素早くこの場を去っていく。

 後に残されたのはヒールターンと草也のみ。

 顔を見合わせる。

 お互いに仮面……面頬越しに視線を交わし、頷く。


「さァて……派手にやるぜ、Kサン。アタイたちは囮だからな」

「わかってる。って言っても、どうしたら……」

「アー? だーからよ。派手にやりゃあいいんだよ。どーせここは破棄するんだしよォ」


 そう言うと、ヒールターンはゆらりと手近な壁まで近づき――――


「イヤーッ!!!」


 ――――槍めいたキックで破壊貫通!

 轟音と衝撃が周辺に襲い掛かり、ヒールターンはブチ抜いた壁の反対側までひょいと飛び越える。情け容赦ない破壊ぶりだ。


「……こーやってデケェ音立てて正面から出てきゃあいーんだよ。オラ行くぞ!」

「…………いいんだけどね。廃ビルだし……」


 ズガン、ドゴン、ゴシャア。

 解体工事の如く部屋の壁がブチ抜かれていき、道が作られていく。

 どうせ所有者も居住者もいない廃ビルではあるが、もちろん自分のものというわけでもない。

 それを景気よく壊していく光景は、ある種の爽快感があると共に罪悪感もあった。


「ダハハハハハ!! イヤーッ!! イヤーッ!!!」

「これ完全に楽しくなってきてるねぇヒールターンさん」


 ……まぁ、物を破壊するという行動が楽しいという感情は草也も否定しない。

 パンチングマシーンやサンドバッグの例を挙げるまでもなく、気兼ねのない暴力というものには快楽が付きまとうのである。

 なので周辺を警戒しつつ、その背を追ってついていく。

 これだけ派手に騒音をたてながら移動すれば、当然敵も居場所に気付いているはずだが――――


「――――――――イヤーッ!!」


 瞬間。

 廊下の曲がり角に向け、草也はソニック・チョップを繰り出す。

 びゅおうと風の刃が飛んでいき――――着弾。

 曲がり角からこちらを狙っていた、武装ドローンが爆散する。火器を積んでいた。


「おっ、やっと来たか?」

「……ドローン。一体だけってことはないよなぁ、これ」

「ったりめぇだろ。ほぉらおいでなすった!」


 それを皮切りに、続々と新手が登場する。

 スイ、スイと移動しながら火器でこちらを狙う飛行ドローン。

 白い装甲に覆われた格闘ロボット。

 それから、蜂めいた頭部のゲニンバチ。


「ゲニ!」「ゲニゲニ!!」

「ゲニンバチがいるってことはリッキーの野郎が噛んでるんだろうが……ロボット軍団もいるとなると、リッキー単騎でもねぇな」


 包囲されている。

 これだけ派手に移動したのだから、当然ではあるのだが。

 四方八方から銃口が二人を狙っている。

 草也とヒールターンは背中合わせに構え、油断なく敵を見渡した。

 大物はいない。

 この程度の雑魚の群れなら、なんとでもなりそうではあるが。

 まさかこれだけで終わるはずもあるまい……そう考えた矢先、草也の前で浮かび上がるものがあった。



「へっへっへ……なぁんだ。見たところ、船守はおらんようだの!」



 宙に浮かぶ、鉄仮面――――胴体はなく、仮面だけが空中に浮かんでいる。


「イヤーッ!!!」


 先手必勝のソニック・アッパー!

 風弾が宙に浮かぶ鉄仮面を直撃……しない!

 風弾は鉄仮面をすり抜け、天井に着弾して破壊するに留まった。


「なっ……!」

「へへへ馬鹿だなァおみゃあはよ! こいつは俺様が魔法で生み出した幻覚だで! ホログラムだで! おみゃあのその、風をピューっと飛ばすしょーもにゃあ忍法なんか、これっぽっちも当たらにゃあでよ! わかったか! えっ!」


 鉄仮面の男が哄笑する。 

 ……それはどこか草也の中の、鬼の面の忍者を想起させた。

 芽生える苛立ちを抑え、キッと鉄仮面を見据える。

 少なくとも、味方ではあるまい。

 ――――その横で、ヒールターンが電撃的速度でのお辞儀を繰り出した。


「どーも、ヒールターンです」

「……っと。どーも、Kです……仮名だけど」


 挨拶は大事だ。ヒールターンの言葉である。

 彼女はまた電撃的な速度で上体を起こすと、挑発的な笑みを浮かべた。


「アー、アー、そういうわけで、そっちの名前も教えてくれよ、鉄面頬のおっちゃんよ。呼ぶ名前がわからねぇと不便だし、挨拶を返さないのは失礼だろ?」

「聞きてゃぁのけ? なら答えたるわ。俺はDr.ゴームゴーム博士だよ! ニンジャイーター様に仕える忠実な『六道衆』のひとりにして、おみゃあらを始末したる最強の宇宙忍者様っちゅうわけだな。わはははは!」


 宇宙忍者――――また胡乱な言葉が出てきたが、それは飲み込む。

 ファンタジー世界の忍者も特撮世界の忍者怪人もいるのだ。宇宙の忍者ぐらいはいてしかるべきだろう。

 同時に魔法という言葉も、自然と飲み込めた。既にマーリンに会っていたからだ。

 あの時マーリンの店に行って慣らした・・・・意味は、確かにあったのだろう。内心で船守に感謝する。


「……幻覚って言ってたけど、お前自身は戦わないのか?」

「そうだ! 今回は俺様が作った新技術を、おみゃあさんらで試したろうと思ってやってきたんだな。へっへっへどえりゃあ兵器なんだぞこいつはよ」


 このひょうきんで間の抜けた訛り声は、草也から緊張感を奪いそうになるが……それは、気を確かに持つ。

 要するにこいつは司令役……否、軍団を用意する科学者なのだ。

 だから自分では戦わず、自分の発明品に戦わせようとしている。

 完全に安全だと決めつけるのもよくないが、少なくとも他に大きな脅威があるということである。


「よぉし紹介したる! おみゃあら目ん玉ひん剥いてよぉ見とれよ!」


 なおも哄笑する鉄仮面、もといゴーム博士がすぅと移動する。

 その先にいるのは――――いかにも古典的な、深紫の装束を身に着け忍者刀を背負った忍者……否!

 これは装束ではなく、装甲だ!

 忍者の形をした、ロボットなのだ!


「忍者のロボットか……!」

「たわけぇ、そんな簡単なもんと思っとったらかんでよ! 俺様の新発明はおみゃあ、もっとどえりゃあもんだで!」

「……っ、オマエまさか、ハイドマンサンか!?」


 ハイドマン――――そう呼ばれたロボットが忍者刀に手をかけ、静かに抜刀する。

 顔を上げる。 

 線香にも似た赤い光が、眼球パーツの奥で光っていた。

 その名前には聞き覚えがあった。

 確か……五右衛門とレンブラントが話題に出していたはず。

 いい奴だ、と二人は言っていたが。


「……ヒールターンさん、知り合いかい?」

「顔見知り程度だけどな……どうしたハイドマンサン! 真面目なアンタがニンジャイーターの味方かよ!?」

「……ジョ……て……れ……」


 ……様子がおかしい。

 ハイドマンは、どこかぎこちのない動きで忙しなくアイカメラを動かしている。

 なにかを探しているような。

 あるいは、なにかに抗っているような。そんな動き。


「アー? なに言ってンのかわかんねーぞテメー!!」

「……ジョする……ジョ……て……者を……」


 うわごとのような呟き。

 それを見て、ゴーム博士は愉快そうに笑っていた。


「ハイジョ……する……人間は……全て……排除……」

「……待ってくれヒールターンさん、なんか様子が……」

「人間、ハイジョ……ハイ……拙者は……して、くれ……」

「――――――――っ」


 気付いた。

 先に気付いたのは、草也だった。

 一拍遅れて、ヒールターンも。


「拙者はもう、駄目だ……殺してくれヒールターン……!! ころ、ハイジョ、ハイジョする、人間、ハイジョ、否、拙者は、ハイジョ……」


 ――――洗脳されている。

 人間を殺す衝動プログラムを植え付けられ、尖兵に仕立て上げられている。

 だというのに――――残っている。

 ハイドマンの自我が、まだ。


「へっへっへ……どうだ俺様の発明はよ! 特殊な電磁波を相手に浴びせかけて操ることができる、洗脳装置を作ったんだな俺様はな! 今は機械の忍者にしか効きゃあせんが、まー人間も所詮は電気信号で動くもんだからよ。ゆくゆくは人間もピカッとやって俺様の操り人形にしたるでよ! 楽しみにしとるがええわ!!」

「テメェ……ッ!!」


 ハイドマンが、忍者刀を構える。

 支援するように、他のドローンやロボットがその周囲で構えた。

 ハイドマン率いるロボット軍団――――言ってしまえば、それだけの敵。

 しかしおぞましきは、ゴーム博士の洗脳装置。

 善良な忍者を、善き隣人を洗脳して尖兵へと変える、凶悪な頭脳の結晶!


「言うとくがおみゃあら、こいつを元に戻そうったって無駄な話だ。万が一電磁波の影響がのーなっても、即座に爆発するように仕掛けがされとるからな!」


 ……やるしかない。

 どうせ草也にとっては知らぬ相手だ。

 しかし、元は悪党ではないのだと、聞いてしまっている。

 それが僅かに心に影を落とし――――しかし、結局はやるしかないということを頭で理解している。

 ヒールターンも同じなのだろう。あるいは草也以上か。

 苦々しく悪態をつきながらも、握る拳に陰りはなく。


「さぁ行こみゃあハイドマン! 俺様の発明の成果を見せてちょ!」

「こいつ、ろくでもねぇ……!!」

「人間を、ハイ、否、拙者を、殺せ、ヒールターン……!!」

「上等……かかってこいやぁ!!!」


 咆哮。

 戦いが、始まる。

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