第10話鼓動が
『もう、疲れたなぁ…』
「へぇ…向いてないんじゃない?この仕事」
カウンターで項垂れている私に少し冷たくナナセは言い放つ。嫌なお客さんに当たってしまう事もあるんだ。少しくらい心の声が吐露してしまう事もある。
お金は稼げるが心を削る…その毎日に私は少し疲れていた。
いつの間にか仕事が終わると一緒に呑む仲になってしまったこの怪物は、優しい言葉をかけるでもなく毎回冷たく突き放してくる。
私も、こんな言い方されて何でこの子と一緒に呑んでいるのだろう?と毎回思う。
「どうでもいい男のちんこ咥え込むくらいで一々そんなに消耗していたらアンタ、ホントに潰れちゃうよ?それでお金貰えるんだから別に良いじゃない。」
『分かってるし。』
「何?まだ引き摺ってんの?自宅の常連さん。私達の商売なんて安くないし、それこそ素人さんでいい女いたらそっちに靡かれるんだから…もう忘れなって。何ヶ月も呼ばないってそーゆー事でしょ」
『分かってるし。』
あの時…彼は私に声をかけなかった…。
たまたま繁華街を歩いていたら彼がいたんだ。
目の前に…気づかないフリをした。
ドラマチックな展開に期待したんだと思う。
視線は私に向けながら彼は私に声をかける事をしなかった…あの時ほど胸の奥が痛いと思った事はないだろう。
少なからず好意を抱いていた。とても優しい語り口、乱暴な所作もない。気遣いをしてくれる。何よりもとても私を笑わせてくれた…でも所詮は自分の身体を売り物にしている私だ。
私は彼を良い思い出としてずっと覚えていよう。
静かな決心をして、また私は春を売る…
「マリアさーん、ご指名です!」
うるさい。いちいち電話越しで大きな声を出さないでよ…疲れているの。
昨日は少し飲み過ぎてしまった…
『はーい。準備するので少し待って下さい。』
「久々にあの自宅のお客さんですよー♪」
どうしてだろう…心臓の鼓動がとても大きく聞こえる。
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