第8話今は未だ

「あぁ〜…これだったら新品買った方が良いかも知れないよ?」

(だろうな。)

「いや〜…昔から大事にしてるから何とかしたいんですよね〜。」

(どこのメーカーかも分からない安物量産品…潮時だと思うぞ。)

「大事にしているのは分かるけど、同じお金出すならちょっと足すだけでエピフォンとかグレコとかアイバニーズとか買えるけど…」

(店主がこう言っているんだ。諦めろ。)

「手がかかる子ほど可愛いって言うじゃないですか〜w何とかしてやってくださいよ。」

(気持ちは嬉しいが、お前にそれを言われると無性に腹が立つな…)

「まぁ、あきちゃんがそう言うなら出来る限りリペアするけどさ…この状態だといつまで保つか分かんないよ?」

繁華街にある小さな街の楽器屋さん。僕がこの街に引っ越してきてからずっとお世話になっている。

オーナーの丸さんはいつも少し迷惑そうな顔をしながらも色々な相談に乗ってくれたり、話をしてくれる。

何気にとても面倒見が良い人だ。腕も良い。この人に任せておけばオールオッケーだろうとすら思ってしまう。

「それじゃ、コイツの事ヨロシクお願いします!」

全ての人のお手本になれる様なお辞儀をして僕はお店を出たんだ。

暫くはマリアさんと遊ぶ事もできないだろうなぁー…と少し寂びつく自分の気持ちを可笑しく思ってしまった。

街は少しずつイルミネーションに彩られて行き、キラキラと眩い光を増していく。

そんな街並みを見ながら、

「一体、僕は何をやっているんだろうなぁ〜…」

不意に口から出た一言を遮る様に香りがしたんだ。

何だか、とても落ち着く…僕から冷静さを奪っていく香りが。

振り返るとマリアさんがそこに居た。こちらには気づいていない…

声を掛けてしまいそうだったんだ。

ふと思う…今、話しかけて何の話をするつもりだ?連絡先でも聞くのか?その先は?自分の事はどうだ?そんな余裕があるのか?

……

………

お互いプライベートだろう。きっと、僕はこの人が好きなんだと思う。

今、声を掛けて偶然の流れで繋がれたとして…

いや…今は未だ僕はこの人を好きになる資格はない…好意を寄せてもらえる基準の人間ではない。

今は未だ僕に気づかずに去っていく彼女を目で追う事しか出来なかった。

遠ざかっていく姿を今は未だ見送る事しか出来なかったんだ。

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