第5話もう、きっと…

『何もしてこなかった…』

帰りに階段を降りている私は思わず呟いてしまった。

思えばずっと気にかけてくれていたんだと思う。

寒くないか。喉は乾いていないか。お腹は空いていないか。

いやいや、余計なお世話だし!もてなしでどうすんのよ!

ちょっぴりズレた人だったけど優しそうな人だったなぁー…

こんな仕事をしていると周りの男達なんて、それなりにヤンチャな奴や悪い奴の比率が多い。

またに、こんなお客さんが居ると少しだけ心が揺らいでしまう…

私は春を売る…心を閉ざし、笑顔の仮面を貼り付けて、男達の顔をお札の偉人に脳内変換すればなんて事はない。

慣れてしまえば普通の仕事がバカらしくなってくるくらい直ぐにお金が稼げる。

幸いな事に多少容姿を整えて産んでくれたクズな両親には感謝している。

「どうでした?自分、気が利いたでしょw」

モヤモヤとした思考をドライバーの一言が遮った。

『うん、まぁ、ね』

上の空な返事…正直、今更ながら早めの電話は要らなかったと思っている。

何だったら、少し楽しかったと思う自分がいる。

まぁ、でも…

「マリアさん?聞いてます??さっきからボーッとしてw」

『え?あっ、うん。ごめん。全然聞いてなかった。』

「さっきの客リピートしますかね?まぁ、でも、自宅であんな建物で〜☆#**〒〆,…あっ、でも、マリアさんかわいいから〜#☆☆〒…##」

『リピートかぁ〜…どうだろうね…』

どうでもいい事をペラペラと喋るドライバーの話を聞き流しながら私は車を降りた。

『お疲れ様。ありがとう。』

「お疲れっすー。」

自分の部屋のドアノブに手を掛けた時

『何もしなかったし、もう、きっと呼んでくれないんだろうなぁー…』

ふと、溢した独り言に私は自分で自分を鼻で笑ってしまった。

もう、夜も遅い。このまま今夜は寝てしまおう。

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