第11話

「僕なんかで、大丈夫でしょうか?」


「実際にやってダメそうなら、私に連絡を入れてくれ。アドレスを交換するからスマホを出してくれ」


「ありがとうございます。那内さんの勉強などで何かあった際に連絡します。それ以外は決して話さないので安心してください。飯田さんのアドレスを消せと言われたら、すぐに消しますので」


「……寂しいことを言うのだな」


「えっ?」


「那内君以外のことでも気軽に話してくれ。君を含めた我々五人の関係を大事にしたいから、そのためならサポートするよ。だからそんなことを今後も言わないでくれ」


「は、はい。わかりました」


 雨狩が頭を下げようとしたときに、飯田のスマホが振動しメールが来た。


「あ、どうぞお気になさらずにメールでも」


「ああ、すまん。彼氏からだ。北井のレジが終わったようだから、先に出ていてくれ」


「わかりました」


 雨狩は北井のレジ袋を二つとも持つと言ったが、美空木が一つ持つから良いと言われ申し訳なく思いながらも外で飯田を二分ほど待った。


「すまない、では行こうか」


「あれ? イイちゃん。なんか嬉しそうだね」


「さきほど彼氏の内定が決まったメールが来たんでな。後は卒論だけらしい。よし、今夜ははしゃごうか」


「いつもはしゃいでいるじゃないですか。でも良かったです。これでお二人の結婚確定ですわね。今度の土曜日に、たこ焼き奢りますね。ご不満であれば二郎のラーメンにしますか?」


 美空木が自分の事のように喜びながら、飯田を優しい笑顔で見てそう言う。


「では遠慮なくたこ焼きの24個入りを三パックほど奢ってもらおうか。なぁに4700円ほどだから学生の財布に優しい。全部一晩で私は美空木同伴で、家で食いつくす」


「高いつーの。ラーメン大盛りの二郎選んでも、あんた胃がおかしくなるわよ。ほれ、嬉しいのは私も同じだから、さっさと行くわよ。今日の夜はレスリングの試合中継の番組があるんだから、寝ることは許さないわよ」


「雨狩君。ケイちゃん。プロレス好きなんだよ」


「そうなんですか、プロレスは見たことないですね」


「さあ、行きたかったけど行けないあたしの鬱憤を晴らすわよ!」


 雨狩以外の全員が楽しそうに盛り上がりながら、笑って歩き始めた。


(やっぱりみんなは僕には持っていない人としての魅力を持っているんだなぁ)


 そんなことを考えながら、那内と隣で当たり障りのない会話を聞き手になる。







「それじゃあ、三加に勉強教えてね。それと終わったら、雨狩君はあたしのお父さんに適当に理由付けて車で家まで送ってあげる。だから、着くまで車内で寝てていいよ」


「わかりました。では那内さん行きましょう」


「うんっ♪ いっぱい勉強教えてね~」


 市内の図書館に着いて、那内達二人は入り口に向かう。


 残った三人は、北井の家に向かうために別れる。


 図書館に入り、雨狩は利用者カードを受付に渡す。


 那内は生徒手帳を見せて、利用者カードを発行してもらう。


 人は両手で数えるほど少なく、閉館まで二時間ほどだった。


 雨狩は空いている席に座る。


 科学や数学などの教材を取り出し、那内の勉強を教えることにする。


「それではまずこの前の小テストで間違ったところを教えてもらえますか?」


「うん、お母さんに解答用紙は渡しちゃったけど、問題用紙に間違ったところをモコちゃんが印付けてくれたから、大丈夫だよ~」


「わかりました。それでは始めましょう。ノートも出しておいてください」


「は~い♪」


 勉強が始まる。


 最初は不安で緊張していた雨狩だった。


 しかし普段から井田達に教えていたこともあってか、那内には分かりやすく教えることが出来た。


 当然二時間ではすべてを教えることは出来ない。


 今回は簡単な問題を中心に学校で習ったことを復習させる。







「ちょっと休憩しますか?」


「んんっ……そうだねー。なんかすっごい集中出来て面白かった。勉強って楽しいんだね。雨狩君、きっと良い先生になれるよ!」


 那内が椅子に座ったまま背伸びをする。


 その後で雨狩をジッと見つめる。


 その瞳が優しくも明るい。


 どこか妖艶な気持ちに駆り立てられる。


 その一方で、雨狩は先生と言う言葉に苦しそうな顔をした。


 その雨狩の顔がどこか悲しそうだったのが、那内には自分が何か悪いことをしたのかっと焦る。


「ごめん! 私、なんか悪いこと言ったかな?」


「いえ、そういう訳ではないのです。ただ……先生にはおそらくなれないと思います」


「ええっ! 雨狩君、頭良いから何にでもなれそうだよー」


「親に……」


 そのときの雨狩の言葉が、少し機械的な違和感のある声色になる。


 那内は少し体が無意識だが、ビクッとした。


「あ、雨狩君のお父さんとお母さんがどうしたの? さっきの先生にはおそらくなれないって言うのと関係あるの?」


「はい。親に国家公務員にならなければいけないと言われているので、それ以外に選択肢が僕には無いんです。やりたいことすらも欲しいものすらもわからないんです」


「先生だって、立派な公務員じゃないのー?」


「親には先生は反対されています。予備公務員なども除外のようです」


「雨狩君のお父さんは何をしているの? やっぱり公務員なの?」


「すみません、父親から仕事のことを他の人間に伝えるな、と言われているので答えられません」


「……そっかー」


 那内は寂しそうに雨狩の顔を見ずに、窓を見て公園で遊ぶ子供を見る。


「すいません、那内さん。せっかくの休憩に、こんな暗い話を言ってしまって……」


「気にしてないよー。あっそうだ!」


「ど、どうかされましたか?」


 那内は笑顔で、スマートフォンを取り出す。


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