第9話
「はい、お心遣いありがとうございます」
「ケイちゃん。ありがとう」
「じゃ、帰ろう。雨狩君、また三加のこと誘ってあげてね。この子、色恋沙汰は初めてだから」
「そ、そんなんじゃないよー。いくら雨狩君が女の子の間で人気だからって~」
「ふーん、そう言うことなら、あたしが雨狩君食べちゃうよ」
「ええっ~! 酷いよー。ケイちゃん!」
「冗談よ。あたしはハルク・ホーガンみたいな強い男が好きだから、雨狩君なんて狙わないよ」
「そっかぁ、良かった~。雨狩君、今日はケイちゃんと帰るね。ごめんね」
那内がいつもの明るい雰囲気に戻ったことを安心する。
雨狩は軽く一礼し、別れた。
帰り道を歩いていく中で、雨狩はあの男の言葉が気になっていた。
「あの男は一体何を伝えたかったんだ? 言葉の意味は? 能力者? これからどうなると言うんだ?」
何か自分にとって恐ろしい出来事が起こるのではないか、と危惧していた。
自宅に入り、手洗いを済ませた後に鏡を見る。
後方を確認するが、誰もいないので安堵。
蛇口を捻って水の代わりに血が出ないか確かめ、ホッとしてうがいをする。
(ホラー動画の見すぎだな……情けないな、僕……)
井田達の教えた本当にあった怖い話のこともあったせいで、今日ばかりはそんな想像ばかりしていた。
いつもの日常だと肩の力が抜ける。
自宅の一階の家族用のキッチンのある部屋に移動する。
そこに設置された大型の冷蔵庫を開ける。
食欲が湧かないとき用にあらかじめ買っておいたウイダーインゼリーを手に取る。
そのまま冷蔵庫を閉じて、階段を上る。
二階の自室の電気を付けて、机に教材を取り出す。
ウイダーインゼリーをすぐに飲むと制服を脱いで、無地の半そでのTシャツと黒のスニーキングパンツに着替える。
雨狩はなるべく普段通りの行動を意識して行う。
いつもと違うことと言えば、那内に貰ったストラップをスマートフォンに付けただけ。
異常なことが今日起こり、さらに情報が少なすぎて分からずじまい。
考えても仕方ないので、雨狩は必要以上に学校の勉強をした。
一種の現実逃避である。
PCで両親に小テストの結果をメールで送る。
内容は各科目の点数と順位だけが書かれただけの報告書じみた文章だった。
その後にノートンを更新する。
ワードとエクセルで論文の練習をしたり家計の計算などをしていたら、メールが返ってきた。
淡白な母親からのメールで、内容は口座に二万円振り込んでいたことを伝えていた。
結局その日はあまり眠れずに、ベッドに横になって目だけを瞑る。
睡眠には入れず、体を必要以上に動かさない。
気づけば朝日が昇っていた。
※
放課後になり、井田達が雨狩を無視して教室から出て行く。
雨狩は一人で机に座って、うつ伏せになる。
少しでも睡眠を取るためだった。
だが、それは叶わなかった。
そうしようと行動に移そうとすると、クラスの残っている一部の女子が大きな声で悪口を言って盛り上がっている。
「そういや、あのトロ臭い子知ってる?」
うるさくて眠れない。
「ああ、那内だっけ? あいつ声デカいし、いちいち物とか貸したら、明日返すのが当然だよね、とか言うから最高にイラつくし、当たり前の事いちいち言うからウザいし、なにより存在が痛いよねぇ?」
見覚えのある名前が飛び込む。
「そうそう、しかもあの子ってテニスなんて汗臭いのやってて、頭馬鹿だもんね。留年したらどうすんだろうね?」
どうやら女子恒例の悪口会だった。
昨日知り合った那内のことで、悪い意味で盛り上がっている。
「まぁ、こうしてネタにされている内が華じゃないの? 全盛期ってやつ?」
「あはは、言い過ぎ! でもさ、アレって人の空気も読めない上に、悪口とか言ってないらしいよ?」
「ぷっ!」
「どうしたの?」
「もしかしてバカすぎて悪口の場合は、言うと自分に全部返ってくるから言えなかったりして?」
「ウケる~!」
雨狩は何故人を中傷することで、ああも盛り上がれるのだろうと思う。
ひどく気分が悪い。
仕方ないので図書館で休もうと廊下に出る。
会ったばかりの那内のことで、あんなに中傷されるのは辛かった。
(僕が勉強を教えてあげれば、きっと那内さんの評価だって変わる。それは人一人がそれぞれの価値観を持っているのは事実だけど……分かりやすく結果を出していけば、あんなこと言っても説得力に欠けて情報が死んでいくはずだ。そうだ、僕みたいなやつでも手助けが出来るかもしれない。何もないような普通になることに必死な僕にでも……)
雨狩はそう思いながら、図書館に行くために絶対に通過する那内のいる教室に通りがかる。
(那内さん、どうしてるんだろう? ちょっと見て見るかな? 話しかけてって言われたし……)
そのまま流されるようにドアから教室内を覗く。
そこには那内を含めた女子が四人談笑している。
昨日出会った北井と那内に、あの時の困っていたショートボブの女子が、凛々しい顔をした赤フレームの四角眼鏡の女子を中心に楽しそうな空気を作っている。
入り込むのが戸惑うムードだった。
(こういう時って、会話中断させるの悪いんだよな~。けど、黙ったまま見ていると彼女たちに待たせているみたいで不快に感じて恨まれてしまうし、どうしよう……)
北井と目が合い、那内の肩を指でツンツンと突いて那内と雨狩の目が合う。
「雨狩君~、やっほー♪」
那内は元気に手を振る。
(良かった。昨日の事はもう忘れているみたいだ。それほど不快にも感じてないみたいで、安心したな)
雨狩は礼儀正しく頭を軽く下げて、教室に入る。
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