第4話

 雨狩は右の女性に、ちょっと離れてやや大きめの声をかけた。


「お話し中に失礼します。ショートボブの方、焼きそばパンを無料で貰ったので、良ければお二人でどうぞ」


 そう言って、雨狩は焼きそばパンを見せる。


「い、良いんですか?」


「今日は食欲が余りないので、それにそちらの方も空腹で困っているようですし、お気になさらず」


「ありがとうございます!」


 ポニーテールの女子は、両手で焼きそばパンを喜びの笑みを浮かべて受け取る。


 そのままショートボブの女子に渡す。


 解決。


 そう思うと、雨狩は井田達を待たせるわけにもいかないので、次に向かう。


 この場を離れるように、言葉を添えて去ることにする。


「それでは失礼します」


 雨狩はそう言って立ち去ろうとしたが、ショートボブの女子に腕をガシッと掴まれた。


(も、もしかしてまだ足りないのかな……カロリー多いとは思うけど……)


「明日、お代をお返しします」


「い、いえ……元々無料で貰った商品ですから、気になさらずに……大変申し訳ございませんが、教室で人を数名待たせているので」


「あっ、す、すいません!」


 その一部始終を、おっかぱ気味の跳ね髪の女子は静観している。


 慌てて手を離したショートボブの女子は、戸惑っていた。


 雨狩は会釈し教室に戻った。


 慣れないことをしたなっと後悔しつつ、勉学に励もうと思った雨狩だった。







「でよ、ヤナちゃん。そのピネガキ何て言ったの?」


「発音おかしいのか『絶対裏切りマッシーン』とか『ミスターユナイテッドドリブル』にしか聞こえないんだよなぁ」


「ぶははははっ! 笑えるわー、大笑いだわー。 イキリ陰キャの典型じゃんか。ジャップという下等な生き物らしくて、無様だわー」


 ヤナと呼ばれている柳沢と大笑いをしている白本。


 と、一緒に教室で机を囲って、雨狩は食事をとっていた。


(専門用語多いなぁ。僕じゃちっとも分かりはしないし、やっぱり世の中は知識が人一人では把握できない情報社会だって、嫌でも分かるなぁ)


「雨狩さぁ?」


「は、はい。なんでしょうか?」


 井田がいつものように早めに食事を終えて、柳沢にチケットらしい紙を渡しながら、話しかけた。


「さっきの女、どうだった? アドレス聞けた?」


「い、いえ、井田君達を待たせるのは良くないので、焼きそばパン渡しました。それだけです」


「だってさ、ヤナ。ダメだったみたいだよ」


「はぁ? じゃあさっきのデート券無駄じゃん。レイヤー目当ての、童貞エロゲー兄貴に売りつけるか?」


 どうやら柳沢に、雨狩がさきほどの女性のアドレスを教えるという話が伝わっていたようだ。


 井田により、いつの間にか成立していたことを雨狩は虚しさを覚える。


 そして、また利用されたことにショックを受けた。


(自信が無いから利用されるのかなぁ? はぁ……)


 雨狩は出来るだけその気持ちを表情に出さずに、残ったハムカツサンドを食べる。


「ヤナの兄貴、闇が深そうだな。十六年間エロゲー割り続けて、酷評レビューしてたの、もう辞めた系?」


「ああ。割ってたエロゲーに使う予算を、代わりにリアルのレイヤー女に使うみたいだぜ。しかも間接的なエロゲーに対する募金とか、イミフなこと言ってた」


「ぶっはっはっー! 募金とか草生えるだろ」


「言えてる! あー、メシウマ。一万田もメールばっかしてないで笑えって、今の話サイコーだべ?」」


「…………」


 一万田と呼ばれた二枚目の顔をした細長の男は、さきほどからスマートフォンを指で弄っている。


(いつもどうりだな。あっ……そろそろかな……)


 雨狩は井田に勉強を教える時間になったことを把握する。


「井田君、そろそろ今日の復習なんですが……」


「ああ。もう、そんな時間? じゃあ今日は一限にあった英語頼むわ」


「わかりました」


「ヤナもやる?」


「もちろん。雨狩君の講義は分かりやすいから好きだぜ。一万田はどうする?」


「……ん? まぁ、別に……」


 一万田はスマートフォンから目を離さずにようやく言葉を口にする。


 どこか小ばかにしたような口調だった。


「またユカとかとメールか? それともマリ?」


「汚らわしいから聞かないで、それより早くしろ」


「はいはい。精神的にもコミュ的にも、普通の俺ら今時高校生に勉強は大事ですもんね。まぁ五人ともボンボンだし、大学で遊ぶために適度な勉強しますかね」


 全員が、待ってましたと言わんばかりに一斉に英語の教科書を出す。

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