第5話

 雨狩は彼らに勉強を、的確に効率よく教えるように努めた。


(僕も良い復習になるから助かるんだよなぁ。先生の教えた今日の45分を残り18分で教えなきゃ!)







「……ということです。はい、それでは下校してください。私の査定に響くから寄り道しないで、問題も起こさずにすぐに帰ること」


 雨狩のクラスの担任が、下校前にいつもの業務報告と私事を交えて、教壇で話す。


「ああ、それと……」


 そう言いながら、担任が人差し指をピンっと上に立てる。


(いつものアレだろうな……本川先生って自己中心的だし)


「常識だから分かっていると思いますが、下校の鐘がなれば先生は先生じゃなくなるので話しかけないように、じゃあ委員長いつものお願いしますね」


(やっぱりか……毎回だものな)


「起立~! 礼~!」


 委員長の間延びした声で、下校の時間になる。


 一年と二年の雨狩のクラスの担任は本川が受け持っている。


 彼は毎回こんな調子である。


 雨狩はこの環境に適応したくない気持ちで、忘れることを努めた。


 全員が鞄を持ち話ながら帰っていく。


 雨狩も逃げるようにすぐに教室を出る。


「雨狩君ちょっと待って!」


「えっ?」


 廊下で女性の声が聞こえて、恐る恐る振り向く。


 女性教員ではなく、女生徒がいた。


 よく見ると、昼休みの時のおかっぱ気味の跳ね髪のショートヘアの女性。


「何だよ、結局一人だけ連絡先聞いてたんじゃんか~。雨狩の抜け駆けかよ~」


 廊下から井田達が現れて、一万田はメール止める。


 それから品定めするような目で、おかっぱ気味の跳ね髪のショートヘアの女性を一万田は見る。


「いえ、違……」


 雨狩が否定する前に、井田がマイペースに会話に割り込む。


「雨狩がそんなことするわけないじゃん。マック行こうぜ、本川どうせ問題が起きたら君たちの自己責任です、とか言っといて放置しているしさ。一万田もヤナも行こうぜ。今度の子可愛いよ」


「ああ、あの子でしょ。ほれ?」


 白本が井田に続くように、一万田にスマホで写メを見せる。


 写メの中身はおそらくその女性だろう。


「まぁ、それで妥協しとくし、別にいいか」


 ぼそりとそう言った一万田は、四人で帰っていく。


 女性は先ほどの自分本位なやり取りに置いてけぼり感を喰らったのか、沈み込むように黙り込む。


 雨狩は慌てて話を進める。 


「あ、あの、お金なら、僕は……持っていませんよ」


 おかっぱ気味の跳ね髪のショートヘアの女性に、申し訳なさそうに言う。


「違うの、そういうことじゃないの」


 金銭目当てではないようだった。


 おかっぱ気味の跳ね髪、ショートヘアの女性は頭を軽く下げる。


 人柄の良さが現れる丁寧な仕草だった。


「ふぇ? あ、あの……何故突然頭を下げるんですか? 何か僕に関わることで問題でも起きたのでしょうか?」


「そうじゃないです! 昼休みの時は、ありがとうございました」


「あっ……」


 あの時の事かと雨狩は気づく。


「いえいえ、気にしないでください。どうして僕の名前をあなたは知っているんでしょうか?」


「えっ、ええと……」


 小動物の様に慌てふためく姿は、雨狩に親近感を覚えさせる。


「同じ高校とはいえクラスも違うし、人数も二年生は確か280人ほどいるはずですが」


「ええと、テニス部でよく噂されているから……と言うか成績優秀で可愛い男子で校内では有名人だし」


「えぇ……有名って、こ、怖いですよ」


「わ、悪い噂が無いから、あの、時間ありますか? ちょっと一緒に帰りません?」


 周りからヒソヒソ話が聞こえてくることを雨狩は気づく。


 どこか淀んだ嫌な空気になりそうだったので、おかっぱ気味の跳ね髪のショートヘアの女性の提案に承諾する。


「分かりました。学校の門までなら良いですよ」


「はいっ♪」







「私、隣のクラスの那内三加(なうちみか)です」


 学校の一階の階段を下りていく中で、先ほどの女性は、雨狩の横に並んで自己紹介をする。


「自己紹介していただいてありがとうございます。正直名前を教えて頂けなければ困っていたので、僕のことは雨狩で良いです。那内さん」


「敬語で話さなくていいよ。同じ学年だし……ね?」


「は、はい。あまり敬語以外で話したことが無くて、慣れませんが……」


「ん、わかった。雨狩君が落ち着いて話せるなら、私はそれでいいよ」


 雨狩の言葉遣いは厳格な両親によって身につけられたものであり、治すことは非常に困難であった。


「あの子感謝してたんだー。はい、これあの子から雨狩君に」


 那内は雨狩に小さなキーホルダーを渡す。


 エメラルドグリーンのつぶらな瞳をしたトリケラトプスのキーホルダーだった。


「あ、ありがとうございます。僕なんかに嬉しいです」


「伝えておくね。雨狩君ってやっぱり噂通りの人だったね。こうして話してくれるの嬉しいな」


(噂通り? まさか僕はそれほどまでに不愛想で慇懃無礼な人間味を感じない情けない男性として広まっているのだろうか?)


「雨狩君? どうしたの?」


(自己分析の結果だが事実だろうし、どうすれば……とりあえずこれ以上最悪な事態にならないように那内さんに丁寧に対応しなければ……)


 雨狩は被害妄想が強くネガティブなので、そう考えてしまい慎重に言葉を選ぶ。


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