第3話
「おい! 雨狩! やっぱ、お前、小テストの点数結果が科学以外全部一位だったぞ!」
「はえっ!」
後ろから井田の大声が聞こえて、雨狩は思わず声が出る。
(人によっては、これ恥ずかしくて、トラウマになりますよ~。井田さん!)
恥ずかしくて早く教室に戻りたくなった雨狩だが。
時すでに遅し。
井田の言葉もあってか、既に周りから注目されていた。
ややマイペースな店員が、電子レンジで温めたチーズ牛丼を袋に入れる。
「あんた一位かね? じゃあ、焼きそばパンあげるわな」
「えっ、いやでも……」
「ええから、ええから、ほらよ。はい、お釣りの65円な」
そう言って、袋とお釣りを渡される。
「ああ~。俺の狙っていた焼きそばパンが、秀才男子に献上されていく~」
「や、焼きそばパンの方、大変申し訳ありません。し、失礼しました~!」
周りからのドッと言う笑い声が聞こえる。
雨狩はそれで少し辛くなった。
(はぁ……やっぱこうなるのか。もう絶対に明日から、コンビニで買ってこよう! そうしよう!)
雨狩は購買部を早足で階段まで移動する。
そしてそのまま先に階段を上っていた井田の後を追う。
なんとか並んで教室の廊下の前に着く。
一階の購買部の人だかりの視線が後ろから突き刺さるようだった。
「……どうぞ」
雨狩は井田にチーズ牛丼とリプトンのミルクティーに野菜ステックを渡す。
そして、それらを計算した上でお釣りの47円を最後に手渡した。
足りない分は雨狩の財布から、十円玉四枚と一円玉七枚を取り出す。
雨狩がレシートを貰わなくても、瞬時に計算できるのが分かっていた井田は、ささっと受け取る。
「おう、悪いな。ちなみに雨狩は科学は3位だったゾ」
「そうですかぁ。赤点取らなくて良かったです。白本さんお待ちしていますし、教室行きましょう」
「ああ。つーか、雨狩が赤点ってまず無いだろ。謙虚過ぎんぞ。つーか、俺理系科目は何位だったと思う?」
「ええと、井田君は理系が上位に入っているから、おそらく十位以内なんでは?」
「それはねぇから」
「す、すいま……」
雨狩が井田に対する評価を、非常に高くしたことを不快に思った、と雨狩は感じた。
謝る前に、井田は気にすることもなく自然に答える。
「どの科目も五十位以内だってばよ! 白本超えたわー。自慢できるわー。モスバーガー奢るのあいつで確定じゃん!」
怒っていないことを察した雨狩は話の流れを変えた。
「今度の中間試験でそれを維持できれば、問題なく進学できますね」
「あ? 進学ぅ?」
「あ、いやそういう意味では、成績優秀ですから問題ないですね、はい」
「……まあ、他の大学受験すっけどね」
「え? 珍しいですね。僕らの付属大学って、理系もありますよ?」
「いやー選択肢は大いに越したことないじゃん?」
「まあ、確かに……」
「ここの偏差値も悪くはないけど、隣のお嬢様高校の彼女が北海道の大学受けるらしいから、俺もとりあえず受けてみてわざと落ちてそのまま進学よ」
「え? 一緒に、行かないんですか?」
「いや、だって、あんなんヤリ捨てして、それで卒業して『男なんてクズよ。進学したらあたし強く生きるわ~』とかゴミみたいなことほざいて、俺も大学で過去の戦利品相手に新たな出会いで稼ぎつつフィニッシュでしょ?」
「……」
「どしたの?」
「いえ、別にボーッとして」
言葉でごまかす。
その井田の付き合っている女性のことを思う。
雨狩は悲しくなった。
あんまりにも薄情で最低だと思いつつも、これが俗な世の中の在り方なんだなっと納得する。
暗黙の了解を味わった気分。
「ん? あの左の子、可愛くね? 太ももがちょっと俺好みだし、胸も悪くないしな~。どう思うよ?」
雨狩がそう思っていると井田が別の話題なのか、話が変わる。
「えっ?」
「だから、ほれ!」
井田はそう言って、顎で雨狩にその女性を示した。
「じょ、女性をそういう目で見ては駄目ですよ。井田君は彼女いるんですから」
「んなの、どうでもいいしょ? つーか、なんか、トラブってね?」
「そうみたいですね。様子が変だ……何があったんでしょうね?」
雨狩はその方向を、再度様子を確認するために見る。
二人の同学年のスポーツバッグを持った女子が、何やら普通の会話には思えない雰囲気だった。
右の背が高めのショートボブの女子は、何やらお腹をさすっている。
左のおかっぱ気味の跳ね髪のショートヘアの身長の低い女子が、心配そうな声でその女子に話す。
「それじゃあ、モコちゃん今日はお弁当持ってきてないの?」
「うん、ママが忘れました。お金も忘れちゃったみたいで、お腹も減ってきてます」
どうやら空腹のようだった。
雨狩はその大きめの声を聞いて、袋から焼きそばパンを取り出す。
「井田君。先に教室に行って良いですよ」
「ああ、ポイント稼ぎのヒーローやっちゃうわけね」
「いや、ヒーローというほど……」
「じゃあ後で、パン渡した後に、右の子のアドレスまで聞いといて」
「えぇっ! ちょ、ちょっと、それはいくらなんでも無理ですよ」
「んじゃねー」
雨狩の言葉を無視して、井田はさっさと教室に戻る。
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