第2話
彼らは友人として雨狩に接しているが、遊んだことは一度もない。
話しかけられたきっかけは、雨狩が一年の時の小テストで上位に入った時だった。
今まで淡白だった彼らの態度が、大きく変わっていた。
それは良くも悪くも自信の無い雨狩に、勉強にわずかな自信を持たせた。
それから勉強を教えられることが多くなり、昼休みになったらご飯を食べた後で教えるのが日課になっていた。
雨狩自身も復習になると思っていた。
その為か、それほど嫌でもなく的確に教えていた。
今では教室内において、雨狩からも話すこともある。
しかし、一緒に下校することはなく。
常に雨狩は肩を落として、一人で帰っている。
その程度の関係。
普段より冷静さを欠いていたので、雨狩は出来るだけいつものように対応する。
「いえ、見てないですよ。それに……ちょっと貧血を朝起こしてしまいまして、体が少し震えているだけですよ。ご心配をおかけしました。今日はトマトジュースでも買って、飲んできます」
被害妄想の強い雨狩は、深く考える。
このままいると、自分が弄られるのが目に見えている。
そう思考し、この場を離れようと適当に買い物だ、と言葉に付けたした。
「おっ! じゃあ俺も雨狩と購買部行ってくるわ。白本はヤナちゃん達と駄弁ってろよ。俺も一緒に食うからって言っといてくんねぇ?」
「わかった。雨狩も一緒に食べる? 今日、雨狩の好きなクリームジャムパンあるけど?」
「白本さん、あれってコンビニで無くなってませんでしたか?」
「チェック行き届いてんなー、雨狩はー。だけどな、甘ぇよ。スーパーで姉ちゃんが買ってきたんだよ。あの大学入った途端クソスイーツになった、無様な俺の姉ちゃんのさ!」
「じ、自分のお姉さんをそういう風に言うのは、よろしくないですよ。変化は誰にだってある訳ですし、環境が変われば仕方のないことではないでしょうか? そんなことばかり言っていると、白本さん自身が傷つくだけです」
「ほら、見ろ。白本っち。雨狩さんのクッソありがたい注意貰ったじゃん」
「雨狩。話がなげーよ。二十文字でまとめろよ」
「す、すいま……」
「白本、はよヤナちゃんとこ行ってこいよ。弁当開けて、速攻で食べて来いよ」
「弁当ねーんだわ」
「あれ? 井田ちゃん、今日弁当作って貰えなかったの?」
「お袋が昨日ネトゲにハマって、作るの面倒くさがったからさ」
「あ~、じゃあ金貰ってんだ」
「あのクソリプ炎上系ババア。三日分もくれたぜ。あんな戦闘はおまけの会話ゲーのクソゲーに、ガチハマりするとか笑っちゃうぜ」
いつもの二人のやり取りで、雨狩は朝の出来事を忘れることが出来た。
「……それじゃあ、購買部行ってきます」
「おいおいよぉ! 俺を忘れんなよ、士官学校出の雨狩坊ちゃん隊長よぉ?」
「へっ? た、隊長?」
「井田二等兵死んで来い! その間にお前の彼女は俺がおいしく頂いておいてやるぜ!」
白本が左手敬礼で、無駄に良い笑顔でそう言い放つ。
井田は目を細めて口元を微笑しながら、その敬礼に対してサムズアップした。
意図的な二人の顔芸だった。
(あ、相変わらず楽しそうな人たちだなぁ)
そう思いつつも、雨狩は隣にいる井田と一緒に教室を出た。
今朝の男によって手を貫くように入った胸に、痛み無き違和感を覚えながらも……。
※
購買部に行くための階段を降りる。
降りた先に、壁に紙が貼られている。
その紙の貼られた周りに、何人かの、雨狩たちと同じ学年の男女が騒いでいた。
学年の区別は、制服のブレザーのネクタイの色で判別できる。
赤ネクタイが多いので雨狩と同じ一年生だ。
「ああ、この前の小テストの結果の紙、もう貼られてんのか?」
井田がけだるげに髪を搔きむしる。
「そうみたいですね。購買部そろそろ混み始めますよ」
「見るまでもなく、どうせ雨狩が全科目一位でしょ?」
「そ、そんな断定されても、困りますよ。自信ありませんよ」
「俺、紙見てくるから、雨狩は、俺の代わりにご飯買っておいてくれ。メニューは適当に、な?」
「ええっ……井田君が何食べたいかなんて、僕には分かりませんよ~」
「ったく自信ねぇのか、卑屈なのやら……ほらっ!」
井田に千円を渡される。
そのまま井田は無言でテスト結果の紙に集まった人混みの中に溶ける。
(お金を渡された以上は、ちゃんと買わないといけませんね……)
雨狩は、さっさと購買部の列に並んだ。
朝の恐怖の光景は、すっかり忘れていた。
(井田君は確か、牛丼や唐揚げにレモン調味料の入っている塩焼きそばとかが、好きだったかな?)
主婦の献立を、スーパーの食品コーナーで考えるようなことを雨狩は思う。
(野菜類も買っておいた方が良いかな? 井田君が些細なことで怒らずに済むだろうし)
自分の買う番になる。
購買部の残っているメニューを、店員に聞き取れるように早めに注文した。
雨狩達の高校は、購買部も含めて他校とは違っている。
実際の商品は、コンビニのように手に取りカゴに入れてレジに向かうのとは違う。
レジの横に、メニューの在庫数と値段が小型モニターに文字だけで表示される。
何故そうなのか?
それは過去に万引きをした学生がいたことからだった。
そのため、喫茶店などのオーダー制となる。
ただし今日のみ状況が違う。
珍しく学校側のミスにより、商品の表示料金に消費税は記載されていないという事態になっていた。
それを直すのは明日になっている。
校内の学生全員は、パスワードログイン式のホームページからの速報で既に知っている。
「チーズ牛丼にリプトンのミルクティーをお願いします。それと味噌マヨ野菜ステックを二つ、トマトジュースと日替わり弁当にハムカツバーガーと豚しゃぶサラダ一つずつお願いします。全部で1935円ですよね?」
そんな状況の中、雨狩は口頭で注文が終える。
周りがざわざわと騒ぎ出した。
「あいつ計算即答したぜ! 今日入ったばかりのハムカツバーガーを含めた値段も換算した場合も含めて、税込みで即答する時点で同じものを買い続けているわけでもないのは確定的に明らかだ!」
(確定的に明らかって日本語おかしいですよ)
雨狩は脳内で突っ込みを入れる。
「うわぁ……あいつすげー食うな。ドン引きだわ」
「あの子、計算凄すぎ。しかも可愛い顔して大食いキャラなんだ~。一年生かな? ってか頭の回転が光ファイバー並みに早いわね」
(恥ずかしいなぁ……絶対に噂される。明日からちょっと早起きして、コンビニで買っていこう)
「ぼ、坊やのいう通り、税込みで1935円だよ。……チーズ牛丼、温めるかい?」
購買部の店員の40代ほどの女性は、雨狩の計算に動揺している。
そして店員は、出来るだけ平静を保ちながらレジを打ち終える。
「は、はい。お願いします」
後ろの人が待っているのが気になり、不安になり自信を無くしていく。
理由は単純だった。
このままでは注目を浴びたせいで、遅延行為になるからだ。
人より買うのが遅いのは、人としての自信を無くす。
雨狩はそう思っている。
慌てて二千円を店員に渡す。
その時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます