埼玉一自信のない秀才高校生
碧木ケンジ
第1話
(なんだろうあの人? アメリカの人かな?)
自信なさげな瞳で、少年はある男を見てそう思う。
男の見た目はワイシャツに赤ネクタイを付けている。
それでいて、整ったスーツ姿であり、何より特徴的な男の外見は、金髪のツーポイントの四角眼鏡をかけていることだ。
どこか冷たいイメージが少年の気持ちから感じられた。
その冷たい視線が、先ほどの自信なさげなブレーザー制服の高校生と眼が合う。
(学校行こう。関わりたくないや)
そう思った少年が目をそらそうとしたときに、男の目が紫色に光ったように見えた。
「うわっ……!」
この世のものとは思えぬ瞳に、少年は恐怖を覚える。
そして、逃げるように早歩きを始める。
そのまま学校に急ごうとするが。
気付けば周りにいた人混みが消えている上に、男と少年だけが無人の街に存在していた。
「……っ!?」
徐々に近づいていく男に、少年は恐怖で足が止まる。
このままでは危険だと本能が察知してか、忘れていた早歩きを再開する。
全速力に走る頃に変わる刹那。
気づけば、目の前に男が立っていた。
その無機質な男の瞳に、吸い込まれるように見つめられる。
少年は微動だに出来なかった。
男の瞳の奥に自分に対して、好奇心と高揚と殺意が込められているように見える。
少年の心臓が高鳴る。
冷や汗は、六月のこの時期にしては、異常に流れていた。
「あなたが雨狩御幸(あまかりみゆき)、説明しても無駄ですか……」
「えっ?」
男が透き通るような声で、意味深なことを言う。
雨狩御幸。
自分の名前を呼ばれたことに気づいたとき。
何故自分の名前を知っているのか、考える前に胸に痛みが走った。
「あっがぁ!」
男は右手で、雨狩の胸を貫いていた。
手首まで入っており、そこから雨狩の血が流れる。
地面に初めは勢いがあったが、徐々に量が少なくなる。
血液がポタポタと、コンクリートの灰色の地面に赤く染まるように、落ちていく。
雨狩は体内に残った血液の少なさと、痛みのあまり脳卒中になりそうな感覚に襲われる。
聴覚だけが辛うじて働いている状態になった時。
男が流れる血液の様に、自然とぼそりと言葉を呟く。
「こんなところですか……保険はかけておきましたし……」
雨狩は、男の意味深な言葉を考える状態では既に無かった。
ただ、痛みから、逃れたい。
動物の本能的な行動で後ろに倒れて、貫いた心臓の手を抜き取りたかった。
だが、そんなことすら出来ない。
「あっ、あぐっ……えうっ、おっ……おっ、おぶっ!」
心臓を鷲掴みにされて、肉を揉むような痛みの感触を、臓器で味わう。
雨狩は足に力が入らずに、倒れそうになる。
男の胸に、雨狩の頭が当たる。
倒れずに、そのまま心臓に注射の針のような痛みが伝わる。
それが電流を浴びたように、体中の神経を通して走る。
体は男に寄りかかった状態で、体だけがビクビクと痙攣していた。
「げぼああああああああああっ!」
雨狩は口から唾液が流れ落ちていく。
瞳からは涙が流れる。
(もう、僕は、死ぬんだ)
そう思うと、生きてこの激痛に足掻くことすら、どうでもよくなってきた。
無意識に舌を噛みそうになる。
その時だった。
男は突然右手を、雨狩の胸から抜き取り、背中を向ける。
痛みから解き放たれて、突然視力を奪わる。
雨狩は暗闇の中で、何も感じなくなった。
しばらくして、朝の日差しが差し込んだ。
「はっ!?」
気づけば、人混みが溢れかえっている。
それはいつもの朝の通学路の風景だった。
違和感を不気味に覚え、雨狩は辺りを目で軽く見回す。
先ほどの男はいなくなっており、胸の穴も開いていない。
地面に落ちた血すらもなく、ただ冷や汗ばかりが流れていた。
そして、男によって与えられた痛みすらない。
人間の五感と思考回路が正常になり、いつもの健康な状態に戻っている。
だが。
雨狩は痛覚を神経で覚えていた。
体が逆に正常であることの異常な状態。
それを思うと、脳がどうにかなりそうな恐怖で足が震える。
男によるあの激痛からくる痙攣の震えではない。
それは生物の未知の恐怖からくる震えでしかなかった。
ただただそれだけが体を不安が蝕む。
体が神経及び臓器共に正常なためか、脳は冷静に状況把握が出来る。
正常な思考出来るという奇妙な状態で雨狩は考える。
(今のは一体? 僕はさっきの人に確かに、心臓を……でも、生きている!)
スマホを見ながら時間を確認する。
そして次に首を少し下げて自分の胸を見る。
やはり何も異常はない。
記憶だけが生々しく残っている。
不気味。
異常。
恐怖。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。早く忘れたい、学校に行きたい。ここから早く脱出したい)
雨狩はこの場を一刻も早く立ち去りたいと決意する。
いつもと違う感情の中で、高校に向かう。
早歩きから次第に駆け足になっていく。
高校に着いても安心感はあまり無い朝だった。
※
昼休みの鐘がなる。
朝の光景を忘れようと、いつも以上に雨狩は勉強に集中する。
普段よりも過剰な集中力を要したのか、多少の疲労を感じていた。
「よお、雨狩!」
後ろから声をかけられて、少しビクッと震えた雨狩は振り返る。
「どしたの? 今日なんかビビってるじゃん」
クラスメイトの井田だった。
隣に白本がスマホを見ながら立っている。
「あっ……井田君、白本君……どうも……いえ、別に……ちょっと寝不足で……」
「寝不足ねぇ……さては、昨日紹介した動画の本当にあった怖い話見て、眠れなかったまま今日まで引きずってたとか?」
「おいおい、雨狩は非論理的なこと苦手なの知ってる上であんな動画紹介したのかよ、井田ちゃん! ウケるわー、笑えるわー、大笑いだわー!」
隣にいた白本が笑う。
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