『最後のニュース 地球最後に伝えられるもの』
N(えぬ)
人類最後のニュースに流れるものは
かつて地球を覆い尽くしていた人間は、この10年で8割が消えた。
切っ掛けはどこかの国の研究所から漏れたウィルスだった。これに感染しても死亡例は珍しかったが、症状が長引いてなかなか治らず、結果、多くの人の体を
そのころ地球は3つの勢力が互いに牽制し合ってバランスを取っていたが、一つの勢力にウィルスの影響が強く出て、その力関係が大きく傾いたところで勢力バランスが崩れた。
そんなとき、
「今こそ攻撃するべき!」
国同士助け合うのではなく、相手国が弱った所につけ込んで奪ってしまおうという国が現れたのだ。
このような行為については、国際社会は始め強く非難をしていたが、平和的解決の模索は効果が無く、「この隙に隣の国の領地を奪ってしまおう」という考えが広まり、結局、我も我もと後を追うように周辺国を攻撃しはじめたのだった。
世界的戦争状態は10年近く続いていた。ウィルスの被害も収束はしなかった。むしろ戦争の勢いに乗ってウィルスは広まっていった。
民衆は
歌を口ずさむ人が大勢いた。
ほかに心のやり場が無かった。歌う人がいて、黙って聞き入る人もいた。仲間になって一緒に歌う人々もいた。
こんな事態になる前に、みんなが手を取り合っていれば、と思う人もいただろう。だがこれは火急の事態だからこそで、そうで無ければ無条件に人が手を取り合うことなどするまい。人々は、もはや我先にと押しのけ合って逃げ出すことも諦めたと言うことだ。
「ちくしょう。それをよこせ!」
「うぉ!」
街は戦火にやられ、ウィルスに苦しめられた人々は、もはや個人的な生き残りをかけて戦うに至った。
そこかしこで食料品などの生活必需品を奪い合う一般市民の争いが起きるようにもなっていた。
それでも一部の人は、自国の政府に期待をかけて、首脳が集まり地球を安定へ導いてくれると願っていた。
だがもう、地球がこの先どうなるかは、どんなに優れた政治家や学者にも予測できないものになってしまった。
今どうしたらいいかを話し合う余裕も無かった。
人々は、「どうなるの?」と互いに問いかけることしか出来なかった。成り行きを見守る傍観者としてしか存在できなかった。あるいはギリギリの最後まで現象を記録して置くことに集中する以外に、未来への手がかりは無いように思われた。
諦めて心を失う者。この際だからと謝罪し、かつての心を取り戻す者。ただ泣く者。祈りを捧げる者。望みを失い先を急ぐ者。
地球人の宇宙進出は研究されていたが、その技術は地球からの脱出、移住にはまだほど遠く、間に合わなかった。
*
街を離れた丘の草むらに若い男女がいた。
彼らは愛し合い、最後まで一緒にいようと誓い合った二人だった。
幼少のころから家が隣同士で、
「私たちは最後まで一緒ね。最後まで二人で生き抜く覚悟。わたしたち二人なら生き残れるかもしれない」
「ああ。僕もそう思う。君となら微笑んでいられる。どんな苦境にも立ち向かえる」
二人はお互いの愛をためらいなく告白し、認め合うことが出来た。
二人がこの丘へ来たのは、二人の親がそうさせたことだった。
「あなたたちはこれを持って山に隠れなさい。昔みんなで出かけたあの丘の向こうの
親たちは、あるだけの食料と水を若い二人に与えて送り出したのだ。
家族の別れは辛く悲しいものだった。二人は拒否できなかった。それは受け入れさせられた。両家の親たちの、希望の光として。
*
世界中が理性を失い、地球が死の床に就いたようだった。
二人は小さなラジオのスイッチを入れてみた。
メディアが地球の状態を人間に伝えることはニュースの意味を持たなくなっていた。
「最後のニュースをお伝えします。
今日、この放送局のあるビルの前の植え込みの中で野良猫の母親がかわいい子猫を産んでいるのが見つかりました。
以上、ニュースをお伝えしました。
……。
この放送局での番組はこれで全て終わりです。
皆様、これからお気をつけになり、決してあきらめずに。
またお会いできる日まで、さようなら、さようなら。
おやすみなさい、どうぞお元気で。
……」
ザザァー
やがてラジオは雑音しか流さなくなった。
二人はラジオのスイッチを切ると、目を閉じて静かに相手を抱きしめた。
丘から見下ろす街に爆音が響き、大砲が火を吐いて空は赤黒く燃え上がり、そして灰色の風が吹き荒れ、それからすべてが凍りついた。
その光景をどれほどの人間が目にしたかは、まだ分からない状況だ。
だが、今確実に二人いる。
おわり
『最後のニュース 地球最後に伝えられるもの』 N(えぬ) @enu2020
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