第7章 最高の観覧者
第56話 大切なモノは、この手で①
ピーコックさんは、いつ地下から出してくれるんですかね。あれからずっと待ってるんですが、未だに、なんの変化も。
おかげで、美少女が二人並んで座り、おしゃべりに花を咲かせる時間ができてしまいましたよ。
「ダンさんの猛烈な忠誠心が、私には不思議に感じます」
「そうか?」
「だってモンスターなのに、ここまで迷いなくバッサリと、人間側に味方できるもんなんですかね」
人間のラズ君と一緒にいる私が疑問に思うのもアレなんですがね。さらに主人であるロゼフィール君に対する感情が、勇者と姫ではなくて、保護者と子供みたいに感じます。
種族を超えたその庇護欲が、どこから来るのか気になった私は、時間潰しも兼ねて、ダンさんに尋ねてみました。これが少し前の自分ならば、込み入った事情をお尋ねするような間柄ではないと思って遠慮しますが、二人だけの空間で、床に座ってただ待っているというだけで、さらっと話してしまえる気がするんですから、女子って不思議です。
「お前は洞窟の中に巣食うミミックを知っているか。人間たちは、モンスターが徒党を組んで厄介な場所に巣食うと、そこを『ダンジョン』と称して賞金を掛けて、モンスター退治を戦士たちに依頼する」
「ふむふむ」
「徒党を組んでいるモンスターの中には、多くの場合、大将格がいる。強く、硬く、面倒見が良く、多くのモンスターから知恵を頼られ、守り守られている関係の大将ならば、討伐が難しくなる。子分が大将を守ろうと襲ってくるし、大将は犠牲になった子分たちの仇討ちに憤るからだ」
「ははあ、ダンジョンのモンスター全員が、本気の全力で襲ってくるんですね」
「強く、硬く、面倒見のいい……何か思い当たる節はないか?」
ダンさんの意味深な笑みに、私はうなずきました。
「すごい自信家ですね、ダンさん。大将格には、我々ミミックが適しているのですね」
擬態で人間を誘き寄せて油断させるほど知力が高いですし、ダンジョンで一攫千金を狙う浪費家が好みそうな、ピッカピカの宝石まみれの露骨な宝箱に擬態するあたり、人間の層も把握しています。そしてとにかく硬いです。
「左様。大将クラスの大きなミミックが、ダンジョンをまとめている事例は少なくない。ミミックとは元来、庇護欲が強く、多種族の群れを統率して人間から身を守るモンスターなのだ。その点で言えば、お前もここのボスだな」
「そうでしょうか? ラズ君たちは勝手放題してますけど」
ミミックがママ味の強いモンスターだと説明されても、自分がそうだと言われたら、なかなか悩みますね。私のつたない家事で、はたして統率が取れているのでしょうか? ラズ君たちの元々の性格の良さに、だいぶん助けられているような気がしますが。
「そのー、つまりダンさんにとって、ロゼフィール君は群れの一員なんですね」
「そんなところだ。私がいなくば命が果ててしまう、とても儚い存在だ。だからこそ、
「己の外皮の硬さには、現在進行系で毎日実感しております。赤ちゃんミミックがここまで耐えるボディだとは、想像もしていませんでした。これは、誰かの盾にもなれるステキな体なんですね」
私もいろんな人の柔らかいお肌が守れるような、そんなミミックになりたいですね。ふふ、なんだかフランス貴族でいうノブレス・オブリージュみたいですね。でも、モンスターの私にも、そのような思想は当てはまるんでしょうか? うーん……まあ、当てはまるということに、しておきましょう。
「まだ赤ん坊だというのに、そこまで話せるのだから、お前はきっと強くなる」
「ありがとうございます、先輩」
具体的に、どうすれば強くなれるんでしょうか。やっぱり、たくさん食べて体を大きくすることと、あとは、魔法が使えるように勉強することでしょうかね。何年かかることやら……。
「ダンさんは魔法を、どうやってお勉強したんですか?」
「む? 待て、犬が口を開け始めたぞ」
え? あの伏せったまま起きないワンちゃんが?
ああ、あくびをしていますね……。その隙を突くようにして、口から再び腕が飛び出てきました。ロープが手首に巻き付いた、あの黒い腕です。
「どうする」
「え? ど、どうするって言われても……せめてワンちゃんが、何か説明してくれたらよいのですが」
先ほど私は、このワンちゃんがピーコックさん本人であると解釈したのですが、一言もしゃべってくれませんし、だんだん、不安になってきました。
う〜ん、あの黒い手、引っ張り出せばいいんですかねぇ。でも〜、露骨に手招きするような動きで、キモくて触れません。そもそも、なんで犬の口から腕が飛び出ているんですかね。現代アートでもこんな作品はありませんよ、たぶんですけど。
あ……噛みちぎっちゃい、ましたよ、腕……。
ぽとっと床に落ちた、黒い片手。まだ指先が動いてて、怖いです。
……え? コレけっきょく、なんなんですか……? どんな意図が? いったい私たちに、どうしろと?
ああ! ワンちゃんが絵の奥へ走ってっちゃいました!
「待ってくださいピーコックさん! せめて、せめて何か説明を!」
「やはり燃やすか」
「ちょ、まだ待ってくださいダンさん! ピーコックさん戻ってきてー! ピーコックさんってばー!!」
うっそー! あの犬、もう見えなくなりました! 私たちを置き去りに!? これホントどうしたらいいんですか!? もう絵を燃やし尽くすしか、方法がないんですかぁ!?
じゃあ私のあの学芸員ごっこは、いったいなんだったんですか……めちゃくちゃ気合い入れてがんばったのに、恥ずかしいです……。
穴があったら入りたい程の羞恥に苛まれているというのに、なんで私の頭上がどんどん明るくなるんですか~、嫌味ですか、さっきまで薄暗かったのに。
ん……? 頭上からくる明るさが、なんで増してるんですか???
疑問にかられて地上を見上げると、さっきまで月のようだった長方形の穴が、ぐっと近くなっていました。
「ダンさん上!」
「上? ……何もないじゃないか」
「私たちが落ちてきたあの長方形の穴が、さっきより大きくなって見えませんか!?」
私の慌てぶりに、ダンさんが怪訝そうな顔で、再び見上げました。
「……言われてみれば、そう見えるような気もするが、この床がせり上がって、我々を地上に運ぼうとしているのではないか? なぜかは知らんが、ピクチャーデーモンが我々を逃がす気になったということか」
「そう、でしょうか……? 私には、床が上がってきていると言うより、あの四角が、どんどん大きくなって近づいてきてるように感じるのですが」
「どっちみち、地上が近づいているのならば同じことだ」
ダンさんって些細な違いとか全く気にしないくせに、他人の生え際の位置とか把握してるんですよね。あ、それだけロゼフィール君と長く旅をしてきた、という意味でしょうか。あれ? でも、ほぼ初対面のラズ君の生え際も把握済みでしたよね、私の目のこと節穴扱いしてましたし。やっぱりダンさんの目の付け所は、おかしいですね。
「うーん、聖女様ちっとも釣れねーや。もう直接、手ぇ入れちまおー」
この大きな声、ラズ君!?
な、なんで頭上から、ラズ君の大きな声が……あら? 頭上から何やら降りてきて……って、手ぇ!? うわわ、めちゃくちゃ大きな片手が、ゆっくりとこちらに降りてきましたよ!?
「聖女様、いたら俺の手ぇ握って! 引っ張り上げるから!」
「えぇ……? ほ、本当にラズ君なんですか? なんでそんなにおっきくなって……」
うわっ! 手が適当に動きだして、双子ちゃんの絵に指先が激突。真後ろに倒れる双子ちゃんの絵。キャンバス全体が怒りマークをグシャッと浮かべたので、やっぱりこの絵はピーコックさんで間違いないようですね。
「あれー? なんか指に当たった~」
再びラズ君の声が。適当に空気をかき混ぜる巨大な手に、私とダンさんは、もう右往左往するしか。
「おいミミック、ここでは何か起こるか予想もつかん。あのバケモノのような手が、本当にお前の仲間か偽物か、判断を任せる」
「えええ!? せ、責任重大じゃないですか」
「そうだ。人生は、どんな選択も責任重大だ。全てが未来に直結しているのだからな」
あ、モンスターが人生を説くんですね。
「他人の生え際マニアのダンさんのほうが、観察眼があって判断能力も高いんじゃありませんかぁ?」
「誰が生え際マニアだ。私は目線が高いゆえに、他人の頭頂部に目が行きがちなだけだ」
今は私と同じ背丈の、女の子の姿してますけどね。
うーん、普段は目線の高いダンさんだと、顔から下の観察眼には自信が無いというわけですか。
「あ、そうですよ、ロゼフィール君の双子のお兄さんがラズ君ですから、ロゼフィール君そっくりの手なら本物かもしれません。どうですかダンさん」
「手の形は、人生の過ごし方で形が変わる。日々鍛錬し、手にマメや生傷を作ってきた我が主と、全く同じ形状の手になることは、擬態でもしなければ不可能だ」
「……深爪派と、白いとこ残す派がいるということですね、わかりました」
手にも人生が宿るとは。たしかに、人の頭蓋骨を殴ってばかりのクズは、指の形がおかしかったです。指の太さがまちまちで、微妙に曲がっていて、たぶん指の軟骨あたりが骨折しているんでしょうね。そして病院に行くと事件性を疑われるから、治療せずそのまま。変形した手の出来上がりです。
ダンさんは擬態のおかげか、手がパーツモデル並みにキレイですけどね。
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