第50話   呪われた理由を知りたい③

 飛び降りようとしたけど、たくさんの黒い手に俺の手首足首ががっちり掴まれてて、途中で落ちないようにされていた。


 うわ〜、一気にピーコックの絵画の、ぐちゃぐちゃの顔のところまで持ち上げられたぞ。弟があんなに小さく見える。


「兄さーん!」


「なんだー?」


「え、普通に返事が返ってきた……なんか平気そうだねー!」


「俺はお前と違って、高い所でも平気だからなー!」


「なっ! 僕だって特別苦手ってわけじゃないよ!」


 ハハハ、大声出して必死だな。正直者なところが、昔とちっとも変わってないな。


 さて、ざっと状況確認も終えたし、今の俺が向き合わなきゃならないのは、下で騒いでるロゼフィールじゃなくて、こっちの、ぐちゃぐちゃピーコックのほうだな。絵なのに、口の部分が赤くてぬめぬめして光ってて、血肉をべっちょり塗りたくったみたいだ。


 目の部分は、黒い木炭で塗りつぶしたみたいになってる。絵って人間みたいに治ったりしないから、この絵はこれからもずっとこのままなのかな。服装も黒く塗られてて、正装なのか鎧の重装備なのかも、よくわからないや。肩の部分が盛り上がってるから、甲冑を着てる、のかな?


 うわわっ! 絵ぇ全体が動きだしたぞ。あ、あれ? 肩の部分……コレ、筋肉だ! 太い上腕を振りかざして、絵から腕が突き出てきた。額縁をがっしり掴んで、ぐちゃぐちゃの頭部を、水から飛び上がる魚みてぇに俺の目の前に突き出してきた。薄暗くて、はっきりと見えないけど、鼻先が異様に長い気がする。


 犬……?


「これ、犬の顔かー?」


 聞いてみたけど返事はなかった。でも、頭部の骨格の形状が犬っぽい。ピーコックは犬だったのかぁ、意外だなぁ。いつだったかピーコック本人が、屋敷に大型犬の絵があるって言ってたな。


 うわ、口がばっくり裂けた! うわ〜、やっぱり犬だ〜! 全部とがった白い犬歯が並んでる。ん? 口の中に、黄金色の額縁に入った絵が見える。変なところに展示してるんだな。


 うおお、低くてでっかい声で吼えられた〜! 耳の奥がビリビリする。


 弟はコレ見てどんな反応してるだろうって見下ろしたら、腰が抜けたのか座りこんでた。でっかい動物に会ったことがないのかも。あ、ダンはでかいか。


 ああ、俺の手首足首を固定してくれてた手の指たちが、外れてゆく。イヤな予感がしてきたぞ。俺は自由になった両手で、腰に巻いていたロープを解いた。あらかじめ先端部分に輪っかを作っておいたから、近くの黒い手の手首に引っかけて、ギュッて締めた。これで少しは体が固定できるぞ!


 お? なんだなんだ? 俺を持ち上げてたたくさんの手が、一斉に動きをそろえて縮まった。そのまま下ろしてくれるのか?


 って、そうじゃなかったー!! 勢いつけて一気に伸び上がって、俺を犬の口めがけて投げてきた!!


 ロープが無かったら、バックリいってたかもしれねー。あっぶね〜。


 下では、ロゼフィールが人型ピーコックに、馬乗りになってビンタしていた。何か嫌なことでも言われたのか、それとも、俺が食われそうになったことに腹を立てたのか。人型ピーコックの頭が取れて、弟が慌てて離れてゆく。


 俺は再度、犬頭のピーコックを見上げた。


「俺のこと、食うほど嫌いだったんだな」


 犬の頭部全部を歪ませてピーコックが笑った。


「いいや、気に入った! 吾輩がお前を好かんかったのは、何を考えているのか全くわからんかったからだ。その全てを自ら解説し、さらには吾輩の永らくの疑問まで解消してみせた! じつに面白いヤツだな、お前は!」


 声でけぇ〜。低い声してるから、聞き取りづれぇ。


「特別に、吾輩の収集物に入れてやる」


 収集物? そう言えばピーコックも、旦那様と同じで、何か商売してたんだったな。確か、あのじいちゃんが「気に入ったのなら、用事が済んだあとに、くれてやってもいい」とか、ピーコックに言ってたっけな。あれは、屋敷に保管されている道具の一部に、してもいいって意味だったのか。


 ミミズみたいに太い血管の浮いたでっかい腕が、俺の胴体を鷲掴みして、ぐいっと引っ張った。ロープを結んでた黒い腕が、ブチッとちぎれる音がした……。


 犬の口は、さっきよりも大きく裂けていた。俺が手足をばたつかせても、口の中のどこにもかすらないほどに。


 口の中のずっと奥で、絵画が額縁ごとまぶしく光り輝いていた。絵の中に、子供が閉じ込められてたことがあったけど、ピーコックが俺を収集物の一部にしたいなら、俺もこの額縁の中に、入れられちまうのか? そうなったら、ロゼや聖女様たちと、もう話せないのかな。


 旦那様とも、かな……。


 でっかい腕が、俺を口の中へ、ポイッと放り入れた。


 ああ、俺、喰われるんだな……。


 ――でもまだまだ、足場になりそうな場所がある!


 長い長い黒いトンネルの先に、黄金色に輝く額縁がある。距離が縮まって気づいたけど、この絵もなかなかでっかいぞ! この屋敷でたまたま見つけた、底の厚い丈夫な靴なら、あのごてごてした額縁に立っても、平気だ!


 足、額縁に届くかな〜。体全体で受ける風圧も、体を傾けたりして、調整したら、少しは端っこに寄せられるかな? 足も伸ばせるだけ伸ばしてみよう!


 ……よっし、着地成功!!


 足も痛くねーぜ!


 あ、額縁に着地することばっかり考えてたから、絵をじっくり見てなかったや。これもー、ピーコックが描いてある絵なのか?


 あれ? 別のヤツが描かれてるじゃん。この姉ちゃんは、変身したダンだ! 薄暗い場所を、一人で歩いてて、偶然こっちを向いた瞬間を描いたみたいだ。じゃあさじゃあさー、この腕に抱えてるちっちゃい箱は……聖女様か!?


「聖女様ー!! 俺だよ、おーい!!」


 ……う~ん、ダンにも聖女様にも、反応した様子が見られないぞ。


 あ、そうだ、俺の持ってるロープの先に、ちぎれた黒い手が残ってるんだよな、これを絵の中に垂らして、聖女様たち釣れないかな~。


 うっし、やってみよう! ロープを絵の表面に投げて……うわ、池みたいに手が沈んでった。ロープがするすると引っ張られてく。


 俺が額縁に着地できてなかったら、俺もこの絵の中に、沈んでたんだな。あっぶね~。ピーコックって、なんでも喰って作品にできるんだな。屋敷の外で黒い大型犬に出会ったら、真っ先に逃げなくちゃな~。


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