第49話   呪われた理由を知りたい②

「兄さんの言動次第で、あの絵画のモンスターが襲ってくる気がするんだ。返答は慎重にしたほうがいいよ」


「ええ? でも~、それだと俺の本当の気持ちが言えないだろ? 俺だってピーコックの本当の気持ちが知りたいしさ。もしもケンカになったら、そんときはー、んーっと、そのときだ! ハハハ」


「ハハハじゃないよ、もう!」


 ロゼフィールに何度も腕を揺さぶられながら、俺は絵画のピーコックを見上げていた。でっけぇ絵だよなぁ、どうやって描いたのかな。これの顔をぐちゃぐちゃに塗りつぶすだけでも、相当な時間がかかるぞ。塗りつぶしたヤツは、俺よりもピーコックのことが嫌いだったのかな、それとも、別のことで腹が立っててやったのかな。


 まあいいや。ピーコックは落書きごと表情にしてしゃべってるから、そんなに困ってもいないんだろ。目玉だって黒く塗られてるけど、ちゃんと俺のこと見えてるようだしさ。


「俺は寝泊まりができて食い物があって、ロゼのことも受け入れてくれるこの屋敷を、どうして急に嫌になったのか、俺にもよくわかんないんだ。でもピーコックは悪くないよ。俺のどこかがおかしくなっちゃったせいだ。弟も来ちゃったしさ、なんだかいろいろ、心がごちゃごちゃしてて片付かないんだ」


 ピーコックが塗りつぶされた目で瞬きしている。


「俺、ここで聖女様に出会えて本当によかったよ。食べ物の名前や、作り方を教えてもらったし、身だしなみって言うやつが大事なのもわかったよ。今まで適当にボサボサでいいやって思ってたけど、手入れすると体が痒くならなくて、それに髪の毛を櫛でとかすと、つやつやになってさ、なんだか自分のことがキレイに思えたよ」


「そうか。たしかに、初めて見たときのお前は、ぼさぼさでぼろぼろだったな」


「ピーコック、お前も俺のこと好きじゃないんだろ? なんとなくわかるよ。俺がロゼや聖女様みたいに、ピーコックの普通を受け入れてたら、好きになったか? ごめんな、自分でもどうしてそれができないのか、わかんないんだ。こんな俺は、お前から嫌われるのも当然だな」


「居づらいなら、旅立てばいい。吾輩は屋敷を世話してくれる人間が欲しかったが、お前では道具がいくつ破壊されるか、知れたものではないからな。そもそも乗り気でない人間を、管理人として束縛するつもりもなかった」


「そっか。俺もあんなにたくさんある道具の掃除とか、無理だわ。うんざりして、ため息ばっかになって、いつかパリーンッて手ぇ滑らせると思う」


 すでにロゼフィールが俺から距離を取っていた。俺がピーコックを怒らせると予想して、早めに離れたんだな。べつにいいけど。


「でもさ、俺は一人でこの屋敷を出ていくのは嫌なんだ。去るなら、聖女様もロゼも連れて行きたい。一人の方が気楽だけど、ここに二人を置き去りにするのは、すごく心配だし、すごく悲しい気持ちになるんだ。きっと俺は、あの二人と一緒じゃなきゃ嫌なんだな」


「……吾輩の事は連れて行かないのか?」


「うん。ピーコックは、俺たちがいなくても、この屋敷でしっかり生きていてくれるような気がする。なんなら、俺たちの帰りを待っていてくれるような気がする。どうしてかな、お前とは、いろんなことが合わなくて、そしてそれは全部俺のせいな気がするんだ。俺はお前とは一緒にいたくない、お前もそんな俺とは一緒にいたくないだろ? でも、えっと、うまく言えないけど、聖女様とロゼのことは、好きでいてくれよ。それで、二人がボロボロになったときに、帰る場所になってほしいんだ」


「二人にとっての、城になれと?」


「うん、そう。ピーコックなら、二人にとってのお城になってくれそうな気がする。聖女様もロゼも、俺よりは器用だし、掃除もできるほうだしさ、ピーコックも二人のこと気に入ってるだろ?」


 ……え? 返事がないぞ? 二人のこと、好きじゃないのか? それとも、俺ばっかりしゃべっちゃってて、機嫌悪くなったのかな。じゃあ、ピーコックの番にしないと。


「えーっと、以上でした。なんか、都合のいいことばっかり言っちゃった気がするー。ピーコックは、俺の話聞いてどう思った? やっぱり嫌だったか?」


「二人の帰る場所になれとは言うが、そこにお前は含まれていないのだな」


「だって気まずいじゃん。俺はメシどきに、いろんな種類のメシを大量に一瞬で持ってくることできないし、侵入者が大勢やってきたら、一人で相手するのは無理だ。ここで俺ができること、あんまないもん」


 ああそっか……俺がピーコックを好きになれなかった理由が、だんだん、はっきり、わかってきた。


「なんだかここにいるとさ、俺すっごくかっこ悪くなるもん。俺はそれが、すっごく嫌だった。ピーコックばっかり、みんなに頼られて、ずるい。俺もピーコックみたいなことができたらなって、羨ましく思ってるよ。だけどできないから、嫌になってるだけだ」


 聖女様が料理を作るときだって、ピーコックの用意した食材から献立を決めてるだろ? 大きな絵に向かって、一生懸命に考えてる時間が、ぜんぶ俺のほうに向けばいいのになって、思うときがあるよ。何かに熱中している聖女様の背中を見てることしかできないのは、すっごく寂しいし、でも声かけちゃダメかなって思うから、もやもやもする。


 今の俺には、その原因がピーコックに思えるから、好きになれなかったんだ。


「ずるい?」


 絵の中のピーコックが、おでこも前髪も巻き込んで、顔をしかめた。物理的にしわができてるぞ。


「今この吾輩を見ても、羨ましく思うのか」


「顔じゃなくて~、能力がな。あ、そうだ、その顔さぁ、どうしたんだよ、誰に塗りつぶされたんだ? 拭いたら取れるかな」


 ……あれ? 絵のほうのピーコックが、全然動かなくなっちゃった。代わりに、額縁に座ってたピーコックのほうが、立ち上がって、床に下りてきたぞ。あ、あの針みたいな剣、ピーコックが座ってた額縁の、人の手の骨みたいな飾りががっちり掴んでる。他にも、ベルトとか、見覚えのあるナイフとか。ハハ、罠に嵌めた侵入者の持ち物の中で、気に入ったヤツがあったら持ってるのか。


「……吾輩はずっと、なぜ吾輩は呪われているのか、疑問だった」


 ピーコックが絵を見上げながら、そう言った。


「吾輩は世界中から必要とされ、愛されていた絵画。その役割を終えた後も、惜しまれ悲しまれ、保管専用の屋敷まで造られた。それの何が呪いにつながるのか、長らく疑問だった」


「この絵、呪われてるのか?」


「この絵こそ、この世で最初に描かれた吾輩だ……というのは冗談で、この絵に作者はおらん。だが、これこそ吾輩自身なのだ。大雑把に分類するならば、この地下空間全体が、吾輩だ。しかし、なぜ、このような姿が吾輩なのか、それがわからなかった」


「うーん、俺もよくわかんないや。作者がいないのに、どうやって生まれたんだろう。勝手に何かが集まって、できたのかな」


「お前はなかなか、的を突くな」


 え、適当に言ったら当たってた。


「我輩を励みに己を磨き続けた少女たち、その心にいつまでも巣食う吾輩の存在を、憎む夫たち。吾輩はその両方から、激しく憎まれていたのだな。吾輩が実在しない男であるばかりに、誰もどこに怒りをぶつけていいのか、わからなかったのだろう。絵を廃棄しようにも、美術的価値の高さに目がくらみ、保管してしまう始末。吾輩の絵がこの世のどこかに存在していると思うだけで、怒りが込み上げ、しかし廃棄できず、そんな歴史を長く長く紡ぎ続けていては、これほどまでに呪われし道具が出来上がるのも、無理はないというわけだな」


 憎まれてた? ピーコックが、他のヤツらから?

 んー……俺とおんなじ思いをしてたヤツがいっぱいいたんなら、そうなのかもしれないな。でも、これは黙ってておこうと思った。だって絵を見上げてるピーコックが、なんかちょっとだけ悲しそうだったから。ピーコックだって、恨まれようと思って、がんばってたわけじゃなかったんだもんな。俺も、ピーコックにこんな顔させた一人なんだろうな……。


 ピーコックが視線を、絵から俺たちに戻した。


「以前はラザフィールにこれを言うと、吹き出して笑ってくれるから、繰り返していたが」


 ニィ、とピーコックが片方だけ口角を上げた。その顔が、口に全部引っ張られて歪んでいて、俺は初めてピーコックが人間じゃないんだってことを思い出して、ゾッとした。


「――この私こそ至高の呪い芸術品、そして私こそが、ピクチャーデーモンだ美の最高傑作だ


 その言葉に、背中がぞわりとした。これは、言葉じゃない――屋敷全部を動かすための、呪い命令だ!


「兄さん!!」


 弟の叫び声よりも早く、俺は後ろを振り向いていた。さっきまでうねうね動くだけだった壁中の手のうちの数本が、避けきれない速さで伸びてくるなり俺の胴体を持ち上げて、宙に浮かせた。


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