第46話   全員まとめて、床がパカッと

 この勝負、どうなったのでしょうかね。ぱっと見は私たちが負けていますが、侵入者お二人に、これ以上の戦意が見られません。では私たちも、これ以上は何も。と言うより、これ以上のことが、もうできません。


 ラズ君が弟さんと口論しています。なにやら、私たちのことが話題のようです。


「ていうかさぁ、ロゼフィールは俺のことばっかり言うけれど、お前だってミミックと一緒にいるじゃんか。どうして俺はダメで、お前はいいんだよ〜」


「ダンのこと?」


「そう。お前これから城に帰るんだろ? そいつと一緒に帰って大丈夫なのか?」


 すると、ロゼフィールさんは不愉快そうに鼻を鳴らし、私たちを睨みつけました。


「ダンをその辺のモンスターと一緒にされると困るね。彼は世間では素晴らしい聖職者だと評判なんだよ。きっちり人間に擬態できているから、心配は無用さ」


「それでも、そいつモンスターじゃん。散々俺の友達のことを悪く言っといてさぁ、やっぱ兄弟ってどこか似るんだな」


「同じにしないでよ。亡くなったはずの聖女様に擬態させてる時点で、兄さんのセンスじゃ表の世界には出られないんだよ。せめて違う女性にすればいいのに」


「違うぞ~? 聖女様がミミックに化けてるんだよ」


 うわ、ロゼフィール君の眉間に、また青筋が。そしてラズ君は気づいてなさそうです。


「……まあいいよ、それで。あと、さっきそこで生首になって転がってた子も、どうして兄さん自身に化けさせてるの? 意味がわからないんだけど」


「だって、鏡に映る人間が、俺しかいないから」


「……ごめん、やっぱり意味がわからない。ともかく、兄さんは表の世界に出ちゃ駄目だよ。お城じゃなくても、モンスターは庶民に取っては恐怖の対象なんだからね」


「ふーん、そうなのか〜」


 一応は返事をしてみせたラズ君ですが、頭を片手でボリボリ、よそ見。真面目に聞いてない上に、そもそも言われてる意味があんまりわかってなさそうな雰囲気ですね……。


 ダンさんは、また可愛い女の子の姿に戻っていますが、あの恐ろしいマッスル姿をさらした手前、今更どのような人に擬態されても強烈な違和感が残りますね。


 しかも、なんでか私を膝の上に乗せて、廊下に足を崩して座っています。


「王子、この屋敷はどうしますか? 長らく人々に害を与えてきた悪しき場所です。あまり強くないようですし、今日で解体しますか?」


 私を膝に乗せた状態で、なんてことを相談するんでしょうね、このミミックは。


 ロゼフィール君が、うーん、と眉毛を寄せて思案します。悩む姿がラズ君と似てますね。


「いや、今はよそう。僕たちは、ややこしいことになっている城に戻らなければ。この屋敷もいずれは着手しなければならないけれど、今はこの件に構っている時間はない」


「御意。お供いたします」


 ……どうやら今しばらくは、何もされないようですね。お城がどうのと言っていましたが、おそらく旦那様が住んでいるお城ではなくて、この国の王様のお城でしょう。どんな世界でも親族同士の争いは絶えないご様子、けれどもダンさんなら余裕で勝てそうですね。とにかく硬くて、魔法も強力で、移動も速いんですもの。


 この世界でモンスターが何かを守るためには、ご飯を作ったり、家を整えたりするだけでは足りないんだと思いました。私もいざとなったら、硬くて貫けない最強の要塞にならなければ、それぐらい強くならなければ、こんなふうに仲間をバラバラにされても手も足も出ない状況に陥ってしまうんだと学びました。この世界は、人間寄りのモンスターに優しくありません。私たちのために警察は来てくれません。どこかの相談所もありません。硬く、強くなければ、人間と共存はできないようです。


「あのー」


 私はミミックさんを見上げて話しかけました。


「なんだ」


「ミミックさんは、どうしてそんなに強くなったんですか? どこで鍛えたんですか?」


「お前も外に出てみろ。より上手く擬態し、より強くなければ、とても生き残れないぞ」


「……わかりました」


 普通にしていてもどんどんムキムキになっていくほど、過酷な世界のようです。擬態の上手さは、知恵だけでは乗り越えられないでしょう。多くの人に会い、彼らの体の特徴を頭に叩き込み、誰にでも変身できるようにするためには、確かに、お屋敷の中だけでは限界があります。頻繁にやってくる侵入者のお顔は、すぐにピーコックさんの罠にかかって落下していってしまうため、じっくり観察できませんし。


 ハァ、外の世界、ですか……。私だって、いつまでもこのお屋敷でお世話になるわけにはいかないと思っていました、ですが、たった一人で旅をするのは、とても怖いですね……何が起きるかの予想すら立たないのは、まるで財布もなく知り合いもいないままに適当な場所へヒッチハイクしてもらうような恐怖心。しかも治安が悪いという……。誰かを守るために強くなりたくても、その前に私が野垂れ死にそうです。


 仲間意識の高いラズ君ではありませんが、誰かと一緒に、旅ができたら……。何か困った事態が起きても、その人といろいろ相談しあって先のことを決められたら……。そう考えるだけでも安心しますね。今の私一人では、右も左もわからず、通りすがりの人間に退治されそうですから。


「ラズ、僕は分身の体を作り直したいので、空いた時間で良いデスカラ、ラズに鏡の前に立ってほしいデス。さすがにこのままでは、みっともないというか、体も動かなくて、何も役立てることができず不便デス……」


「兄さん、生首モンスターが、堂々と兄さんに擬態したいって言ってるよ」


「ロゼは道具だから、モンスターじゃなくて魔物だな。べつに、俺になりすまして悪さをしようってわけじゃないよ。本体がでかい鏡だから、自由に行動するための分身が欲しいんだよ。ちなみに鏡に映った相手じゃないと、分身が作れないんだ」


 ラズ君が腕の中の生首ロゼ君を見下ろし、安心させるように笑いました。


「わかったよ。もう少ししたら、二階に行こうな」


「ありがとうございマス。デハ僕は、この分身の体を消しておきマスネ」


 ロゼ君的には、早々に自分の体を消したかったというのが本心だったのでしょう、ずっとラズ君に抱えられて恥ずかしかったのでしょうね。空気の抜けた風船のように、シュ〜ッと音を立てながら縮んでいき、ポンッと煙を上げて消えてしまいました。跡形もなく、何もいなくなった腕の中。ラズ君が、さすがに蒼白していました。目を丸くして両手を見下ろしています。


「ロゼって、何でできてるんだ……?」


「謎ですね……」


 痛みがなかったり、バラバラになったり、ロゼ君にとって分身の体は、そんなに大事なもので形作ってはいないのでしょう。


 廊下に散らばる他の体の部位も、ポンッポンッと音を立てて消えていきます。その音は可愛いのですが、しわしわに縮んでいく光景がシュールで、私含め全員がシーンとなっていました。


 特に、侵入者お二人がドン引きしていました。あんな奇妙な生き物と友人になれるラズ君の正気を、疑わんばかりに。


「兄さ――」


 ロゼフィール君が何か言いかけた、そのとき、床が大きくぐらつきました。



 ……え? 床ぁ!?



 床が抜けましたー!! 窓しか光源のない薄暗さの中でも、黒光りするキレイな床が!! 今までどうやって浮いていたのか疑問になるほど、ふわっと落下していきました。


 床板が空中でバラバラになって落ちていきます。散り散りになって奈落の底へと、落下していく私たち。もう誰の悲鳴かわからないのが重なって聞こえます。


 これって、まさか……ピーコックさんの仕業しわざですか!?


「ピーコックさーん!? な、なんで!? どうして今ー!? しかも私たちまで〜!?」


 あ〜、とてつもない浮遊感に、体がこわばって、どうすることもできません。体がむず痒くて、どこにも掴まれなくて、このまま硬い床に、この高さから叩きつけられたら、さすがの私もミンチになってしまうような気がしました。


 私にはジェットコースターに乗った経験がありません。遊園地なんて夢のまた夢、修学旅行にも行かせてもらえなかったんです。保険証のコピーを担任に提出すれば、修学旅行に行けたのに、親が渋って出しませんでした。

 今思えば、当時の私の体に残った傷跡を、修学旅行先の温泉で、見られたくなかったんでしょうね。行きたかったです、修学旅行。


 最期に思い出すのが、浮遊感イコールジェットコースターに乗りたかったという、後悔を連想させる前世の記憶だなんて……どうせなら、まっさらな状態で生まれ変わりたかったですね……。


 だってそれが、普通のことなんでしょうし。


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