第15話   人里で起きた怪事件

 お昼までには帰ってきなさいと言いつけられ、一度もその約束を破ったことがない子供たちが、集団で忽然と消えてしまっては、誰しも心配すると言うもの。


 悲痛な声で我が子の名を呼ぶ両親の姿は、瞬く間に周囲の同情を引き、協力者が集まり、大勢で名を呼ぶがそれでも返事の一つも返ってこないことに、不安の波は広がっていった。人里一つが一丸となって、子供たちの捜索に当たった。


 子供たちの笑顔まで消えてしまっては、暴君の圧政に苦しむ民にとって、気持ちの晴れる日は来ないだろう。



 私の持っている懐中時計が、彼らの捜索活動が数時間に及んでいることを示す頃、どこを探してもあんなに見つからなかった五人の子供たちが、広場に忽然と姿を現したのだ。


 それはそれで大事件であった。いったい誰が、子供たちを隠していたのか。ギスギスした犯人探しが始まりかけたその時、子供たちの口から、信じられない内容が飛び出てきた。


「おそとであそんでたら、ヘンなおへやに、とじこめられたの。すごくステキなおへやだったけど、こわかった……」


「みたこともないおかしが、おいてあったよ! いくらたべても、おこられなかった」


「どーぶつのしたいが、テーブルのうえにあってこわかった。まども、とびらもなくて、でられなかった」


「くだものがいっぱいあって、なんだか、ごわごわしてたよ。ぼくたちがしっているくだものと、ちがうみたいだった」


「せーじょさまが、たすけてくれた! せーじょさまは、がくぶちのむこうから、ぼくらにはなしかけてくれた。きょーかいにかざられた、せーじょさまのえと、おんなじすがただったよ。ぼくたちがまいにち、おいのりしてたから、せーじょさまがたすけてくれたんだね」


 何度も泣いたのか目を真っ赤にしながら、子供たちは口々に、謎の部屋のことと、聖女なる女性の存在を話題にした。大人たちが聖女の特徴を尋ねると、野イチゴのような色の瞳のキレイな人だったと返ってきた。赤い目を持つ聖女は、歴代の聖女の中で、ただ一人しかいない。そして百年以上前に、亡くなっている。


 その聖女が存命中であったならば、老若男女、教会に赴き、絵画の中の聖女に感謝の言葉を述べただろう。しかし現実はそうではないから、大人たちは半信半疑であり、やがて「古い文献に、誘拐や盗難をしでかす奇妙な屋敷の記述がある」「屋敷に巣食った魔物が、聖女の姿を借りて、子供たちをからかったに違いない」などなど、不穏な憶測が飛び交った。


 伝説の聖女なのだから、奇跡の一つも起こせるだろう、とは、彼らは思わない。なぜならば、魔物やモンスターと区別するため、聖女とは「皆の心の拠り所。そして民草を代表する」であらなければならなかった。自分たちが信じていた人間が、モンスターや魔物だったとあっては、そのような存在に簡単に騙される自分たちの心が、恐ろしくなるからな。


 さて、そんな聖女様が、墓地から蘇り、魔物やモンスターのように振る舞ったとしたら、どうなるだろうか。


 ただの人間であることが絶対条件である、聖女様が。


 誰かが声高に言い放った。


「聖女様を侮辱するモンスターを退治しろ! また子供たちが誘拐される前に!」


 安心安全が少ない今の時代、少しでも脅威と感じられるものは、大多数から排除される。魔女狩り然り、病魔然り、差別然り。

 果たして、聖女の姿を借りたばかりに、大勢から標的にされたバケモノは、この危機をどう乗り越えるのだろうか。


 私には、一切関係ないことだが、その結末は気になるところではある。あの難攻不落の屋敷に、何の力も持たない彼らがどう立ち向かうのか? 誰が勝利するのか?

 どちらにせよ、ちょっとした酒の肴にはなるだろう。


 大人たちは引き続き、子供たちから事情聴取を行った。大勢で情報を共有するために、広場で、そして大人数で行っている。


「せーじょさまのよこに、すごくきれいなこがいたよ。おとこのこかな? う〜ん、おんなのこかな? どっちかわからないけど、むらさきいろのめをした、ふしぎなこだったよ」


 ……紫色の、目?


 私は軽食屋の屋台から離れ、彼らのもとに歩み寄った。さして美味くもない、ぱさついたパンに少ない野菜と魚肉が大味のソースでごまかされただけの食べ物だった。この国は以前はもっと豊かで、民も少しは肥えており、少しくらい王の悪口を言ったところで憲兵に連れ去られたりはしなかった。


 広場にやってきた私の姿に、怪訝な視線が集まるのも想定内。よそ者などめったに訪れないゆえに、物珍しいのは理解できる。


「そのモンスター退治、僭越ながらこの爺に任せてもらえないだろうか」


 黒々とした大きな日傘を頭上に、真っ黒なマントを老体にまとい、口角から牙を尖らせるこの私でも、人里に下りれば大きな麦わら帽子をかぶった素朴なおじいさんに、なりすます。


「じいさんが?」


 広場の若者が呟く。今の私は、ぶらっと旅をしている物好きな年寄り、各地で一泊を乞いながら、のどかに食事をし去ってゆくだけの人間、という設定で通している。


「よそ者のじいさんにそんな真似させられねーよ。あんたにゃ関係のない話だ」


「なぁに、これでも若い頃は、魔物やモンスターを狩って暮らしてきた、賞金稼ぎさ。腰にぶらさげた革袋には、愛用の武器も入っとるよ。さあもっと情報を、詳しく教えてくれないかな、おチビちゃんたち」


 しゃがんで目線を合わせると、泣き腫らして目を真っ赤にした子供たちが、キョトンとしていた。


「おじいちゃん、すごいひとなの?」


「ああ。とある旦那様には、とても劣るがね」


 子供の誘拐に窃盗事件など、知るものか。私は紫の目の子供さえ取り戻せれば、それでいい。


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