第14話   絵画の中で、子供たちが泣いてる!

 ラズ君の生い立ちの話、もっと深く掘り下げて聞きたかったのですが……たくさんお勉強したら、お腹が減るのは当然です。私が特別に、お腹が減りやすいモンスターとかは関係なく、お腹が鳴るのは自然なことなのです。


「あはは! 聖女様すごい腹鳴った〜」


「今のはロゼ君です」


「エ〜」


「では、お昼ご飯にしましょうか。一階のキッチンで、また三人で何か作りましょう」


 ピーコックさんに関する資料は、ご飯を食べてから集めたって遅刻にはなりません。


 三人そろってお部屋を出ると、一階のキッチンへと、廊下を歩きました。ラズ君がいつか帰る所にも、美味しいご飯を一緒に食べてくれる誰かがいると嬉しいですね。


 ん……? かすかですが、子供たちの泣き声のようなものが……こんな薄暗い廊下で、何が起きるか予想もつかないお屋敷の中で、私たち以外の子供の声ですか? なかなかにホラーです。


 双子たちも警戒したお顔です。


「なんだ? 誰かが侵入してきた気配なんて、しなかったぞ」


「ハイ。泣いている子供の数は、三人のようデス。ずいぶんな人数に侵入を許してしまいマシタ」


 泣いてる子供よりも、不審者に入られたことが不快のようです。


 なんだか、双子との価値観の違いに、逆に冷静になれましたよ。私がしっかりしませんとねー。


「聖女様、キッチンの方角から聞こえるよ。食料にする?」


「うっ、えっと、もしかしたら迷子かもしれませんから、ゆっくり近づいて、様子を見ましょう。大丈夫そうだったら、お話してみましょうか」


「うん」


「ハイ」


 ふぅ。ひとまず幼児大量虐殺を目の当たりにする確率は下げました。


 声はキッチンではなくて、その奥の食堂から聞こえました。絵画の明かりが、室内をぼんやりと照らしてくれます。


 ロゼ君は声が三人分聞こえていたようですが、実際には五人の子供が、食堂の絵の中に描かれていました。


 そうなんです。今朝まで食料しか描かれていなかった静止画に、泣きじゃくる子供三人と、ちゃっかりお菓子やハムを食べている子供二人の姿が追加されていたんです。


 泣き声は、この絵画から響いていました。ここがどこだかわからず、お母さんを求めたり、家に帰りたいと訴えたり。


「なあ聖女様、これどういうことなんだ?」


「さあ……。ピーコックさんなら、何か知っているかもしれません」


 ともあれ、声量が非常にうるさいですし、無視して料理にいそしめるほど私も鬼ではありません。いつ現れるかもわからない男性を頼る前に、まずは、私が絵画に近づいてみました。


 描かれた子供たちは、微動だにしないのかと思いきや、目からぽろぽろ涙がこぼれて、現在進行形で滴っています。お菓子を食べている子は、サクサクと口元が動いていました。目元だけ動くピーコックさんと、似ていますね。お話できるでしょうか。


「こんにちは。あの、どうしたんですか? そんな所で」


 すると、賑やかだった泣き声が、小さなしゃっくりを残して少し治まりました。


「せいじょ、さまだ!」


「たすけて、せいじょさまー! みんなで、おそとであそんでたら、へんなおへやに、とじこめられちゃったの~!」


 しゃっくりを上げながらの、必死の状況説明。ふむふむ、お外で遊んでたら、変なお部屋に閉じ込められたと。そこは部屋じゃなくて絵画の中なんですが、閉じ込められてる子供たちからはお部屋だと認識されるようです。


 そして、幼い子供たちが悪党はびこる不気味な森の中で、遊ぶとは考えにくいです。普通の親なら口酸っぱく反対しているか、そもそもそんな森の付近に住居を構えないのが普通の感覚です。


 この子たちは、森から離れた場所から、揃って誘拐されたのでしょうか。


「せいじょさまー!」


「せいじょさま~、こわいよ、たすけて~」


「せいじょさま、このおかしすっごくおいしーね! どこでかったの?」


 お菓子食べてる組は、大物になりそうですね……。


 えーっと、どうやって彼らをおうちに帰したらいいんでしょう。この誘拐の主犯って、やっぱりピーコックさんなんですかね。


「あのー、ピーコックさーん? 人間を食材として持ってくるのは、やめてほしいなー、なんて……」


 どこに向かって話しかければいいかわからないなりに、私はこのお屋敷全体とお話しするようにしました。


 そしてピーコックさんが現れたのは、絵画の下の、暖炉の中からでした。逆さまに、にゅっと、上半身のみをのぞかせるそのお姿は、絵本の挿絵を上下逆にしたような、重力に影響されない不自然さがありました。


「…………」


 私とピーコックさんは、しばし無言で見つめ合いました。先に口火を切ったのは、逆さまの彼のほうでした。


「人間を食ってたじゃないか」


「いや、その、そうなんですけど、生きてる子供を、調理するのは、なんか違うと言いますか」


「では、成人済みならいいのだな」


「あの、お屋敷に侵入した悪い人限定で、お願いします……。すみません、いろいろ持ってきていただいているのに、注文ばかりで」


 なぜピーコックさんが私たちを養うのかは分かりません。わからないからこそ、ケチばかりつけてしまう自分に途方もない罪悪感が積もります。せめて私も、どこからか食材を調達できたら良いのですが、今のところこの森で、食べられそうなモノは見かけたことがありません。


 子供の泣き声が消えました。見上げると、絵画に子供たちの姿が、ありませんでした。


 ひとまず、ほっとしました……。あのまま泣き叫ばれては、こっちの神経がやられますから。


 あ、絵画に視線が移っていたその隙に、またピーコックさんが消えています。よく暖炉の中から登場しようと思いましたね……。


「あの子供たち、どこから来たのデショウカ」


 ラズ君が、ぽつりと呟きました。


「だよなー。痩せてて、あんまり食うとこ無さそうだったな。エサが足りない地域に住んでるのかも」


「そうではなくて、子供たちが今日のことを親に報告し、この屋敷に誘拐犯がいると、彼らの親に誤解させてしまう恐れがアリマス。それがこのお屋敷に、何か悪影響を及ぼさなければいいのデスガ……」


「誤解ー、なんですかね? がっつり誘拐してたように見えましたけど。うーん、まあ、そうですね……子供たちもすっごく怖がってましたし、ここはー、優しい聖女様に救われた奇跡として、昇華してもらっちゃうことを祈るばかりですね」


 あら、聖女様って、没後百年近く経過しているんでした。お化けじゃないですかー、やだー。


「あ、そうですよ! お化けです! 聖女様のお化けに助けられたー、なんて親御さんに報告したって、きっと信じてもらえないですよ。うん、ロゼ君の心配していることなんて、何も起きませんよ、うん、きっと」


 ロゼ君が不安そうにしています。無理に励ますよりも、そのうち元気になる子ですから、あまり構わないでおきましょう。


「さて、お昼にしましょ――」


「昼飯にしようぜ! 俺、あのもこもこしたヤツがいーなー」


 もこもこ?


 そんな食べ物ありましたっけ……あらら、子供の代わりにテーブルの下に、不安そうな面持ちの羊さんがいます。


「もこもこ太ってて美味そう! 俺これがいい!」


「ラズ君、あれは体毛ですから食べられませんよ」


「え? 体毛? 太ってるんじゃないのか? なーんだ。ヘンな生き物だなー」


「あの羊さんも、ピーコックさんに返却してもらいましょう。多分、どこかの酪農家から誘拐されてきたのでしょうから」


 そうなんです。羊とは、体毛がどんどん伸び続けてしまい、人の手で刈ってあげなければ、足の関節が変形してしまうほどの重量級もこもこモンスターとなってしまいます。そうなれば、テーブルの下にこじんまりと収まるなんてことも、できなくなります。


 つまり、この羊さんは誰かの大事な家畜。今朝マカロンが絵の中に登場したときから、おかしいなぁとは思っていました。


「ピーコックさん、あなたは……どこかの人里から、モノを拝借してはいませんか?」


 返事があるまで待ちましたが、私たちが今朝とあまり変わらないメニューの昼食を済ませた後も、返答はありませんでした。


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