第12話 双子のための、衣装部屋
さて、一向に現れないピーコックさんは、ひとまず放置して、私たちは双子の着替えを探しに、お屋敷を探索することにしました。
ラズ君が寝ていたベッドのある部屋に、大きな衣装タンスが置いてありましたよね。私の憶測では、あの中に洋服が入っているんじゃないかと思うんです。もしも、からっぽだった場合は、洋服がたくさん描かれた絵画を探して、その中からお借りしようと考えていました。
と言うわけで、私たちはまた二階の寝所に戻ってきています。
「タンスの中に、サイズの合う物があればいいですね」
私がタンスを引き開けると、いろいろな質とシックな色合いのジャケットにベストが。下の引き出しには、シャツが入っていました。うーん、大人サイズですねぇ。ズボンも、どこにあるのやら。
「聖女様ー、俺はこれでいいや」
ラズ君が両手いっぱいに、なにやらごわごわした生地の洋服を持ってきました。ベッドにぽいぽいと放り投げて、並べ始めます。
「それは、どこから持ってきたんですか?」
「んー、ちっちゃい部屋からいっぱい取ってきた」
ああ、使用人用のお部屋からですね。いつの間にこんなに集めてきたんでしょう。収集能力の高い子です。
って、ラズ君が選び取っている服、なんだか、冒険モノのマンガやアニメで見かける、盗賊見習いみたいなファッションです。ラズ君のお顔立ちの、お上品な美しさと相反して、ずいぶんと粗暴かつワイルド。
「ロープもあったんだぜ。腰に巻き付けておけば便利かもな」
ごわごわのシャツに、ポケットの多いジャケット、膝の出た短パン、厚い靴下に、赤黒いワーキングブーツ、……そしてロープときましたか。
「聖女様、これいい感じだろー? やっぱ服ってのは、動きやすいのが一番だよな!」
「えーっと……それも一理ありますね」
「だろだろ!? じゃあ俺、別の部屋で着替えてくるからな」
洋服の組み合わせが決まったラズ君は、嬉しそうに両腕にかき集めて団子状にし、別室へと移動しました。その際、扉は足で蹴って開閉。大はしゃぎですね……。
「ラズが嬉しそうで何よりデス」
ロゼ君は、何もせず立っています。私が選んだ物を着るつもりなんでしょうか。
「ロゼ君は、どんなお洋服が好きですか?」
「僕はラズと同じ物を着マスカラ、お気になさらず」
「そうですか」
双子さんのなかには、あえて同じファッションにそろえて遊びに出かける人もいると、テレビで観たことがあります。区別がつかなくて困惑する周囲の反応が、おもしろいそうで。うちの双子も、そういう感じなんですかね。たしかに、最初は困惑しました。今は、言動の雰囲気としゃべり方の違いから、区別できています。
「そろそろラズが、着替え終わった頃だと思いマス」
「ただいまー!」
扉が開かれて、ああ、案の定、元気いっぱいの盗賊見習いが入ってきました。着替えの際に乱れたのか、髪の毛がぐっしゃぐしゃです。もういっそ私がクシを持ってあげたほうがいい気がしてきました。
「はい、ラズ君、髪の毛キレイにしますから、ベッドに座ってください」
「はーい! なあなあ聖女様、俺かっこいい?」
「ええ、似合ってますよ」
そうなんですよね、意外とお似合いでした。彼の言動と格好が、ぴったり合致しているせいだと思われます。
ラズ君はおとなしく座らず、ベッドのバネでぼよんぼよん、お尻だけで跳ねて遊んでいました。気の済むまで跳ねさせておくことにして、私はロゼ君の着替えを急かしました。ところが、
「あれ? ロゼ君、いつの間に」
ぐしゃぐしゃの髪まで、ラズ君そっくりに着替え終わっているロゼ君が立っていました。なぜ髪型まで……いったいいつ着替えたんでしょう。同じ服をそろえるのも時間がかかるはずです。
ん? ロゼ君が立っているそばに、大きな姿見が。赤いシルクの覆いが、外されています。うーわ、黒い薔薇の彫刻が鏡の周りを、ごてごてに飾っていますよ。黒曜石でしょうか。黒薔薇の花弁一枚一枚が、つやつやと輝いていて、それでいて触れると手を切ってしまいそうな鋭利さです。
あ、もっとじっくり観察したかったのに、ロゼ君がシルクの覆いをかぶせて隠してしまいました。
「ふふ、あまりじっくり観察されると照れマス」
ロゼ君が苦笑しながら、そう言いました。鏡を観察されると、照れるとは? うーん、よくわからない世界観のお二人ですね。
ともかく着替えが終わりましたし、あとは髪の毛だけですね。ラズ君もベッドで跳ね飽きたのか、今は足をばたばたさせるだけにとどまっています。
「お?」
またもやラズ君が、何かに気づいたような声を上げて、扉を眺めました。
非常に小さな音を立てて、扉が開かれ、ピーコックさんが今朝と同じように、上半身だけ部屋の中に伸ばしました。
「…………」
その場の空気が、しーんとなりました。
「ピーコック? どうしたんだ?」
「…………」
無言で部屋の様子を眺めるピーコックさん。……本当にどうしたんでしょうね。
ふと、私はある事が気になって、ピーコックさんが描かれた絵画を見上げました。ここに大きなピーコックさんがいるときは、絵画の中のピーコックさんはどうなっているのかと思いまして。
はい、別にどうもなっていませんでした。ここにいるピーコックさんも、絵画の中のピーコックさんも、どちらもご健在です。
そして、人間のように咳払いして話しだすピーコックさんは、ここにいる大きなピーコックさんだけのようです。
「子供用の服ならば、一階の衣装部屋の
それだけ言うと、すいっと引っ込んで、扉をバタンッと閉めてしまいました。
私たちは、ぽかーん、としていました。
我に返った私は、いろいろと助けてくれる彼に、お礼を言わねばと扉を開けました。私たちは居候の身です、彼の施しに恩知らずな態度をとってはいけません。
「あれ? いない……」
足が速いとか、そういうレベルではありません。他の部屋に隠れてしまったんでしょうか。まだまだこのお屋敷には、探索しきれていない小部屋がたくさんあります。
私は、壁一列に飾られた絵画の中の彼に、話しかけることにしました。
「あの、いろいろとありがとうございます」
一礼した私を、描かれたピーコックさんは、ただ眺めているだけでした。
「お昼、一緒にどうでしょうか。あ、お嫌なら、別にいいんですけど」
……無言です。絵の中の彼との会話は、あきらめたほうがいいでしょうか。うーん、どういう方法で連絡を取り合ったらいいのか、わからない人ですね。
「聖女様ー? もう昼飯なの? 俺まだお腹いっぱいだよ」
「あ、ラズ君にロゼ君も。ピーコックさんにせっかく案内してもらいましたし、この後の予定は、一階の衣装部屋に行ってみましょうか」
「うん!」
「ハイ」
と言うことで、私たちは再び階段を下りて、衣裳部屋なる場所を探しに行きました。どこでしょうね、お二人も知らないそうで、一階の扉を一つ一つ開けるうちに、物置に季節ごとの家具類がしまわれていたり、キッチンの食器棚に収まりきらない量のカトラリーが保管されたお部屋を見つけたり、まだまだ大量にある絵画が保管された部屋があったりと、驚きがいっぱいで、気がつけば私も楽しんでいました。
そして衣装部屋とは、一階の廊下のずっと奥、大きな扉でした。ラズ君いわく、絵画のピーコックが目の動きでずっと道案内してくれていたようですが、部屋探索がおもしろいから黙っていたそうです。まったく、もう。まあいいですけど。
「俺いっちばーん!」
ラズ君が先に入って、すぐさま「すげー!」と大騒ぎ。私とロゼ君も中に入りますと、女性体型のトルソーをはじめ、まるでアンティークな仕立て屋さんのような道具類が、壁の棚一面を占めていました。長い定規に巻き尺に、身長計まであります。
生地も選べるように棚にキレイに並んでいて、まるで展示されているようです。
ピーコックさんの話では、端っこに子供服の入ったタンスがあるそうですね。ああ、ありました、ありま……二つありますね? 全く同じ作りのタンスです。
そのうちの一つのタンスを開けてみますと、大人用のと色合いも生地も変わらないけれど可愛い子供サイズで、まるで等身大のお人形さんへの着せ替え衣装のよう、それらがぎっしりと入っていました。これならお二人の体型に合いそうだと提案してみました。
「え~? 俺、今の服がいいな~。猟もしやすいし」
「僕はラズと同じ服デス」
あらら、せっかく案内してもらったのに。
まだまだオシャレに目覚めていないのならば、仕方ありません。
引き出しには、柔らかそうなパジャマが入っていました。黄色いクリーム色で、襟元にとても小さなレースが縫い付けられていて可愛いです。あら、他にも、水色や白、パジャマがいっぱい入っています。これは、ぜひ着てもらいたいですね。
「パジャマはどれにしますか? お気に入りをベッドのある部屋に置いておきましょう。この部屋、遠過ぎますから」
「俺、このままがいい」
「そのまま寝ると、お気に入りの服がしわくちゃになってしまいますよ。それにパジャマのほうが柔らかくて、眠りやすいですよ」
「そっかー。じゃあ選ぶよ」
説明すると納得してくれる子で助かりますが、ラズ君は、当たり前のような事も知らないんですね……ジュースも目玉焼きも知りませんでしたし、これはー、一日が基礎的なお勉強で終わりそうです。
まあいいですよ、私も教えてあげないことには、些細な日常会話にすら支障が出てしまって不便ですから。
「それでは、明日またここから服を選んでもいいですし、好きな服を探して歩いてもいいですね。自分たちのお気に入りを見つけていきましょう」
「聖女様は着替えないのかー?」
う……どうしましょう、私のこの服、体にぴったりくっついてて脱げないんですよね。裸のミミックが、聖女様の姿を着衣ごと真似しているだけなんです。
「わ、私はっ、この服が好きて、何着も持っているんです。ちゃんと洗濯もしていますから、大丈夫ですよっ。ラズ君、心配してくれてありがとうです」
「さぶくないのかー?」
「はい、ぜんぜん」
後ろでロゼ君が、微笑んでいる気配がします。全て知っていて黙ってくれている彼の気遣いには、少し感謝ですね。昨日お鍋で私を煮込みかけてた子ですけど。
双子たちの、お気に入り探しの探検は、まだ始まったばかりです。とりあえず、楽しく時間を過ごしながら、今後どうしたらよいのかを考えていきましょうか。
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