第2章  変なお兄さん登場

第11話   夢に現れた人

 ラズ君の寝相で何度か起こされることは予想していましたが、扉をそっと開けて、知らない男性が半身をのぞかせるとは、誰か予測できたでしょうか。


「…………」


 男性は腕まくりした白いシャツに、すらっとした黒いずぼんをサスペンダーでキメています。ダークブロンドのぼさぼさの髪の毛で、お顔はかなり若々しいです。十代後半から、二十台前半でしょうか。前世の私よりは年上に見えますが、外人さんは大人っぽく見えることが多いので、もしかしたら同い年かもしれませんね。


 さて、この男性はいったい、どなたなのでしょうか。屋敷に侵入した不審者でしょうか? 私は双子を起こすべきなのでしょうか? このまま黙って寝かせてあげて、犯人が双子を傷つけずに、窃盗だけして立ち去ってくれるのを待ったほうがいいでしょうか。


 以上の思考が頭を占拠してしまい、私はフリーズしていました。


「…………」


 男性はラズ君と私がいるベッドを、むすっとした顔で凝視。そして一言。


「そこは吾輩わたしのベッドだ」


 魅惑的なテノールボイスでそれだけ言うと、そっと扉を閉めて、姿を消してしまいました。


 私はベッドから飛び降りて、扉を開けようとしましたが、びくともしません。それ以前に、このベビーミミックの姿では取っ手に背が届きません。


「おはようございマス、聖女様」


 まるでパソコンが起動したかのように、ロゼ君が現れました。


「ロゼ君! さっき変な人がお部屋をのぞいていましたよ! 不審者です、不審者!」


 私は爆睡しているラズ君を起こさないように、小声かつ大騒ぎしていました。


「え? 不審者デスカ? そのような気配は、特に感じませんデシタ。寝ぼけていたのでは?」


「そ、そうですか?」


「ハイ。それに不審者が現れても、ピーコックの仕掛ける数多の罠を突破できる者はいないと思われマス。廊下ごと一気に落下させることも、ピーコックには可能デスカラ」


 ……では、私が寝ぼけて見た、ただの夢?


「そう、ですか……私、寝ぼけてたみたいですね」


「ハイ。その可能性が高いデス。僕もラズも気配には敏感なほうデスガ、ご覧の通り、ぐっすりデスシ」


 ロゼ君がそう言いながら、ベッドを見下ろしました。ラズ君の片足が、枕に乗っています。


 私はほっとした後で、改めてロゼ君を見上げました。


「ロゼ君、朝からお騒がせしてしまって、ごめんなさいね。起こしてしまいましたか?」


「イイエ。今起きたところデス」


「昨日は、どこで寝たんですか?」


「この部屋にイマシタ」


「でも、ベッドには来ませんでしたよね」


「ハイ。僕はベッドは使わないのデス」


 ……んー? あ、もしかして床で寝る派? ベッドのすぐ下で寝転がられては、枕と枕の隙間に埋まっていた私からは見えません。変わった双子ですからね、天井でコウモリさんのようにぶら下がって眠るのだと説明されても、信じてしまいそうです。


 あ、そうです、双子の件です。私はロゼ君にお話しがあります。


「あのー、ロゼ君? 気を悪くしたら申し訳ないのですが、ロゼ君とラズ君には、血のつながりはあるのでしょうか」


「おはよー!! みんな!!」


 うお! びっくりしたー。朝から元気ですね。


「朝だー! まあいつも朝なんだけどな。あーお腹ぺっこぺこー。聖女様に朝飯作ってもらおうぜ!」


 え。


「キッチンに急ぐぞ! あ、その前に聖女様ってどこの部屋にいるんだ? もう起きてるかな」


「ハイ。起きて準備してくれてイマス。朝ごはん、楽しみデスネ」


「おう! それじゃあ俺は先に手伝いに行ってくるな! ロゼもすぐに来いよ~」


 ラズ君はベッドから飛び降りると、扉を開けて走り去っていきました……。な、なんということを、ロゼ君。


 ロゼ君はにっこり笑って、扉を指さします。


「今日もよろしくお願いシマス、聖女様」


「わ、わかりましたよ。今、聖女の姿に擬態しますね……」


 あんなに喜ぶラズ君を、再び孤独に飢えさせてしまうほど、私は畜生ではありませんよ。料理の材料は、絵画からいただくとして、そうですねぇ、今度は果物をしぼってジュースでも作りましょうか。一からジュースを作ったことはないのですが、力の強いラズ君ならば、楽しんで作ることができるでしょうね。


 聖女様に擬態した私は、さっそく一階のキッチンへ……うぅ、お腹が空いてきました、空腹時は擬態が不安定になるような気がします。私のためにも、早くご飯を作って食べましょう。



 私がキッチンに入ると、先に来ていたラズ君が気づいて、ニヤッ。


「おはようございます、聖女様!」


「おはようございます、ラズ君。朝ご飯のお手伝い、お願いできますか?」


「うん!」


「それでは、果物を絞って、果汁でジュースを作りましょう。私は別の料理を作っていますね」


 するとラズ君が「じゅーす?」と怪訝そうに眉毛をひそめたので、私はジュースと言うものを、作り方から説明しなければなりませんでした。


 私も詳しい作り方はよく解りません。ジュースなんて作ったことがありませんから。しかし原材料は分かりますので、なんとかなると思いました。


「ロゼ君は、私と一緒にお料理の材料を取ってきましょう」


「ハイ」


 ロゼ君と一緒に、昨日と同じく、食材が生々しく描かれた静止画へと近づきました。消費した分だけ、被写体が消えていきますから、よく考えて選ばなければ……あれ? 描かれている物が昨日と違います。テーブルの上に、昨日まではなかったお菓子が置いてあるのです。白いお皿に、カラフルなマカロンが。キレイな銀紙に包まれたキャンディもあります。


 これに驚いていたのは、ロゼ君でした。


「描かれている食材が増えてイマス。以前は、使ったらなかなか補充されなかったのデスガ、こんなに早く、しかも豪華になってイマス」


 せっかくなので、マカロンが載った食器ごと、ロゼ君に取ってもらいました。


 その他にも、卵を三つ。食パン一斤。これらも昨日は描かれていませんでした。


「聖女様、ジャムの入った小瓶もアリマシタ。取り出しマスカ?」


「うん、お願い」


 今日はお肉の茹で物よりも、もう少しバラエティに富んだ彩りが期待できそうです。



 ラズ君がキッチンのテーブルを果物の汁まみれにしながら、三人分のジュースを手絞りしている間に、フライパンの上で目玉焼きが、オーブンでトーストが、ちょっと焦げましたが、着々と完成しつつあります。


 ロゼ君が、何もない空間でラズ君と同じ手の動きをしているのが少し気になりますが、火力の強いオーブンに入れたトーストを見張るのに忙しくて、おしゃべりどころではありませんでした。


 それにしても、キッチンが薄暗いですねぇ。昨日、食堂にあった明かりの絵を、ロゼ君にキッチンまで運んでもらったのに、いつの間にか食堂の壁に戻っているんですよ。そりゃあまあ、ちょっとコンロに近いフックに掛けてしまいましたけど、それが原因なんでしょうか。


「ロゼ君、明かりの絵をもとの位置に戻しましたか?」


「イイエ」


「そうですかぁ。このお屋敷は不思議なことだらけなんですね」


 キッチンのテーブルに並んだのは、ジャムトーストの目玉焼き添えに、カットフルーツ、あとは、果肉や種がぐっちゃぐちゃに入ったラズ君お手製のジュースです。


 それぞれお盆に載せまして、三人で食堂に運びます。食堂の長テーブルには、おやつのマカロンが載ったお皿もあります。


「これ、なんて言う食いもんなんだ?」


 食堂の椅子に座らず、ラズ君が子犬のように鼻を近づけて、一品ずつ匂いを嗅いでいます。私がメニュー内容を教えると、初めて耳にする言葉ばかりだったのか、ラズ君は何度もそらんじていました。


 ラズ君は食べ物の名前を「肉」以外に知らないのでしょうか……。ほんとに、どのような家庭環境で生きてきたんでしょう。お肉だけで育ったんでしょうか。ライオンみたいです。


 ロゼ君が食器棚の引き出しから、フォークを三人分、持ってきてくれました。


 三人そろって椅子に座り、私が手を合わせて「いただきます」と言うと、二人はぽかーんとしていましたが、真似してくれました。


 ひとまず、本日の朝ごはんを乗り越えられて、ほっとしました。本当は食べる前に歯磨きと洗顔がありまして~、まだまだ二人に教えることが山盛りです。


 それに彼らは、昨日と同じ服で眠って、同じ服で起きてきています。服ごと擬態している私も同じような状況ですが、双子の場合は着替えることが可能です。まさか、その一着しか持っていないんじゃ……。


「お二人とも、この後は洗顔に歯磨き、あとそのお洋服を着替えましょう。衣装タンスがありましたから、似合う物を探しましょうね」


 お二人がまた、きょとーんとしています。オシャレや着替えの概念は、ないのですか。


「あ」


 ラズ君が急にキッチンのほうへ視線を向けて、声を上げました。何事かと、私も振り向くと、


「…………」


 肺が、ひょおって鳴りました。


 今朝お見掛けしたナゾの男性が、上半身だけ木の枝のごとく斜めに飛び出させて、食堂をのぞきこんでいました。


「おはよう、ピーコック!」


「…………」


 ラズ君が元気に挨拶しましたが、私とロゼ君は、目を丸くして顔を見合わせました。


 ピーコックさんらしき男性は、テーブルの上の料理をガン見し、


「…………食う物は、それで足りているか」


 と、魅惑的なテノールボイスで尋ねました。


「うん! これ聖女様が作ってくれたんだぜ。ピーコックも食おうよ」


「…………」


 あらら、ピーコックさん引っ込んで消えてしまいました。って、今の人がマジでピーコックさんなんですかぁ!? なんだか、絵よりもずっと普通な恰好でしたね、髪も後ろに撫でつけていませんでしたし。


 その後、私たちは食べ終わってもしばらく、ピーコックさんが出てくるのを待ちましたが、呼んでも待っても、彼は現れませんでした。


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