第10話   三人でおやすみなさい……?

 廊下にラズ君が、濡れた髪のままで立っていました。あの、タオルで拭くとか、しないんですかね。髪を束ねている結い紐もそのまんまです。


「あれー? 聖女様は?」


「一人部屋をご所望のようデス。先に眠ってしまいマシタ」


「その腕のミミックの赤ちゃんは、どこに隠れてたんだー?」


「食器棚の奥で見つけマシタ。この子も我々と同じく、行き場がないようデス。自由に出入りするのを許してあげようと思うのデスガ、ラズはどう思いマスカ?」


「俺もいーよ。じゃあ、そいつも仲間な!」


 ロゼ君のたくみな嘘八百により、私はミミックの姿でもお屋敷に受け入れられました。本当にありがと~ロゼ君。逃げ場も行先もない人を、こっちにおいでと手招きできる人に、私もなりたいですね、私自身が多くの人に助けられてきましたから。


 しかし、困っている人を助けるには、私自身も強く逞しく、賢い人間になる必要があります。そうでないと、私も困っている側の人間になってしまいます。双子たちの性格にはいろいろ歪な部分が垣間見えます、平気で刃物を振り回しますし、ですが今の私は強いボディを手に入れました、あとは双子たちと知恵を絞って、賢く生きていかねば、三人とも倒れてしまいます。そして私たちは一人では生きていけません。


 最終的にどのような未来になってゆくのか、そこまでは考える余裕はありません。今は、生きてゆくだけで精一杯。前世からの因縁でしょうか、私にはいつも、最低限の生活水準を満たすところから朝が始まります。


 皮肉にも、ここはずっと朝。眠くても窓の外は明るいです。


 ところでお二人とも、とことこと廊下を歩いているんですが、このまま寝所へ行くんでしょうかね。私は、放してはくれないんでしょうか。


「ロゼ、俺が抱っこするよ」


 ラズ君が腕を伸ばして、ロゼ君から私を受け取りました。ラズ君の胸の鼓動が、私にも伝わってきます。彼は私を両手で抱え上げると、ほっぺたに押し当てました。


「一緒に寝ような」


 きっと私が聖女の姿だったら、絶対に言わないでしょうね、こんなセリフ。


 お腹さえ満ちていれば、動物に殺意は抱かない子のようです。歪な子だというのは、私の勘違いでした。ラズ君は、良くも悪くも狩人気質なんですね。お腹が空いたら狩る、罠にかかった獲物をいただく、ただ、それだけのようです。


 まあその獲物の中に、未だ私も入っているのですが。朝ごはんも作ってあげないと、私が鍋に放り込まれていそうです。



「お前を見ていると、俺が居たお城を思い出すよ。お前くらいのさ、指輪を入れる小さい箱とか、宝石が付いたネックレスの入った箱とか、いろんな物がいーっぱいあった」


 ラズ君に抱っこされながら、二階の階段を上がり、長い廊下を運ばれた先には、両開きの艶やかな扉が。こんな遠い場所をおやすみする場所に選ぶ理由は、なんでしょうか。使用人用の部屋なら、たくさんあるようでしたし、適当な部屋に入って適当なベッドを借りれば、こんなに歩かなくても……。


 私の抱いた疑問は、彼らが扉を開いたとたんに解消されました。とてもとても素敵な天蓋付きのベッドが、広い部屋にどどんと置かれていました。


 か、かわいい~!! 天蓋までたっぷり使われた深緑の布地に、くすみの入った小さな花の模様、そしてさりげなく縁を飾る金色の房なんか、もう貴族御用達って感じがして好きです。色合い的に男性用に見えるのですが、女性が使っても問題のない、むしろこの甘すぎない作りが大人の女性にも似合う気がします。


 ベッドが一台しかありませんが、三人で使うんでしょうか。偏見ですがラズ君は寝相も元気そうですね。蹴落とされそうです。


「ここは夜の部屋なんだ。だから、カーテンはいつも閉じてるんだ。明るいと眠れないからなー」


 なるほど、たしかに、ぶ厚い黒色のカーテンが隙間を作らず、しっかりと閉ざされています。ボタニカルな柄が、いかにも西洋風でステキです。


 ラズ君が私を持ったまま、ベッドに走ってダイブ! 硬めのバネでぼよんぼよん跳ねて、ケラケラ笑っています。楽しそうで何よりですね。私は枕と枕の隙間にシュートされて、軽く目が回っています。食べた物が出そうです。


 ロゼ君も、飛び込んでくるんでしょうか……そう思い、おそるおそる視線だけでロゼ君を探すと、いました、部屋の隅っこに棒立ちしています。


 たぶん、後から来るんでしょう。ロゼ君の棒立ちに、ラズ君が気にしている様子もありませんし。


「今日は腹もいっぱいだし! 幸せだ! そいじゃ、おやすみー!」


 元気いっぱい、布団の中にもぐって、枕の一つに頭をボスンッ! へらへらしていたラズ君ですが、すぐに寝息を立て始めました。なんの悩みも無さそうですね……。


 せめて髪をとかしたほうが、いいような気もしますが、歯磨きもお風呂も頑張りましたし、ひとまず合格としましょう。ここには寝ぐせに目くじらを立てる人なんて、いませんでしたね。


 私の活動限界も、眼前に迫ってきました。おやすみなさ……ロゼ君が、来ないのですが。お世話になった貸しが多すぎて、気になって眠れません。


 いったい、何をしているのでしょうか。もしかして、髪の毛をちゃんと梳かしているのでしょうか? 視線だけで探すと、さっきまで立っていた場所にラズ君はいませんでした。


 あれ? じゃあ、どこに。あちこち視線で探しますが、どこにもいません。扉を開閉する音もしませんでしたから、お手洗いに出て行ったとも考えられません。


 部屋には、ニスで輝くアンティークな文机に、大きな衣装ダンス、そして、深紅に染められたシルク生地を上からすっぽりかぶった、たぶん姿見。布越しの形状的に、大きな楕円形の鏡だと思うんですよね。鏡の縁の装飾はそうとう凝っているようで、布越しでもごつごつしたおうとつがわかりますが、ひらひらすべすべのシルクのせいか、装飾の輪郭までははっきりとしませんでした。


 あとは、本棚と、ピーコックさんの描かれた絵が、十枚ほど壁に。ロゼ君は、どこにいるんでしょうか?


「あの……ロゼ君、いますか?」


「ハイ」


「どこにいるんですか?」


「部屋にイマス」


「いえ、あの、部屋のどこですか?」


 ふふふ、と優しい笑い声が。それはラズ君のものでしたが、姿が見えません。


「いつも長時間活動していると、僕も疲れて眠ってしまっていたのデスガ、どういうわけだか、今は力がみなぎってイマス」


 なんで一人だけ元気なんですか。寝なさい。


「忌まわしい『聖女の封印』の絵が、消えてくれたおかげだと推測してイマス。なぜあなたが擬態したとたんに、絵が消えてしまったのかは不明デスガ、おかげで、とても助かってイマス」


 声は、わりかし近くに聞こえますが、いかんせん姿が見えないことには。ベッドでは寝ない子なんでしょうか。


「ロゼ君、ベッドで寝ないんですか? あ、それともラズ君の寝相を警戒して、別のお部屋で眠るんですか?」


「そこのベッドでは寝マセンネ」


「やっぱり別の部屋に避難するんですか。私も連れていってください~。ラズ君の寝相って、すごそうです」


「ハイ、すごいデスヨ。どうか潰れないように用心してクダサイネ」


 え。


「じつはあなたが来るまで、僕が起きて活動している時間は、どんどん減ってしまっていたんデス。その分ラズを独りで頑張らせてしまって……ラズはなんとか僕に食べ物を与えようと、元気付かせようと、ずっと気を張って笑顔でいてくれマシタ。僕なりに、あなたにはとても感謝しているんデスヨ」


 嘘八百で私を庇ってくれたのは、そういう理由が、あったからなんですかね。ロゼ君もなかなかに優しい男の子です。別室には運んでくれませんけど。


 今日ここまでロゼ君の話を聞いて、思ったのですが、この二人、双子ではなさそうですね。いえ、外見は鏡映しのようなんですが、ラズ君は人間で、ロゼ君は魔物のようなんです。魔物とモンスターって、違うんですかね。私はモンスターに分類されるようなんですが、ロゼ君は魔物らしいです。


 う、もう眠気が限界……。ロゼ君が無事みたいなので、安心したんでしょうね、眠りの沼地へ突き落されました。もう這い上がる気力が、残っていません。


「おやすみナサイ。お二人とも」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る